第17話 アルメリアお嬢様はそのうちの1本の姿絵を部屋に持って帰ったそうですよ?

「少し休憩をなさってはいかがですか?」

「あぁ、うん……さすがに、何か読んでないと、アリアのことを考えてしまって……」

「アルメリアお嬢様のことですか?」

「そう。何しているかなぁ? とか、学園で虐められていないかとか、今日はどんなことで笑ってどんなことで怒ったのか……あぁ、アリア、アリア、アリアァァァァァ!」


 僕が気を抜いてアルメリアのことを話し始めると、コホンとグレンが咳ばらいをする。グレンの言いたいことはわかっている。そう、アルメリア離れが全くできていない僕のことを冷めた目で見ているのだから。


「……僭越ながら」

「アリアのこと、何か知っているの!」

「……ジャスティス殿下」

「そんな憐れんだ目で見ても無駄! 重度シスコン病なんだから! ほら、知っていることがあるなら、今のうちに言っちゃって。いいの? 主が病に侵されすぎて、おかしなことを口走ったり、いなくなったりしても!」

「それなら、別に探しませんから大丈夫です。公爵様に連絡するだけで事足りますし」

「……グレン。そこまで薄情なヤツだったとわ!」


 グレンは呆れて苦笑いしながら、僕の血走っているであろう眼を見ていた。


「本当、大事なことだから! これからの僕の勉強を左右するくらい大事だから!」

「わかりました。本日のことです」

「何があった! アリアを虐めた貴族令嬢の屋敷にカチコミ行っちゃう?」

「意味がわかりません。まずは、報告を聞いてください」


 無言の大人しくしないと言わないぞ? という副音声を聞きながら、僕は椅子の上で正座に座り直した。グレンは不思議そうにしながら、お茶を机の上に置いてくれる。


「報告は3点。1つ目は、レオナルド殿下の件です」

「甘ちゃん王子のことは、どうでもいい! 飛ばして」

「ダメですよ。弟殿下のことなので、聞いていただきます」

「わかった。何? レオナルドがまた何かやらかしたの? 本当、名前を聞くだけで腹立たしいのに!」

「……これがいわゆるシスコン禁断症状というものですか?」


「何が?」とグレンを睨むと、「気持ちを落ち着かせてください」と叱られた。僕はそんなつもりはなかったのだが、どうやらセーブしきれない何かがあるようだ。


「それで、何があった?」

「メアリーとその他取り巻きも含め、学園すら行かなくなったそうです」

「ただのバカじゃん! 放っておいても、自滅するタイプだね。きれいさっぱり忘れよう。うん、そうしよう。はい、次!」

「ジャスティス殿下!」

「もう、いいでしょ? 王はレオナルドが可愛いようだけど、僕にとってレオナルドほど、愚かなものはいないし切り捨ててもいいヤツだ。だいたい、『王太子』としての自覚がなさすぎる。バカに国が守れるわけもないし、例えばレオナルドが国王になったとしたら、メアリーに国庫財産をいいようにされて国が亡びるくらいならまだしも、歴史上もっともバカな王として後世に名を残すことになる。そんな恥をさらしてもいいのか?」

「そこまでわかっているなら、ちゃんと聞いてください」

「いや、今は、一刻も早くアリアのことを」


 僕を落ち着かせるために、グレンは胸元から1通の手紙を出してきた。見覚えのないその手紙の送り主に「誰?」と聞くと、僕の母からだったらしい。これが2つ目の要件らしいのだが、先に内容を見たグレンから話を聞けば、レオナルドへの請求を取りやめるよう、養父へかけあって欲しいというものだった。


「……そのまま、養父上へその手紙を渡しておいてくれる? これは、僕は関わってはいけない案件だから。養父は確かに王へ念を押していたからね。レオナルドへの件は一切関わってはならないと。また、おもしろいことになりそうだ」


 悪い顔をすれば、グレンはそのまま手紙を懐へ戻し、「手配します」とだけ言った。きっと、養父へ直接持っていってくれるのだろう。


「最後は?」

「アルメリアお嬢様の件です」

「……やっと? それで……何があった?」


 渋い表情のグレンに焦れていると、あろうことかニッコリ笑う。僕は見たこともないほどのいい笑顔に何か背中がゾワゾワとする。


 ……何があった? その笑顔、良すぎるぞ?


 グレンの次の言葉を待って、祈るような気持ちでいっぱいになってくる。なかなか話始めないグレンに「もういいだろう?」と聞けば、「そうですね」と素っ気なく返ってきた。


「アルメリアお嬢様のことですが」

「うん、何、何があるの?」

「学園でも婚約破棄の噂が広まり……」

「……広まり」

「女生徒には今まで以上に人気されており、」

「女生徒にはね、うん。アリアは優しい子だから、困っている子たちを助けていたもんな。うんうん」

「……損得勘定も考えながらでしたけどね」

「それは、事業を起こすうえで大事なことだ。金勘定では、どうしようもないときは、親切にされたとか助けられたというのが、最後の決め手になることも往々にあるから」

「……ジャスティス殿下も商売人ですか?」

「そんなことは、今はいい。続きを!」


 胡乱な目で見てくるので、しっかりグレンを見つめ返しておく。目覚めてからこの方、グレンは僕の世話をしてきたのだから、全てお見通しだろう。


「男生徒には大層モテていらっしゃるとか。元々あの容姿ですから、レオナルド殿下との婚約さえなくなってしまえば、アルメリアお嬢様とご結婚されたい方は多いらしく、屋敷には見合い用の姿絵が、公爵の執務机の上に乗り切らないほどきていると、先程公爵家の侍従から伺いました」

「…………アリア、僕のアリアが?」

「えぇ、アルメリアお嬢様がです。一応、公爵様も選りすぐって姿絵をアルメリア様に見せているらしいですね」


「あぁ、そうそう」とわざわざ声音を変えて、放心している僕へ「アルメリアお嬢様はそのうちの1本の姿絵を部屋に持って帰ったそうですよ?」とグレンが意地悪くニタリと笑う。


「どなたのかまでは存じ上げませんが、気に入った方がいらっしゃったみたいで何よりです。ねぇ? ジャスティス殿下」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 深夜の屋敷に僕の叫び声がこだまして響いた。すでに休んでいる侍従が、何事か! と飛び起きて事の次第を確認する羽目になり、翌朝寝不足になったのは言うまでもなかった。

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