第58話 大賢者、実況する

「よーし! いよいよオレの出番だなッ!!」


 オーゼキングが逆立ちして地面に突き刺さる前衛芸術になったのを尻目に、ヒロトが拳を打ち合わせながら土俵に上がった。

 あー、その人、そのままだと息が詰まっちゃうだろうし、引っこ抜いてあげたら?


「おうッ! 土に埋まるのは苦しいもんなッ!」

「……かたじけない、でごわす」


 ずぼっと引き抜かれたオーゼキングは、そのまま土俵脇に待機していた黒タイツ軍団の担架に乗せられて去っていった。つか、なぜヒロトは土に埋められる苦しさを知っているのだろうか?


「海に遊びに行くと、砂浜によく埋められるからなッ! ピンクやターコイズがいつもオレを埋めてくるから困るんだぜッ!」

「えっとね、ピンクもターコイズもうちの女性メンバー。ヒロトが絡むとめんどくさくなる娘たちだったんだよ」


 変身を解除したツカサが補足してくれるが、そういうのは要らない。

 他人のリア充エピソードなど、1ミリの関心もないのだ。いっそヒロトはそのまま砂浜でミイラになっていればよかったのではないだろうか。


「あー、レッドさんは戦いたいかんじなんすか?」

「大将戦だろ? オレの正義の魂が燃えるんだぜッ!」


 うん、完全にルールを理解してないな、こいつ。

 4勝でいいところを、なし崩しで5勝までしている。これ以上戦うことにまったく意味はないのだが、ヒロトがやりたいって言うなら好きにやらせよう。これまでの試合から察するに、何が出てきてもヒロトが苦戦することなんてないだろうし。


「じゃ、じゃあ最後の選手、猛虎怪人ティガー・タイガーさんを呼んでくるっすね。――あ、すみません、ちょっと着信が」


 マサヨシ君が土俵から離れ、片耳に手を当ててまた何か話している。


「えっ、急におなかが痛くなった? それなら医務室に薬が……トイレから出られない? 膝に矢を受けた古傷も痛む? ええ、ああ、はい……はい……あー、それはお大事に……えっ!? 自分が代わりっすか? 代返とか、怪人大学の講義じゃないんすから。ええ、はい……はい……じゃあ、ひとつ貸しっすよ。あと、バレても責任は取らないっすからね」


 マサヨシ君が戻ってきて、こほんと咳払いをした。


「と、トーラトラトラトラトラ! よくぞここまで勝ち抜いたっす……トラにゃ! 戦闘員とは仮の姿っすにゃトラ! 自分こそが六鬼将最強、猛虎怪人ティガー・タイガーだトラにゃっす!」


 語尾がめちゃくちゃー!

 あと、六鬼将最強が最初のドラなんとかさんとかぶってるよ。竜虎相打つみたいなかんじで、互角設定なのかもしれないけど、仮病で逃げてるのめっちゃ伝わってるよー!


「なんだ、マサヨシが猛虎怪人だったんだなッ! へっ、正体を隠していたなんてやるなッ! さあ、オレと全力全開でやり合おうぜッ!」

「かかってこいだにゃトラぁー!」


 マサヨシ君も土俵に上がり、両手を上げて大きく構える。

 向かい合うヒロトの身体のあちこちから、小さな炎がぽっぽっと燃え上がりだした。変身の準備に入ったのだ。


「正義を愛する心が燃える! 魂が、邪悪を倒せと紅蓮に染まる!」


 ヒロトが両手をしゅばばばっと動かすと、その炎が次第に大きくなっていく。


「この世に太陽ある限り、闇の栄える試しなし! 変ッ――ぐわっ!?」

「すんません、変身はさせないっすよ」


 ヒロトが変身モーションを終える寸前、マサヨシ君が素早いローキックを放ってそれを妨害した。コンパクトに膝裏を的確に蹴り抜く無駄のない動き。マサヨシ君、なかなか使いよる。


「変身されたら自分も加減がきかないっす。命の取り合いはイヤなんで、生身でやってもらうっす」

「素のままで競い合いたいってことだなッ! わかったぜッ!」


 変身を妨害されたヒロトが、それを意にも介さず生身のまま突っかかる。

 大ぶりの左右の連打から回転の勢いを生かしたハイキックのコンビネーション。小技を挟まない豪快な連撃だが、それらはすべてマサヨシ君にいなされた。


「さすがにハイキックはやり過ぎっすよ!」


 マサヨシ君がハイキックの軸足に素早くタックルを決める。

 ……が、動かない。ヒロトは高く上げた足をそのまま切り戻し。斧のような踵落としがマサヨシ君の背中に襲いかかる!


「どういう体幹してるんすかっ!?」

「ヘヘッ! いまのをかわすなんてマサヨシもやるなッ!」


 間一髪。

 ヒロトの踵落としを身を捻って避けたマサヨシ君が、肩で息をしながら両手を体の前に小さく構える。両膝をわずかに曲げ、重心はかすかに前。変形のアマレススタイルか? 組技を狙いつつ、立ち技にも対応できるバランスのいい構えだ。


 一方のヒロトはなんかかっこいいポーズででーんと構えている。

 それには武術の理合りあいなどない。ヒロトの戦い方はすべてが本能だ。一度、まともな武術を習わせようと王都でも評判の剣術道場に連れて行ったことがあるが、何にも教わらないまま師範を倒してしまい、逆に弟子入りを懇願されていた。解析不能、予測不能、本能そのままの闘争スタイルがヒロトの強みなのである。


 技巧のマサヨシ。

 本能のヒロト。

 相反する二人がじりじりと間合いを詰めていく。

 先に仕掛けるのは――


「いくぜッ! 爆炎豪拳ヴォルカニックナックル連撃ラッシュ


 やはりヒロトだ!

 豪腕が風を切り、大振りの連打がマサヨシ君に殺到する!

 すべてが致命の威力を持つそれを、マサヨシ君がかわし、さばき、時に受ける!


「とんでもないスピードっすけど、さすがに目も慣れてきたっすよ!」


 ヒロトの右ストレートをマサヨシ君が受け流し、手首をつかんでそのまま引き込む。ヒロトの身体が泳いだ瞬間、跳ね上がって両足を腕に絡みつけた。これは飛びつき肘十字!


「へへッ! すげえなッ! こんな技はじめてだぜッ!」


 肘十字が完全に決まったかと思った瞬間、ヒロトも飛び上がって身体をぐりんと反転させる。どういう手品か、ヒロトがマサヨシ君に覆いかぶさる形でのグラウンド(※寝技の攻防体勢)になった。

 マサヨシ君はヒロトの右腕を抑えてはいるが、この体勢から関節を決めるのは不可能だ。そしてヒロトの左腕はフリー。このままマウントポジションに移行してパウンドの雨を降らせれば、さしものマサヨシ君も為す術はないだろう。


 それを察したのか、マサヨシ君がヒロトの腕を離し、両足で腹を蹴って離脱。間髪入れずに跳ね起き、再び両手を軽く前に出した変形アマレスの構えを取る。


「わー! マサヨシ君、すごーい!」

「……次、シロとやる」


 ハイレベルな攻防に、メリスちゃんとシロちゃんが大興奮だ。

 そしてどうもマサヨシ君側に感情移入している。理不尽に強いヒロトより、技巧を駆使して戦うマサヨシ君の方がなんというか泥臭い主人公感があった。


「って、解説のミストさん。マサヨシ選手、これまでの怪人よりもずっと強くないですかね?」

「だから誰が解説だ。まあいい。ともかく、ダントツで動きがいいな。日々の研鑽が伝わってくる洗練された動きだ。身体能力はヒロトの方がはるかに上だが、その差を埋めるテクニックがある。組技系――おそらくはアマレスかサンボの出身だろうが、立ち技への対応も充分。これはひょっとすると、ひょっとしかねないな」

「おおっと、これはジャイアントキリングの予感か!? 下馬評を覆し、マサヨシ選手の勝利はあり得るのかぁー!!」

「えっと、あのさ。ボクら、一応ヒロト側なんだけど……」

「「あっ」」


 すっかり熱くなっていた俺とミストを、ツカサがジト目でにらんでいた。

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