第10話 酔っ払いの相手は、嫌ですから。

 勤労少女に助け舟を出したのは、ウエイトレスの同級生の大学生だった。

「あのさあ、清美、今の本田さんの質問、確かにきつすぎたかもしれないけど、学校なりどこなりで、自分の勤め先を「下川書房さん」と言ったりしているの?」

 以前から知っている青年であるからか、こちらには少女も返答ができる。

「いいえ、していません。哲郎君、じゃない、大宮さんが今言われたようなことは、配達先などでも、申してはおりません。主人からも、そういうときは「弊店」というよう指導されています。名乗る必要があればもちろん「下川書房」と申しますけど、こういう場所ですから、「さん」付けしたほうがいいかなと、思って・・・」


 少し間をおいて、マスターが質問に入る。

「ところで清美さん、君はうちのような喫茶店はいいとして、例えばじゃ、大学回りの食堂とか、駅前の酒の飲める店とかに勤めてみたいと思ったことは、ないの?」

「それは、ありません」

「なぜかな?」

「酔っ払いの相手は、嫌ですから」

 なるほどと思いつつ、マスターが、自らの仕事一般の状況を説明し始めた。

 こういう話は、早めにしておかないといくまい。


 ありゃりゃ。

 この店にも、ビールや酒くらいあるよ。

 もっともうちは酒を飲む店じゃないから、そういう客は基本的にお断りしとるが、特に夜来られるお客さんで、軽く一杯飲む人らはおられる。ま、酔っ払ってわけわからなくなる人はおらんけどね。あんたはしかし、酒を飲むおっさんらが嫌なのはわかるけど、酒を飲まなくたって、嫌なお客さんはいないわけじゃ、なかろう。

 うちの娘には誰もそんなことは言わんけど、かわいい女の子じゃと思ったら、変に絡んでというか、言い寄ってくるような客は、おらんこともない。こういう店はね、そういう客の相手もせにゃならんこともあるし、そもそも、本屋さん以上に動き回らないといけん仕事じゃからな。それで、時給も幾分高めにして、賄いもつけるようにしてあげんと来てくれんから、あえてこういう条件で応募しとるわけなのよ。


 マスターはそこまでしゃべって、目の前の水を少し口に含んだ。


「ところで、この店に面接に来ておること、下川さんは御存知なのじゃろうか?」

 マスターの質問に、少女は少しためらいつつ、答えた。

「私からは、申し上げておりません。さすがに、そんなことを言うのはどうかと」

「それはよろしい。うちとしては、そりゃあ、人手も足りんからあんたにでも来てもらえれば嬉しいけど、あんたの事情考えたら、それならすぐにでもと、言うわけにもいかんわな。それで、せっかくじゃから、ちょっと、そちらで森川園長先生や大宮君らに、少し相談してみたら、どうなら?」

 マスターの提案に、彼女は頷いた。

 彼女が頷くのを確認したマスターは、妻とともに厨房に向かった。

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