第25話 受験戦争の結末


 時は戻り、闘技場。



 俺は更なる不測の事態に見舞われていた。


 受けに徹しながら、もうこうなったら足を滑らせるしかないかな?なんて考えて、タイミングを計っていたら、突如パーリ君が片膝を突いた。



 その肩は大きく上下しており、ゼェゼェと呼吸が苦しそうだ。



 …えぇ〜?


 それは、いくら何でもわざとらし過ぎるぞ、パーリ君…

 まだ10分ちょっとしか経っていない。



 俺はちょっと恥ずかしいのを我慢しながら、油断したふりをして、隙だらけの格好で近づいていった。



「そこまでじゃ。

 …魔力切れじゃな。

 誰か肩を貸してやりなさい」



 魔力切れだと?!


 …どんな魔力の使い方をしたら10分で魔力が切れるんだ?


 魔力量が足切りギリギリだとしても、いくら何でも早すぎる。



 組み打ちは、どんなに激しく動いても、どこかの動きと動きの間に呼吸が入る。


 こちらに余裕があれば、その呼吸休む時間を潰す様に動くのがセオリーだが、俺は今回一度も攻めていない。


 10分間短距離ダッシュ無酸素運動をした訳じゃないんだぞ?

 まぁそんな事はこの世界の人間にも不可能なはずだが…



 俺が今の状況に理解が追いつかず、必死に思考を巡らせていたら、ライオが一歩前に出て静かに言った。


「…アレン・ロヴェーヌ。

 俺とも手合わせしないか?」



 すでに手には木刀があり、口元には不敵な笑みを浮かべている。



 ライオか…


 考えようによってはチャンスだな。


 何が起こったのかはよく分からないが、パーリ君のチョンボのせいで、計算外に上がった俺の株を下げるいい機会だろう。


 それにこいつとは、一度全力で手合わせをしたいと思っていた。

 Eクラスに移籍した後では中々チャンスは来ないだろう。


 よく分からなくなりつつある俺の現在の座標を試す好機でもある。



 俺は黙って頭を30°下げて、上げた。



 ◆



 ライオは俺が構えるのを悠然と待ってから、まずは小手調べ、とばかりに、お手本の様な綺麗な横薙ぎを放ってきた。


 かなりのスピードだが、反応できないほどではない。



 俺は次の展開を考えながら、その一撃を木刀で受けた。



 その瞬間、俺は想定外の力に3m近く吹っ飛ばされた。



 瞬時に身体強化でカバーしながら受け身を取り、間合いを稼ぐために後ろに一回転がりながら立ち上がった。



 …これが王立学園の入学試験で、パーフェクト・スコアを狙うやつの身体強化の出力か…

 しかも、まだ全力ではないだろう。


 今の一撃ではっきり分かった。

 こいつは完全な格上だ。

 この組み打ち中に、その差を覆すのは難しいだろう。


 だが…




 ライオは追撃する様子も見せず、不敵な笑みを浮かべている。



 …泣かせたくなってきた!




 ◆



 力を使った手筋では無理、と判断した俺は、手数で押すことにした。


 鍔迫り合いに持ち込まれたら即詰む。



 スピード重視。

 当たれば倒せるギリギリの力で振り抜き、かわされたなら、即座に次の一撃に繋ぐ。


 受けられたら瞬時に引く。

 受けに当たる前に変化がつけられるなら、変化する。


 たまにライオに弾き飛ばされる事もあるが、その瞬間に呼吸を整えながら瞬時に魔力を圧縮して、可能な限り溜め戻す。


 そして即座に斬りかかる。



 だが当たらない。


 かれこれ30分近く同じ展開を繰り返しているが、ライオはパーリ君とは違い、魔力切れを起こす様子もない。



 あのムカつくニヤけ面は消したが、見事なまでに隙が生まれない。



 俺は勝負に出ることにした。



 これまで俺は突き技を使っていない。


 上段の構えから、思考から外している突き技に変化した俺は真っ直ぐライオの額を、これまでとは違い、引きを意識せず全力で突いた。


 だがライオは首を振ってこの突きを躱す。



 お前はかわすと思っていたよ!

 


 俺は視線をライオの額に固定したままで、突きで流れて詰めた間合いを活かして、股間を全力で蹴り上げる。


 これまで体術も使っていなかったのは、この手筋のための布石だ、パーリ君!



 驚くべきことに、ライオは間一髪のタイミングで股を閉めて、この金的すらも受けた。


「ぐおぉぉ」


 だが体勢が十分ではなく、体がふわりと後方に飛ばされる。



 詰み筋までの最後の一手を繰り出そうとした俺だが、その時、逆に驚愕させられる事になる。



 後方に飛ばされたライオの左手から、繰り出された赤々とした火球が、俺に向かって飛んで来た。



 ◆



 前のめりになっていた俺は、かわせるタイミングでは無いと判断し、瞬時に木刀を離して全力の身体強化で両腕をカバーし、火球を弾いた。



 だが、腕を振り抜いたその瞬間、ライオの木刀が俺の首へと添えられた。



 俺はその場で仰向けに倒れ伏し、大の字になった。



「俺の負けだ」



 俺は宣言した。



 ライオにわざと負けるつもりなど、毛頭なかった。

 チャレンジャーのつもりで、死力を尽くして戦った。


 だが負けた。


 ライオが始めから、体外魔法を使用していたら、おそらくもっと早く決着がついていただろう。


 手を抜かれていたという事だ。



 悔しいが、それが今の俺の現実だ。

 受け入れて、前に進むしかない。


 田舎子爵領では、同世代に負けるなど考えられなかったので、涙が頬を流れている。


 いわゆる悔し涙というやつだ。



 一方で、俺はどこか清々しい気持ちだった。



 ライオ・ザイツィンガー。



 いつか絶対泣かしてやるからな!


 俺はEクラスから出直して、一から鍛え直す事を改めて決意した。



 ◆



「普段どの様な鍛錬をしている?」



 ライオは、手を差し出しながら聞いてきた。


 その目は、勝者が敗者を見下ろす目では無かった。


 悪いやつでは無いのだ。



 気が合わない、というだけで。



「特別な事は何もしていない。

 毎朝ランニングして素振り、夜眠る前に魔力圧縮の基礎鍛錬だな。

 勉強で忙しかったしな」



 俺はライオの手を取って立ち上がった。



「…まだ余裕がありそうだな…

 お前は、自分のスタミナが常軌を逸している、という事を分かっているのか?」


 ライオは他意はなく、純粋に疑問に思っている様な顔で聞いてきた。


 …常軌を逸しているだと?


「ふん、毎朝真面目にランニングしているからな」



 何の事かさっぱり分からなかったが、負けたばかりで分かりません、と答えるのが悔しかったので、適当に答えた。



 ライオは、また不敵な笑みを浮かべたかと思うと、ゴドルフェンに向き直り右手を胸に当てていった。



「ライオ・ザイツィンガーは、この名にかけて、アレン・ロヴェーヌが一年Aクラスにふさわしい人物として認める」



「…しかと聞き届けた」



「え?」


 なんでそうなるんだ…



「明日からは俺も一緒に走る」


「え、やだよ」


 なんで気が合わないやつと毎朝ランニングなんてしなきゃいけないんだ。

 どう考えても地獄だろう。


 しかも推薦までしやがって…


 昨日は一生分かり合えない、なんて言ってたくせに、お前がそんなちょろい奴だっただなんて。


 ライオは尚も不敵な笑みを浮かべている。



 しかしまずいな…

 ここでパーリ君と、ライオという2枚の手札を失うのは想定外だ…


 残りの期間はより慎重に動かないと、Aクラスに残留…なんてことになりかねない。



 と、そこでゴドルフェンがこんな事を言い出した。


「ただ今のライオの推薦を以て、1年Aクラス全員がアレン・ロヴェーヌを推薦した。

 昨夜、試験官全員の推薦、及び陛下の承認を得ておる。

 よって、ここにアレン・ロヴェーヌの正式なAクラスでの入学を認めよう」



 は?


 俺は混乱した。


 何を言っているんだ、このじじいは?

 ボケたのか?



「ふぉっふぉっふぉっ!

 まさか1日かからずしてクラスメイト全員を認めさせ、しかも全員が家名をもって推薦するとはの…

 一体どんな魔法を使ったんじゃ?」



 くっくっく。



 そんな魔法があるならこっちが教えて貰いたい。

 あっても使えないけど。


 冗談じゃ、無いのか?


 今朝教室に入った時は確かに全クラスメイトが白い目で俺のことをー



「ぷっ」


 ……あいつの仕業か。


 俺はゆっくりと振り返った。


 するとそこには、ニコニコと笑うフェイと、今朝までは確かに冷たい目で俺を見ていたはずのクラスメイトたちが、ニヤニヤと笑いながら立っていた。



「すげーじゃねぇかアレン!

 魔力量C判定のやつの継戦時間じゃねぇぞ!

 魔力量が50000超えてるライオとあれだけ打ち合うなんて、どういうカラクリなんだ?」


 アルがいい笑顔で近づいてきて肩を組んでくる。



「アレン。

 まさか僕から逃げられるとでも思っていたの?

 どこまでも追いかけるから早めに諦めたほうがいいよ?」



 ストーカーもいい笑顔で言った。



 そこに濃い金髪を赤いヘアバンドで止めた、品のあるお嬢様が近づいてきた。

 今朝、たまたま運悪くフェイの横にいて、絡まれて怯えていた子だ。


「初めまして、アレンさん。

 魔法士を専攻している、ジュエリー・レベランスと申します。ジュエと呼んでください。

 フェイさんに付き纏われて迷惑なら、いつでも相談してくださいねっ」


 レベランス…フェイと同じ侯爵家がなぜいきなりこんなフレンドリーに?

 優しげな可愛い女の子のウインクに、思わず胸が高鳴りそうになるが…

 姉上を知っているばっかりに、素直に信じる気にはなれない自分が恨めしい。



「…俺は女の子に軽蔑されていたはずじゃ…?」



 俺が疑問に思って聞くと、その隣に立っていた紫色の髪をした委員長風の女の子が代わりに答えた。


「アレンと呼んでいいかしら?

 私は官吏コースのケイトよ。

 アレンがD童貞だという事は、クラスの皆が知ってるわよ。

 フェイに揶揄われてたんでしょう?」



 そんなバカな!

 そんな魔道具があるなんて聞いたこともない!

 どんな原理で判定しているんだ?!



「とりあえず、その朝のランニングとやらに私も混ざるからな。

 私は騎士コースのステラだ。

 よろしくな」


 桃色ツインテールの勝ち気そうな女の子が宣言した。


 展開の速さについていけない…


「アレン。僕も一緒に走りたい。

 足手まといにならないようにするから、お願い」



「あ、あぁ、ココは別に構わないぞ」


 俺はかろうじて答えた。


「で、明日は朝何時から走るんだ?」

「集合場所も決めようぜ!」


 どう見てもモブ顔のA君とB君が馴れ馴れしく話しかけてくる。


「おい!当然俺も走るぞ!

 忘れるな!」


 乗り遅れてキョロキョロしていたパーリ君が、慌てて立ち上がる。


 これはあれか、俺はどうやらこのクラスに迎え入れられたのか…?


「ふぉっふぉっふぉっ。

『器』だけで、全員をねじ伏せたか。

 それもまた、政治の王道の一つじゃのう」


 じじいがまた知ったかぶって、政治とか言い出した。



 俺は改めてニヤニヤと笑っているクラスメイトを見渡した。


 そのどの顔にも、『ざまぁ』と書いてあった。



 俺はどうやら転生ものお約束の、ざまぁを喰らったらしい。



 フェイが代表して右手を胸に俺の名を呼ぶ。


「アレン・ロヴェーヌ」


 全員が呼応した。


「「王立学園1年Aクラスへようこそ!!」」



 パーリ君以外は、きっちり揃っていた。



 ◆



 この長い、ユグリア王立騎士魔法士学園の歴史の中でも、その実績において他を隔絶している第1127期卒業生、通称ユニコーン突出した世代。



 その中心人物として歴史に名を残した、


『常勝無敗』ライオ・ザイツィンガー

『空即是色』フェイルーン・フォン・ドラグーン

『大瀑布』アルドーレ・エングレーバー

『百般の友』ココニアル・カナルディア


 その他多くの偉人を輩出した彼らをして、「トゥルー・ジーニアス真の天才」とまで言わしめた世代のエース。



 これはそんな彼の1番最初の小さな伝説。



 アレン・ロヴェーヌは、たった1日で傑出したクラスメイト達に己の価値を認めさせ、前代未聞の4科目不正判定を覆し、Aクラス合格を取り返した。



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