第20話 憧れてはいたんだ。憧れては。

「さっきのは、何だったんですか?」

「さっきの?」

「ジークハルト・ランスのことです」


「あぁ」と生返事をしたあと、僕はふっと笑っていたようだ。グレンの顔が引きつっているあたり、予想外だったのだろう。


「その表情、何かよからぬことを考えていませんか?」

「何も。僕にはこの先、親衛隊がいるのだろ? 近衛の中から選べって、あれほどお見合い話を持ってきたじゃないか! 一人決めたってとこだな。まだまだだが、これからを期待して……と」

「ジークハルトは、確か近衛の大隊長格でしたね。若いですけど、信頼も得ているし腕はいいが、サボりぐせがっと……聞いてます?」

「サボれないほど、仕事を押し付ければいいだけの話だろ? 僕の側でサボれるなら、それは一種の才能だよ」


 ケラケラと笑って廊下を歩いていたら、文官たちに睨まれた。ペコっと頭だけ下げれば、低い沸点も下がったのか、元の仕事に戻っていく。


「ここではよそ者だからな。静かにしよう」

「王太子になる人がよそ者だから……って、あんまり聞きたい言葉ではないですね?」

「グレン……」

「何でしょうか?」

「なかなかの毒を吐くんだな?」


 叱られる前に、前を見据えスタスタスタスタ……と早歩きになった。きっと、今のグレンはぽかんとしているが、言葉が脳内で繋がったとき、怒涛の抗議がくることが予想された。

 図書館に入り、ダグラスをさがしていたら、向こうから見つけてくれた。


「どうだった?」

「おもしろい石を拾いましたよ。玉石混交ですからね、今後に期待です」

「それで? 誰を見つけてきた?」

「……ジークハルトですよ」


グレンの呆れ声に、「あぁ、なるほど」とダグラスは納得したようだった。


「叔父上は、どう思われますか?」

「ランス家の次男か? 噂はいろいろ聞くが、どれも噂だからな。どんな人となりかと聞けば、根はいいやつだ。サボりぐせがあるが、王太子の親衛隊に入れば、そうも言ってられないだろうし、いっそ隊長にしてやれば、泣いて喜ぶんじゃないか?」


 ダグラスの言葉を聞き、グレンと顔を見合わせる。先ほどのことを思い出してのことだった。


「どうして、そう思われるので?」

「一時期、ジークハルトの家庭教師をしていたんだよ」

「叔父上がですか?」

「あぁ、勉強もできるんだが、なんというか」

「あぁ、サボり癖ですか?」

「それにも立派な理由があったにはあったからな、同じ次男坊としては、同意しかできぬ理由であった」

「理由を聞いても?」

「それは、本人に聞いたらどうだ? 親衛隊に入れるのであろう?」

「はい。じゃあ、そのときにでも」


 ダグラスに報告が終わったので、次の話だ。最低限、一人の武官と一人の文官が必要だと言われている。側仕えにはグレンがいるので、僕がしないといけないのは、あと一人のスカウトだけだった。


「文官かぁ……さっきも、睨まれてしまったんだよなぁ……」

「あれは、ジャスティス様がうるさかっただけで……」

「グレンも騒いでいただろ?」

「……それは」


 会話には入らず、ずっと、唸っているダグラスの方をみれば、何かブツブツと呟いている。ところどころ聞こえてくるのは、「下級文官だが優秀で、それなら上級もいないとまずいな……」というものだ。


「そういえば、ランス家って貴族の中では、上位だよな?」

「そうですね。魔王の側近として、選ばれていましたからね。今、嫡子はレオナルド様の親衛隊だそうですよ?」

「えっ? でも、年とか考えると……」

「学校の外では、成人した親衛隊も必要でしょう。ジャスティス様はすでに学園も卒業されているので、わざわざ学生を選ぶ理由もなかっただけです」


 感心したように、グレンを見ていると、ダグラスの考えもまとまったようだ。こちらへ向き直り、真剣な視線を向けてきた。


「考えはまとまりましたか?」

「あぁ、そうだな。二つ提案がある」

「何なりと」

「ひとつ、私に今ついている文官サティアをジャスティスへ推挙したい」

「願ったり叶ったりです! なぁ、グレン?」

「今、手間が省けたという表情をしていましたよ?」

「そんなことはない! それで?」


 ダグラスに向き直り、話の続きを問う。サティアを僕の文官にするには、不十分なところが出てくるのだろう。


「さすがに聡いな。ティーリング公爵が手塩にかけただけあって」

「これくらい。何か問題があるのですよね?」

「サティアは優秀な文官ではあるのだが、貴族家としては……」

「爵位の低いことが問題ですか?」

「あぁ、王太子の文官としては、地位も低すぎる。あと優秀であるのだが、内務的なものに関してだ」

「なるほど……外に対して、とりわけ上位貴族と渡り合えないということですか?」

「……あぁ。端的にいうとそうなる」

「それじゃあ、難しいですよね?」

「……そうなんだ。そこに、例えばだが、うちの息子をつけたら……どうかと思ってな」

「ダグラス様の息子を僕の文官に?」

「そうだ。親がいうのはあれだが、なかなかに優秀だと思う」


 ふむぅ……と考えたふりをした。グレンは長年の付き合いなので、呆れて口を出そうとしない。本人たちからさえ、了承を得られたら、僕の面倒な仕事が一気に片付くことになる。


「一度、二人をここに連れてきていただけますか? 本人たちには、僕から話をしてみます。それで、了承を得られるなら、叔父上の申し出を受けます。何より、叔父上が認めているサティアに興味がありますからね。どんな人なんだろう」

「サティアか、まぁ、実際会ってみて、考えてみてくれ」


 その言葉を残し、自身の執務室から出ていく。サティアを呼びに行ってくれたようだ。グレンにお茶を淹れてもらい、ソファに深く腰掛けた。


「これで、一応の人材は揃いましたね?」

「そうだな……そうだっ!」


 何か思いついたというふうな僕に疑念の目を向けてくるグレン。その視線もこちらに転生した記憶を取り戻してから、随分となれたものだった。


「何を思いついたのですか?」


 ……昔、アニメでみたことがあるんだよな……。主君が、信頼の証に侍従たちに渡す小物の話。現代では、中流階級の中の下ぐらいの家庭だったから、一生、そんなことができるとは思っていなかったんだけど……憧れてはいたんだ。憧れては。


「んーちょっとな。明日は街に出ようか。叔父上にも了承を得てからになるけど……」

「街にですか? 何か買い物であれば、私が向かいますが」

「それでも、いいんだけどさ。アリアに婚約の品も選ばないとだし、見に行きたいなって」

「かしこまりました。明日は、そのように用意いたします」

「お願いね」


 ちょうど、話し終えたころ、ダグラスが二人の青年を連れて入って来た。小さい方は女の子かと見間違うほど可愛らしく、もう一人は、ダグラスにソックリの背が高く整った顔立ちの青年であった。


「待たせたね、紹介する。こちらが先程話していたサティアだ。挨拶を」

「……お初にお目にかかります。サティア・オプティと申します」

「初めまして、サティア殿」


 優しい微笑みに、ドキドキとしながら、何事もなかったかのように微笑み返す。その隣に目を向ければ、少々不機嫌な青年と目が合った。


「こちらが、愚息のアーロン。ジャスティスにとって従兄になる。この年でも、士官もせず、ふらふらとしていたので、……」

「それくらいでいいだろう? 叔父上」


 文官にしては、背が高く武官としても不足はないのではないかと思えるほど、しっかりした体躯であるアーロンに睨まれると、それなりに圧力を感じた。

 ぽっと出の僕の下になんて、つくのは嫌なのかもしれないなと軽い気持ちで、手を出し、挨拶する。


「ジャスティスだ。今は、ティーリング公爵の養子として挨拶しておいたほうがいいのかな? よろしく頼む、アーロン」


 差し出した手をジッと見つめられ、引っ込めようか悩んだが、ガシッとその大きな手を掴まれた。


「アーロンだ。父上から言われたので、面白半分で見に来たのだが、肝も座っているようでおもしろい。文官として、また、武官がいないのなら、そちらも含め、下につこう。サティアも文官として、ジャスティス様の下になるのだろう?」

「あぁ、そのことだ。先にアーロン殿の了承を得てから、サティア殿にも打診をしようと思っていたのだが……」

「勿体ないお言葉です! ボクなんかで、務まるでしょうか?」

「……それは、わからない。僕だって、王位継承権があることすら最近知ったんだから。悪いけど、二人には、これから、メチャクチャ迷惑をかけると思う。王宮でのことは殆ど何も知らないんだ。何か、おかしなことをしていたら教えてくれ。逆に法に触れない程度で、改善をした方がいいと思うことがあれば、こちらからも言わせてもらうことがあるかもしれない」

「へぇージャスティス様は、王宮以外で何かしていたのかい?」

「アーロン殿は、僕の従兄なんだ。敬語もほどほどに、ジャスと呼んでくれ」

「じゃあ、俺のことは、アーロンと」

「ボクも敬称は必要ありませんので、サティアとお呼びください!」


 両方の提案に頷き、呼び方を改める。


「アーロンのさっきの質問だが、僕はティーリング公爵のここ5年ほどで、新規に立ち上げた商売全てに関わってきている。発起人は、義妹のアルメリアだが、事業として道筋を立てたのは僕だ」

「なるほど、商人ってわけだ」


 頷き、これまでの話をすることになった。公爵令息が商売をしていることは、あまりないようで、二人だけでなくダグラスまでその輪に入り、四人で夕方まで話込み、久しぶりに充実した時間を過ごした。

 そうすると、思いおこされるのは、やはり、アルメリアのこと。今頃、何をしているのだろうか? とても恋しくなり、このまま、ティーリングの屋敷へ帰りたい……そんな衝動にかられそうになり、拳をしっかり握って我慢するしかなかった。

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