第6話 今生での選択



 待ち合わせにやや遅刻して俺とスティアーノはペトラに怒られた。だがしかし、この場にはまだ一人いつものメンバーが揃い切っていない。

 そのことは、ペトラは勿論把握しているようで、


「それで、アルディアとスティアーノは来たからいいとして……フレーゲルッ! あの男はどういうつもりなのよ!」


 フレーゲル=フォン=マルグノイア。

 俺たちのグループで唯一爵位を持っている貴族の子息である。

 普段は俺やスティアーノなんかよりもしっかりしているし、遅刻なんてするような男ではない。

 けれども、彼がここに来れていないのにはちゃんとした事情があった。


 ──それを知っているのは、未来で起こったことを事細かに把握できている俺以外にはいないんだけどな。


「ペトラ。フレーゲルは今日卒業式に出席できないってさ」


 ペトラがあまりに怒っているので、それとなくフレーゲルが来ないことを伝える。


「どうしてよ?」


「家庭の事情だって。詳しいことは知らないよ」


 本当は知っているけど。

 フレーゲルの婚約者はヴァルカン帝国出身だ。

 けれども、両国間の関係に亀裂が入ったため、婚約話が見直されることになっているのだろう。


 ──ヴァルトルーネ皇女が婚約破棄されるのは確か卒業式のすぐ後のことだ。


 しかし、婚約破棄の申し出は今日行われるのかもしれないが、この内容は前々から決まっていたことなのだろうと思う。

 そうでなければ、この卒業式の日に貴族の子女子息の多くが欠席するなんて珍事は起こり得なかったはずなのだから。


「家庭の事情なら仕方ないじゃん! ほらほら、怒らない怒らない。スマイルよ〜」


 不機嫌なペトラを宥めるようにミアは軽々しい口調で場を和ませる。

 スティアーノ、アンブロス、アディ、トレディアも順々に頷く。


「だな。来ないやつは気にしなくていいだろ」


「スティアーノの言う通り。フレーゲルの分まで俺たちが卒業式を謳歌すべきだ」


「まあ、あの人にも予定というものがあるのでしょう」


「え……えっと、ドンマイ?」


 ペトラも周囲の反応に毒気を抜かれたのか、怒気を収めた。


「そうね。私も少し冷静じゃなかったわ」


 彼女の気持ち、分からなくもない。

 せっかくの卒業式。

 士官学校で過ごした数年間を仲の良かった者同士で笑い合いながら終わりたいというのは、ごくごく自然な願いだろう。

 一分一秒でも、長く一緒にいたい。卒業後の進路は皆んなバラバラで、もう気軽に会えることがなくなってしまうのだから。


「でも……なんだか寂しいよな」


 スティアーノがしんみりした声音で呟く。


「だってさ、今日までは普通に顔を合わせられていたのに、ここを卒業したら……」


 レシュフェルト王国とヴァルカン帝国、それぞれの故郷に学生は帰る。そして、そのまま再び談笑する機会も与えられず、望んでもいない戦いを強いられるのだ。


「時が止まってしまえばいいのに、な」


 卒業式の日が来なければ良かった。

 戦争が起きなければ良かった。

 選択を迫られる状況に陥らなければ良かった。


 様々な思いが、その一言に集約されていた。


「アルディア……」


 周囲からはきっと、卒業して離れ離れになるのが悲しいのだと、そう捉えられているのだろう。

 けれども、俺の知っている現実はもっと酷い。

 学友同士での殺し合いも、きっとあるはずだ。


「アルっち! そんな悲壮な顔しないでって、またこうして皆んなで集まればいいじゃんさ!」


 ミアが元気付けるように俺の背をドンと叩く。

 ペトラも俺の手を握ってきた。


「そうよ。……離れていても、私たちの関係が切れることはない。どこかで必ず繋がっているんだから」


 ──だからこそ、苦しいんだよ。繋がりなんて最初からなければ、悲しい感情も芽生えなかった。


 大切なものがこの手から零れ落ちる度に、心臓に杭を打たれるような痛みが残り続ける。

 そして、その痛みはずっとずっと消えない。

 涙は枯れるまで止まらない。


 もう苦しいのは嫌だ。

 二度目の機会を得られた今、俺は全てを守り抜きたい。

 だから、


「あのさ。皆んな……卒業したら俺、ヴァルカン帝国に行こうと思ってる」


 俺の意思をその場にいた全員に告げていた。

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