第15話 今度、一緒に、アルメリアの入浴でも覗きに行きましょうか?
翌朝、支度を済ませ、登城した。昨日も来たばかりではあるが、目の前の建物は見た目以上にデカい。
坪、いくらくらいするんだろうなぁ? 東京とどっちの方が、値が高い? 聞くまでもなく、東京だなぁ……価値観からして違うけど。
見上げた城に「はぁあ」と感心していると、トントンと肩を叩かれた。
「ジャスティス様、ここで、立ち止まらないでくださいませ」
「あぁ、すまない。昨日も来たんだけど……ここまで、じっくり、城を見れなかったからさぁ」
「城なら、何度も来ておられるでしょう? 今日は、違う目的があるのですから!」
グレンの指摘で目的を思い出し、グレンに案内されながら目的の場所まで歩き始める。昨日、養父からもらったバッジは、家紋が入っているらしく、王宮勤めでない僕にとって、これが通行許可の代わりになるそうだ。
「この家紋って、我が家のじゃないよな?」
「そうですね? ティーリング公爵家の家紋は乙女の家紋と言われますからね」
「聖女の家系だから? それに比べ、これは、見たことがない」
「そうですか? これは、王家の紋章ですよ!」
「えっ、これが?」
「知らなかった」といえば、頭を振っているグレン。第一王子付き近侍は、こんなすっとぼけた僕に呆れており、すまなく思う。
……いや、ほら……僕、グレンの知るジャスティスじゃないからね? ねぇ? ……そんな、見捨てようかな? みたいな目で、見ないで、ほ、欲しいかな? グレンに一生ついて行くからさ! なんて言えたら……どんなにいいか。信じてもらえなさそうだから、言わないけど。
今朝、城へ来る前にグレン自身の話を聞くことになった。グレンは、騎士団に所属しているらしく、その中でも優秀で近衛だそうだ。第一王子付きになったとき、昏睡状態の僕を見て守り手よりも、お世話をする人が必要だと考え、王宮で文官見習いや側仕えまでしてくれたらしいことを知った。
優秀すぎるグレンには頭が上がらない。そんな気がしたが、「お側で仕えたかったので」の一言で納得させられた。
……昏睡状態の僕のお世話って、考えるだけでも大変だろうに。
心の中で「ありがとう」と何度言ったことかわからない。グレン本人は望まないというので、1度きりの感謝だけ受け取ってもらった。
「そういえば、ダグラス様は、何処にいるんだ? 僕は、知らないけど……」
「私が知っていますから、大丈夫です。夕べのうちに手紙を送っておきました。お返事もいただきましたので、大丈夫かと」
そういって、案内をするように、少し前を歩くグレン。すれ違う文官や武官が、グレンの顔を見ては驚き、振り返っている。
「視線を集めているようだけど……大丈夫なの?」
「何がですか?」
「その、すれ違うみなが振り返って、グレンを見ているようだったから」
「……そうですか? 気が付きませんでした。それに、そうだったとしても、それは、いつものことですから、気になさらないでください」
「……わかった」
「さぁ、着きましたよ!」と明らかに屋敷にいるときと違う表情で、大きな扉を開いた。通された場所は、本が所狭しと入っている図書館である。
通路をスタスタと歩くグレンの後ろをついて歩く。ここで働く文官なのだろう。こちらを伺うように、見てくるものが多い気がした。
「ダグラス様、お久しぶりです」
グレンが声をかけた男性は、薄い金の長髪で文官にしては一回りほど体も大きく見える。振り返って顔を見たとき、金の瞳と暗い青色のオッドアイに目を引いた。
「あぁ、グレンか。久しいな」
「はい。昨日、お手紙にてお願いした件ですが……」
「その件だが、断る!」
「な、何故ですか? あなたにとっても、甥にあたるはずですが?」
「……理由は言わぬが、その後ろにいるのが、ジャスティスなのだろう」
「そうです。何がご不満なのですか?」
グレンの言葉に、少し考えたあと、「場所を移そう」と提案された。僕は、何も言うことができず、ただ、二人に従うのみだ。
ダグラスの執務室は、図書館の奥にあった。廊下とも繋がっているらしいが、そちらは、鍵がかかっているらしい。
執務室に入り、人払いをする。三人しかいなくなったここは、とても居心地の悪い場所になった。
「何故ですか? さっきの返答は。もし、ジャスティス様が王に、王位継承権を与えられたら、協力してくれると言ってくれていたではありませんか!」
「あぁ、言った。あの頃は、そうなるほうが、自然だと思っていたからだ」
「じゃあ、何故、今になって!」
「聖女の話を聞いてから、ジャスティスの件を考えた。聖女として、ティーリング公爵家のアルメリアとレオナルドが婚約していたと聞いていたが、先日、夜会で、婚約破棄を発表したと耳にしたんだが」
「それについては、本当です。お嬢様に、落ち度はありません」
グレンが、経緯を話しているが、渋い顔のまま、話を聞くダグラス。あまり、いい印象を持っていないようなふうに、見受けられた。
「ダグラス様は、メアリーに会ったことがあるのですか?」
「あぁ、あったことがある。つい、先日のことだ。可愛らしいお嬢さんだった。手の甲には、聖女の証である百合の花の刻印もあった」
「そうでしょうね? 特例で、学園に入れるほどの効力はありますからね、あの刻印には」
「グレン、目を覚ませ!」
「何がですか? ダグラス様こそ、きちんと公平な目で物事を見てくださいませ!」
ダグラスとグレンの話合いは熱をもっていく。話し合いというより、言い争いに近くなってきたところで、止めようとした。
「アルメリアこそが、偽聖女なのではないか? ティーリング公爵がウソを」
「……さすがに聞き捨てなりませんね? ダグラス様」
ずっと、黙って聞いていたが、アルメリアや養父のこととなると、容赦できない。
「ジャスティス、そなたも、長年の眠りから覚めたあと、ティーリングに預けられた。あのタヌキに毒されているのであろう?」
「……僕のことは、何を言われてもいいです。実際、アルメリアの聖女としての力が覚醒するまでの15年間、眠っていたのですから。今も、僕の方は、能力の一部が、眠ったままですが、ダグラス様と口論をするくらいなら、そんなもの、無くても十分です」
「ジャスティス様、落ち着いてください」
「落ち着く? グレン。僕は、これ以上ないほど、落ち着いているよ? とても冷静にダグラス様のことを今のままで観察させてもらっていたからね」
ニコッと笑うと、怖いものでも見たかのように、グレンの口元が引きつっている。
「僕は、メアリーと直接話すことはなかったけど、義妹であるアルメリアとは、学園で色々とあったらしいことは聞き及んでいます。まぁ、たいていが、バカな弟、レオナルドのせいで、アルメリアがあちこちで尻拭いをさせられたり、悪者にされていたようですけどね? どうです? 今度、一緒に、アルメリアの入浴でも覗きに行きましょうか?」
「いきなり何を言い出す!」
「気になるのでしょう? メアリーにあって、アルメリアにないものが。アルメリアの刻印は、生まれたときから、そこにあったんです。知らないはずがないですよね? 王弟たるものが」
「……それは、ティーリング公爵がウソを言って、レオナルドと婚約させようとしただけのことだろう? 我が甥、レオナルドはそれに気づき、婚約破棄をした。そう、聞いている」
「何を寝ぼけたことを。誰に何を聞いたか知りませんが、アルメリアの名が、何故、アルメリアなのかをご存じないのですか? 呆れた」
話にならないとため息をつき、立ち上がった。すると、見上げるようにダグラスはこちらに視線を向けてくるが、ふっとバカにしたように笑ってやる。
「叔父上、はっきり言っておきます。メアリーは、聖女の器ではありませんよ。魔王の末裔たる我らの血を抑えられるのは、聖女であるアルメリアだけ。選択を間違えられませぬよう、よくお考え下さい。それと、僕が王太子になったあかつきには、叔父上には、それ相応の罰を受けていただきます」
「なっ、何を言い出す!」
「当たり前でしょう? 僕だけならまだしも、アルメリアや養父上を始めとするティーリング公爵家を侮辱したのです。許すはずもない。王……父に言っても無駄ですから。機密事項ではありますが、レオナルドは廃太子にされ、僕が、王太子になることが決まっています」
「では、失礼します」と、グレンに扉を開けてもらい、執務室を出た。胸糞悪いと思いながら、先程歩いてきた道を戻ると、後ろからクスクス笑う声が聞こえてくる。
振り返り、睨みつけると、さらに笑うので、「グレンっ!」と、少々大きな声で名を呼んでやると、「すみません」と目尻を拭きながら謝ってくる。余程、先程のことが、おかしかったのだろう。
僕は、全くおもしろくもなかったというのにと、グレンを睨んでやった。
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