第27話 スタミナの話と部活動(1)


 このユグリア王国騎士・魔法士学園の生徒は、必ず部活動に加入する、という校則がある。


 ゼネラリスト万能な人材育成を標榜する学園の、教育方針の一環だ。



 もっとも、そんな大昔に制定された校則など、今は有名無実化しており、まともに活動している部活動は数えるほどしかない。



 例えば武術の類であれば、この王都には優れた道場がいくらでもあるし、他の嗜みも同様で、優れた教育環境を整えるのが難しくないからだ。


 社会が完成されてくると、部活動も下火になるのである。



 学園入学から1ヶ月。


「ただ漫然と走るな!

 走る意味を考えろ!

 やる気のないやつは帰れ!

 甘えを削ぎ落とせ!

 足が遅いやつも帰れ!

 昨日の自分を超えろ!

 超えられないやつも帰れ!」



 俺は鬼監督と化していた。



 朝のランニングには、何と1-Aクラスメイト全員が参加している。


 それほど、俺の魔力量でライオとあれほど長時間撃ち合えた事実は、他のクラスメイトに衝撃を与えたようだ。



 ライオは5万を超える魔力量のうち、あの30分の組み打ちで体感で7割近く消費していたらしい。



 俺の回転の速さに崩し技を出す隙がなく、押し切られそうになったら止むを得ず身体強化の出力を上げて力技を出す。


 だが、当然そんな大技がいきなり決まるわけはなく、ふわりと受けられて一瞬間合いを切るのが精一杯。



 だが、俺は即座に反撃に転じて同じ展開へと持ち込んでくる。



 当初は、そのような膠着状態になるとは、思ってもみなかったらしい。


 俺はパーリ君と10分以上戦った直後であり、自分には、この王立学園の魔力量試験のスコアでも10年20年に1人出るか出ないかの、絶対の魔力量がある。


 俺が残存魔力で短期決戦を仕掛けてきていたとしても、凌ぎきれば勝ち。


 そう判断して、隙を生まないように守りに徹していたそうだ。


 だが魔力量C判定のはずの、俺のスタミナが尽きない。


 俺に、ジリジリと魔力を削られる展開に、実は内心冷や汗をかいていたらしい。



『最後の蹴り技を受けて、手の空いた状態で間合いを切れたのは偶然だった。

 次やれば結果は変わってもおかしくない』



 ライオは真面目腐った顔で正直にそう告げてきた。



 どうやら、目先の勝ち負け順位に興味はなく、自分の実力を高めるためにここ王立学園に来たというのは本当らしい。




 俺がクラスメイト達の推薦で、不本意にもAクラスでの合格を勝ち取った翌日、問題が起きた。



 クラスメイト達に遅刻者が続出したのだ。



 ソーラの朝食を食べるために、起床時間を30分早め、朝の5時に正門に集合した。



 そこからいつも通り、学園の周りを時計回りに走り出したのだが、最後までついてこられたのはライオだけで、残りのクラスメイト達は三分の一を過ぎたあたりから次々に見えなくなった。



 ライオですら、俺が坂道ダッシュをしている間は近くの切り株に腰を下ろし、恨めしげに俺を睨んでいた。



 まぁついてこられない奴らを待っていても仕方がない。


 俺には俺のルーティーンがある。


 そう思って、さっさっとクラスメイト達を見捨てて一般寮に帰り、ソーラのクソ苦い朝食を食べて9時10分前に登校したら、ライオとモブ顔A君、名前はダンというらしい。

 以外は誰も来ていなかった。


 ダンは、顔はどう見てもモブ顔だが、魔力量ではライオに次ぐ2位で、今年はライオという超天才がいたが、常ならば総合評価1位を取っても不思議ではない、というほどの俊才らしい。



 ◆



「アレン・ロヴェーヌよ。

 お主はこの王立学園の1年Aクラスを2日目にして潰す気かの?」


 ようやくクラスメイト達が揃った午前10時前に、ゴドルフェンは俺を詰問した。



 俺のせいにされても困る…



「俺がついてきてくれと、頼んだ訳じゃない。

 こいつら自身が自分で走ると決めて、勝手に遅刻したんだ。

 まぁ明日には自分の分をわきまえて、尻尾を巻いて逃げるだろう。

 何も問題はない」


 俺は、ニヤニヤとした顔でクラスメイト達を見渡して煽った。


 前日に、ニヤニヤとした顔でざまぁされた恨みを忘れていなかったからだ。



 この時俺はまだ、この王立学園でAクラスに入学するやつらの、プライドの高さを舐めていた。


 こいつらは、それぞれの領地で『お家始まって以来の天才』とかもてはやされて、且つ、かつての『アレン』とは違い、コツコツと勉強をしてきた努力の人でもあった。



「ふぅむ。

 貴様には、家名を持ってまで貴様を推挙した友人達に、手を差し伸べようという気持ちはないのかの?」



 こっそり裏で結託して、『ざまぁ』してきた奴らだ。

 全くもって知ったこっちゃない。



「ふん。

 慰めの言葉でもかければいいのか?

 これはフェイしゃま!

 あれれ?返事がない?

 きっと徹夜の魔道具研究でお疲れなんでちゅよね?

 明日は馬車を正門に呼んでおきまちゅね?」



「これで完璧だ」



 俺は、涙目でこちらを睨んでくるフェイを無視して宣言した。



 ◆



 翌朝、5時に正門に行ったら誰もいなかった。



 ライオまで初日で折れるとは少々意外だな、なんて思いながら、まっいっかと、いつも通り時計回りに学園の外周を走り出した。



 すると、このプライドの高いクラスメイト達は、さらなる早起きをして、各々が自分の速度に合わせて出発時間を調整していた。



 ライオから、この坂道ダッシュの事を聞いたのだろう。


 午前6時に素敵な坂道に到着したら、19名全員が待っていた。


 それだけ、俺のことを評価してくれているのは、正直嬉しい。



「何時から走っていたんだ?」


 俺は、昨日もっとも教室への到着が遅かった、ココに聞いてみた。



「僕は3時半。

 今日は、特に何も決めてなかったから、バラバラ」


 ふむ。

 相談なしで、全員が自発的にこの時間に間に合うように走ったのか。



 昨日あれだけ煽られたくせに、どいつもこいつも折れるどころか、強い光を目に宿している。


 基礎鍛錬は、孤独な作業だと頭から決めつけていた。


 先程、正門に誰もいなかったのを、確認した時、まぁいいかと思ったのも確かだ。


 だが…



 やはり、この学園に来てよかった。


 俺はヘソを曲げるのを止めた。



 ◆



「その時間に起きて、毎日続けられるのか?

 無理して俺と同じ距離にする必要はないんだぞ?

 持続できなくては意味がない」



「…僕の、体力と身体強化魔法は、このクラスで最低だと思う。

 僕は、ゴドルフェン先生が言っていたような、『最初から机にかじりついて、現場で使えない官吏』にはなりたくない。

 僕にも、やりたい事があるから。

 …意見を、聞いてもいいかな?」


 そこには、人見知りでビクビクとしていたココはいなかった。


 強い意志で、何かをなさんとする人間の目だ。


 俺は嬉しくなった。



「…これから述べることは全て俺の個人的な考えだ」



 クラスメイト達が耳を傾ける。



「毎日、同じ距離を、決まったコースで走る事が大切だ。

 それによって、自身の成長の進度を計る。

 進捗が見える、という事は、モチベーションの面で大切だ。


 個人によって、もちろん、基礎体力や魔力操作の水準が異なるから、『最適な距離』というのは千差万別だろう。


 だが、俺はこの『最適な距離』には、あまりこだわる必要はないと考えている。

 最適なんて考えても簡単には分からないし、日々変わるからだ。



 それよりも、同じコースを、余計な事を考えずに走れる、と言うことの方が遥かに重要だ。


 それは、このランニングを剣術でいう『型』と同レベルに落とし込む、と言うことだからだ。


 身体強化の練度を上げていく上で、雑念を取り払い作業を単純化する事は大切だと、俺は思う。


 慣れれば、足が接地する瞬間だけ身体強化して、次の一歩を踏むまで体が宙に浮いている間は身体強化魔法を切れるようになる。


 魔力残滓を消すイメージだ」



 これは、昨日から俺なりに考えた、なぜ俺のスタミナが人より秀でているかの理由の一つだ。


 パーリ君にしても、ライオにしても、一度戦闘状態に移行し、スイッチを入れたあと、強弱の調整が荒いのも気になるが、オンオフが全くできていないように思えた。


 それでは疲れて当たり前だ。



「……なるほどな。

 随分と魔力操作のセンスが問われそうな話だ。

 だがそれだと、例えば屋内の闘技場を走るのでも問題はないのか?」



 アルは疑問をぶつけてきた。



「もちろんそれでもいいだろう。

 だがこの王立学園の外周は、適度に起伏があり、路面のバラエティにも富んでいる。

 闘技場でしか身体強化を使わないのであれば、特化した技術を伸ばすのも有効だが…

 応用力をつけたいのなら、外を走る事をお勧めする。

 時間は有限だからな」


「なるほど」


 アルは頷いた。



「達人に近づくほど、繊細な魔力操作を行なっているのは周知の事実だな。

 人より優れた魔力にかまけて、そのあたりを蔑ろにしてきたあたしらの弱点だと思う。

 だが、流石にそれだけでアレンのスタミナには説明がつかないと思うのだが?」


 桃色ツインテールのステラが指摘してきた。



 俺は、もう一つの心当たりについて言及した。


「皆は、身体強化を使った運動の間に、魔力を圧縮しているか?」



「…いくら何でもそれはないだろう…

 魔法の使用中に魔力圧縮をするなんて、原理的に不可能だ。

 一つしか口のないホースで、水を出しながら吸うといっているようなものだろう」


 ステラは、何言ってんだこいつ?という顔で答えた。

 皆の顔を見渡すと、皆似たような顔をしている。



 俺は苦笑して答えた。


「さすがに俺もそれは無理だ。

 ここでいう間というのは、運動と、運動の隙間、という意味だ」



「…考えたこともないな。

 そもそも同い年のアレンが、ランニングしながら身体強化魔法をオンオフしているという話ですら、衝撃的なんだ。

 …まさか、走りながら足が浮いている時間に魔力圧縮をしている、とでもいうつもりじゃないだろうな?」


 ステラが睨みながら聞いてくる。



「当然している。

 俺は、身体強化をオフにする時間があれば、可能な限り魔力を圧縮して溜め戻す癖を付けている。

 実際、昨日のライオとの組み打ちでも、運動の隙間に魔力を溜め戻しながら戦っていた。

 流石に、全力疾走の様な無酸素運動中などは無理だが、身体強化の出力が50%程度までのうちは、運動の隙間で身体強化を切って、魔力を圧縮できる。

 ランニングや素振りなどの、ルーティーン化された作業なら70%以上までいけるな。

 これらの動作で俺の魔力が枯渇する事はないだろう。

 その前に、体力的な限界がくる」



 金髪ヘアバンドのジュエが、くつくつと笑いながらいった。


「相変わらず常識外れな事を、平然とした顔でいいますわね。

 魔力圧縮を行うと、魔力の自然回復を待つよりは、回復速度が早まる事は知られています。

 ですが、非常に集中力のいる作業でしょう。

 普通は歩きながらするのですら難しいのに、戦闘中に運動の隙間で魔力を圧縮しろ、だなんて」



 何が相変わらずなんだ?

 常識外れな事をいったのはフェイなのに…



 だがやっぱりそうなのか…


 母上が普通にやっていたから、俺も姉上も当然のように練習して習得したが…


 まぁ確かに兄上達にはいくら説明しても出来なかったな。



「コツは、最大魔力量を底上げするために、丁寧に折り畳んでいく魔力圧縮とは、別ものとして捉える事だ。

 確かにセンスがある程度問われるが、ここにいる皆なら、鍛錬して『型』にまで落とし込んだら、可能だと思う。

 …もっとも、苦労して身に付けても、それほど長く魔力を維持して戦う必要がある場面は、そうそうないかもしれないがな」



 そう、普通はそれほど長く戦闘が継続する事はない。


 よほど実力が拮抗した一対一の場面や、戦地で尽きる事なく敵が襲いかかってくるような場面でなければ、1時間以上も戦闘状態が継続される事はない。


 そういう意味では、瞬間出力を向上させる鍛錬に主眼を置く、従来のアプローチも間違いとは言えない。

 むしろ正道と言えるだろう。



「…これから走る坂道には、どんな狙いがあるの?」


 ココはきいてきた。




「よくぞ聞いてくれた!

 ここまでの話は、準備運動の様なもので、ここからが本当の鍛錬の話だ!

 アル!白目を剥いている場合じゃないぞ?


 と言っても、特別な事は何もないから心配するな!


 この坂道で行う短距離ダッシュは、『全力』を出せる全身運動で、筋力トレーニングと、最大出力下での身体強化魔法の練度を高める事を狙いにしている。

 俺は全力疾走こそ、この世でもっとも効率のいい筋力トレーニングだと考えているからな。


 そしてこの坂道を見てくれ!

 斜度10°、距離500mの直線と素晴らしい条件だ。

 この坂を全力で駆け上り、魔力を溜め戻しながらゆっくり降りる。

 それだけで騎士に必要な基礎的な筋力は、全て鍛えられると言っても過言ではないぞ?

 ランニングはルーティーン化して、こちらはタイムを縮める工夫をしながら走るだけで、筋力、身体強化の最大出力、出力を上げる瞬発力、その維持能力などが満遍なく鍛えられる。

 つまり、威力と回転と持続力、その全てが賄える訓練、という事だ。

 しかも本数を弄るだけで、肉体的な負荷を調整できる」



「…この大小の石がゴロゴロと転がっている坂道を、『全力』ねぇ…

 ライオ、できるか?」


 ダンがライオに尋ねた。



「出来る訳がないだろう。

 少なくとも数ヶ月単位での訓練が必要だ。

 俺がアレンと屋外で戦った場合、さらに勝率は低くなるだろう。

 驚異的な魔力操作のセンスだ」



 …そうなの?

 みんな揃ってそんなじとっとした目で俺を見られても困るけど…



 カチッ



 音のした方をみると、俺の手首にフェイが何かの魔道具らしきものを装着していた。



「…これは何だ?」


 フェイはニコニコとした顔で説明した。


「これは僕が、昨日8時間かけて改良した魔道具だよ。

 といっても、残存魔力量を計る魔道具を改良して、記録が取れる様にしただけだけどね。

 これでアレンの秘密を丸裸にー」


 俺は手近な石を拾って、装着された魔道具を迷わず粉々に粉砕した。


『なぜ?』みたいな顔で呆然としているフェイを無視して、俺は話を締め括った。



「ごちゃごちゃと理屈をいったが、最も大切なのは、何のために走るのかを、それぞれが自分で考えて、自ら結論を導き出すことだ。

 人から言われた事を鵜呑みにしていたのでは、本当の実力はつかない。

 自ら実践し、検証して、少しずつルーティーンを改善していく。

 このプロセスが最も大切だ」


 俺はそういって、坂道に向けて一礼し、走り出した。


 これ以上ここで話に時間をかけては、俺のルーティーンに差し障る…


 俺にはまだ、ソーラの朝食を食べるという難題が、朝のルーティーンに残っているのだ。

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