第50話 大賢者、探索する
「これ、本当に動かないんだよな?」
「ははは、セージって意外と心配性だよね」
地下駐車場から建物の中に入った俺たちは、ツカサの案内で1階を進んでいる。なお、ピュイたちハーピー連は留守番だ。「家ん中をずーっと歩くなんて、あーしらには考えられねえよ」とのことである。
通路の両側には大きな棚が延々と並んでおり、その中には微妙に形の違う金属製のメイドが整列している。たまに箒やデッキブラシなどの掃除用具や、大鎌に戦鎚、斧槍などの武器の展示が混じっているのがなんとも奇妙な雰囲気を醸し出していた。
「ぜんぶ商品として展示されてるだけだからね。勝手に動いて襲ってきたりはしないよ」
「こんなもんが普通に売ってるなんて、ずいぶん物騒だったんだなあ」
「こっちだって鍛冶屋で剣とか売ってるじゃん」
それもそう……なのか?
普通に売り買いするには危険すぎる道具に感じるけどなあ。
「ふうむ、こちらの型は極限まで装甲を削ってスピードに特化しているのか。こちらの分厚い装甲があるものは耐久重視と。む、4脚のものもあるのか」
細い顎を指先で撫でながら金属メイド群を観察しているのはミストだ。さすがにこの状況で足を止めはしないが、何もなければ1日中観察してそうだ。
「ここから100階まではずっと防犯、護身グッズだよ。1階はアキバ電工のフロアだからメイドシリーズばっかりだけど、2階からは別のメーカーだからもっと色んなのがあるんだ」
「ほう、それは興味深いな。メーカーごとに特色があるのか?」
「むしろアキバ電工が尖り過ぎなんだよね。こんなひとつのシリーズに執着してるメーカーなんて他にないよ」
ツカサによると、このYADOBASHIビルはフロアごとにメーカーが貸し切って、自社の商品を陳列・販売する仕組みになっているのだという。100階までは防犯、次の200階までは理美容、300階までは生活家電……という風に階層ごとにテーマは設定されているそうだのだが。
通路は曲がりくねっていて脇道や行き止まりも多く、まるで迷宮だ。
一度探索を済ませて道をおぼえているツカサがいなければ、1階だけでいつまでもさまようハメになっていただろう。
「ああッ! 一度ツカサとはぐれたときは、合流するまで大変だったぜッ!」
「お前、迷子になってたんかい」
ヒロトがなぜか自信満々に迷子の前科を自白する。
こいつが迷子になっても最悪壁をぶち破ってでも進みそうだし、一切心配するつもりもないのだが、メリスちゃんとシロちゃんが心配だな。はぐれないよう注意していなければ。
「シロちゃん、あっちにも変なメイドさんがいるよー!」
「……三面六臂。斬新」
メリスちゃんとシロちゃんは、仲良く手を繋いで歩いていた。うふふ、仲良し姉妹みたいでかわいいね。
これなら心配要らなそうだが念には念を……魔力を練りはじめると、その気配に気がついたミストがものすごい勢いで首をぐりんっと回して俺を見てきた。
「おい、セージ。何をしようとしている?」
ミストが薄っすらとした笑顔を浮かべて俺の頭をつかんでぶら下げる。
あっ、やめてっ、中身が出ちゃう。中身が出ちゃうのー!
「魔法を一切使うなとは言ってない。何かするなら事前に相談しろと言ってるんだ。さて、何をしようとした? 吐け」
尋問っ!? 尋問なのこれっ!?
ミストの目つきが据わっている。俺は背筋に走る寒気にぶるりと震えつつ、支配されることについて甘美な感情をおぼえつつあることに気が付き再び戦慄した。
「つ、《追跡》の術式をですね、みんなに、かけておこうと思いまして。あ、あれならほとんど魔力も使いませんし、はぐれても位置を見失わないですし、こうした状況におきましては非常に有効なのではないかなと思う次第でありまして……」
「《追跡》か。お前のオリジナルだな。たしかに、この状況なら必要な魔法だ。よし、許可しよう」
「ありがたき幸せッ!」
俺はミストの気が変わらないうちに、ちゃちゃちゃちゃっと魔力を練って全員に魔力の標を打つ。ほぼ純粋な魔力で構成されたそれは、俺なら数キロ離れたところからでも感知可能な目印になる。
仮に誰かがはぐれてしまったり、パーティが分断される罠にかかったとしてもこれで合流は容易だ。百年前も、ダンジョンやら無明の密林やらを探索するときに常用していた魔法である。
「なんだか首のうしろがぽわぽわする?」
「……何か、あった?」
メリスちゃんが不思議そうな顔で首のうしろをなでている。俺が《追跡》を打ったところだ。《追跡》の気配には打ち込まれた当人でもそうそう気が付かないのだが、さすがはメリスちゃんである。
複雑に入り組んだ通路を進んでいくと、展示されている金属メイドの様子が徐々に変わってくる。
入口の方のやつは人型で、色もくすんだ銀色という大人しいものが多かったのだが……あ、いや、これが普通に感じるとかだいぶ感覚が毒されてるな。まあそれはともかく、奥に入っていくると金赤の目に痛いカラーリングのものや、腕がやたらに多かったり、足が車輪状になっているものなどが増えてきた。ほとんど球状のものもある。
それに無理やりメイド服が着せされているから、これを開発したやつの思考回路が伺い知れない。
「なるほど、全体を球状にすることで全方位からの投射面積を限界まで削り、強度も高めるという設計思想か。移動はこのベルトを回転して行うのか? 腕は折りたたんで収納可能と。ふむ、なかなか合理的じゃないか……」
あっ、ここにも思考回路が伺い知れない研究バカがいた。
異形の群れに気を取られて迷子にならないよう、俺はミストの手を引いてツカサの背を追った。
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