第62話 王都中央駐屯所
ゴドルフェンの課題を無事にクリアした俺は、指示に従い木刀だけを持ってユグリア王国王都中央駐屯所に来ていた。
ゴドルフェンによると、この王都と周辺の治安を担う、王国騎士団第3軍団が主に詰めている施設だ。
この広大な王都を全て見回るには、1軍団120名の組織では全く手が足りない。
なので、下部組織として警察隊や自警団がおり、その取りまとめもしている第3軍団の軍団長、デュー・オーヴェルさんは、尋常じゃないほど忙しいらしい。
まぁ前世で言えば、他国と戦争が起きそうな時に、自衛隊の偉い人が警察の取りまとめも兼務しているようなものだろう。
忙しくたって当然だ。
ちなみに王国騎士団には第1軍団から第7軍団まであって、これに近衛軍団を加えた900名ほどで騎士団は組織されている。
うち魔法士は、技師も含めて200名弱のようだ。
こんな人数で他国と戦争など出来るのかと思うだろうが、有事の際は上級貴族の私設騎士団や、下級貴族の騎士コース卒業生などで軍が編成される事になっており、これは平時から軍として動けるよう、定期的に訓練されている。
通常の手強い魔物の討伐や魔物のスタンピードであれば、その規模で十分対応可能だが、他国に侵略された場合はさらにその下に、探索者や一般人からなる義勇兵が募られる事になる。
何せ12歳以上のほぼ全員が、魔法が使える世界だ。
一般人でも十分に防衛戦力になる。
そして、その編成される万軍の指揮権を掌握するのが王国騎士団だ。
その軍団長と言えば、めちゃくちゃに偉い人で間違いないだろう。
約束の時刻のピッタリ5分前。
僅かな緊張と、期待を胸に駐屯所の前に着いた俺は、気を引き締めてその門をくぐった。
◆
「失礼します!
王立学園から参りました、アレン・ロヴェーヌと申します!
デュー・オーヴェル第3軍団長に御用があって参りました!」
俺は門横の守衛所のような所の入り口で叫んだ。
ドアがついていなかったから、ノックのしようが無かったからだ。
「やぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ。
僕はダンテ。
よろしくね!」
俺の声に反応して、中から出できたのは、はち切れんばかりの筋肉を携えた、身長2m体重120kgはありそうな巨漢だった。
短く刈られた銀髪はキラキラ輝き、その優しげな眼差しも相まって、爽やかなことこの上ない。
顎が2つに割れていなければ、日本でもモテモテだっただろう。
ダンテさんは、黒を基調とした生地に、家紋だろうか、一人一人異なる刺繍の入った、王都でたまに見る王国騎士団第3軍団のマントを付けていた。
手を差し出されたので握手をして、俺は驚いた。
別にそれほど強く握られたわけではないが、その巌のような感触から、よほど練り込まれた身体強化魔法の練度を感じたからだ。
…強いな。
正面から戦闘になったら、仮にライオと2人がかりでかかったとしても、ちょっと勝ち筋が見えない。
それぐらい力の差を感じた。
「大体の事情は聞いているよ。
デューさんの所へ案内するからついてきてね。
っと、その前に」
ダンテさんは、咳払いを一つして、一枚の紙を読み上げた。
「辞令!
ユグリア王国騎士団長オリーナの名において、王立学園1年Aクラス、アレン・ロヴェーヌを、王国騎士団の仮団員に任ずる!
以後、第3軍団長、デュー・オーヴェルの指揮下に入り、学業に支障なき範囲で任務に従事せよ!
代読、ダンテ・セグラン」
ダンテさんは俺を騎士団の、仮団員に任命する辞令を、朗々とした張りのある声で読み上げた。
これは予めゴドルフェンから聞いていた話だ。
デュー軍団長は忙しく、教えを乞う時間を確保するには、こちらから出向き騎士団の訓練に参加する、遠征に従軍するなどの形が最も無理がない。
だが、このセキュリティの厳しい駐屯所への入所手続きや、学生を遠征に従軍させる手続きなどは煩雑で、とても毎回調整して申請など出せるものではない。
そこで、王立学園生が3年の夏に体験入団する仕組みを流用し、仮団員の身分をもらう事で、そのあたりの手続きをクリアしたらしい。
『ふぉっふぉっふぉっ。
お主は将来王国騎士団員を目指している訳では無いかもしれんが、騎士団をその目で見ることは、いい勉強になるじゃろう』
とはゴドルフェンの言だが、確かにミスマッチを防ぐと言う意味で、この職場体験はいい経験になるだろう。
ブラックな体質を保持してそうなイメージの騎士団に、現在のところ何の興味もないが、これが払拭されれば、騎士団への就職を目指すのもこの世界を楽しむための一つの手だ。
「はい、これは団員の証だよ。
仮団員だから刺繍は入れられないけど、これを着ている間、君は王国騎士団員として扱われる。
相応の責任を伴うから、注意してね。
微々たるものだけど、お給料も出るしね」
ダンテさんは、そういって、漆黒のマントを渡してくれた。
中々カッコいいし、しっかりとした生地のわりに、めちゃくちゃ軽い。
売り物ではないのだろうが、もし同じ物を仕立てようとしたら、かなりの金額になるだろう。
流石は王国騎士団、給料は1時間で1000リアルも貰えるらしい。
これを微々たるものと捉える金銭感覚は俺にはないが、貰えるものはありがたく貰っておく。
特にココと練り上げている地理研究部の活動が、資金難でやりたい事が全く実現できていないからだ。
訓練に来て給料を貰うというのは、感覚には合わないが、ダンテさん曰く、『仮とはいえ騎士団員なのだから、トレーニングも仕事のうちだよ』との事だ。
早速マントを羽織った俺は、ダンテさんに付いて駐屯所の中に入った。
◆
外観から何となく想像がついていたが、屯所の中は、その小さな門にそぐわず広かった。
元々は丘陵地だった場所を造成して作られたのだろう。
守衛所の脇を抜けるとすぐ、扇状に広がっている50段程の階段があった。
階段を登るとそこには石畳の広場があり、正面の建物に向かって真っ直ぐにレッドカーペットが伸びている。
視察に来たお偉いさんが栄誉礼を受ける際などに、儀仗を捧げる場所になるのだろう。
レッドカーペットを踏まないように建物に入り、内部を真っ直ぐ突っ切ってだだっ広い中庭に出た。
そこでは騎士団員が、そこかしこに散らばって模擬戦や素振りなどの訓練をしていた。
ダンテさんと俺が中庭に歩み入ると、皆が手を止め、好奇な視線を向けて来た。
…まぁゴドルフェンのゴリ押しで、一年生ながら飛び入りで体験入団をしている形だからな。
多少は好奇な目で見られるくらいは仕方がない。
と、そこで見たことのある顔がニヤニヤと笑いながら近づいて来た。
背には漆黒のマントを羽織っている。
「やぁ来たね。
アレン・ロヴェーヌ君。
僕はジャスティン・ロック。
覚えているかな?」
「はい。
王立学園入試の実技試験で、受付をされていたお兄さんですよね?
王国騎士団員だったのですね」
この俺の返事を聞いて、お兄さんは笑った。
「あははは。
そりゃそうさ。
王立学園の入学試験だよ?
逆に何だと思っていたの?」
「…すみません、お手伝いの3年生か何かかと思っていました」
「あっはっは!
あ、笑ってごめんね?
あの入学試験中は、不正防止のために、在学生はもちろん、例え職員であっても試験に携わらない人間は校内には入れないよ。
逆に、よくそこまで予備知識もなく試験に臨んで、Aクラスに合格できたね」
……まぁあの親父だからな。
得意そうに、実技試験は試験官ごとの裁量が大きい、なんて極秘情報でも話すように言っていたが、常識すら押さえてなかった、という事だろう。
俺が苦笑いしていると、ジャスティンさんは続けた。
「という事は、あの人が騎士団の人間だという事も知らなかったりするのかな?」
ジャスティンさんがニヤニヤと目をやった方を見ると、そこには、どう見ても二日酔いで機嫌が悪そうな、警備員のおじさんが立っていた。
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