第35話 彼と練習した

 七日間の休みが明けて、冒険者ギルドのお仕事再開です。

 長いのに案外、短かく感じる不思議な七日間でした。


 半分は意識がなかったのだから、休んでいるのだと実感が出来たのは二日くらいかしら?

 そう考えるとシルさんが七日間の休暇要請を出してくれて、良かったのでしょう。


「快気祝いよ」


 久しぶりの職場はいつも通りで。

 違ったのは事務方のトップであるトッティ副ギルド長の執務室に呼ばれたことくらいです。

 そこそこに大きな紙袋を渡されました。


「ありがとうございます」

「まだわ」

「はい。失礼します」


 今の副ギルド長の短い言葉は裏のに関するちょっとした暗号です。

 処刑カーズニに属する者であれば、分かる。

 そうでない者には全く、分からない。

 誰かに聞かれても問題がないようにやり取りをするのが鉄則なのです。


 そういうこと……。

 快気祝いでも何でもありません。

 そうだとは思っていましたけど!


 はっ!?

 私ったら、何とはしたない。

 表のお仕事中なのに気を付けないと!




 久しぶりのギルドではティナクレメンティーナからの質問攻めに辟易としつつも平穏な日常が戻ったことが実感出来ました。

 ちょっと嬉しいと感じるのは決して、気のせいではないと思います。

 お仕事の為であって、そこに何の感情も抱いていなかったはずなのに本当、最近の私は少し、おかしいです。


 帰宅してから、『快気祝い』の紙袋の中身を確かめると案の定、予想通りの代物が入っています。

 『聖女に相応しき物を』とだけ書かれた一枚の小さな紙切れと修道女の装束一式です。

 メモのメッセージはシンプルそのもの。

 これも極力、露見を防ぐべく、そうされているのです。

 フロントは『黎明の聖女』と呼ばれていることを最大限に生かせと望んでいるみたい。


 確かに黒で染められた修道女の服は闇夜に紛れる効果があるでしょう。

 返り血を浴びても目立ちにくいのも利点です。

 私の髪の色は特殊なので、何よりも目立つのが難点でしたけど……。

 長く伸ばしていることもあって、殊更に目立つのに切りたくはない乙女の最後の砦なのです。

 でも、それもそこそこは改善されるはず!

 修道女のウィンプルを被れば、解決とまでは言えなくても多少は隠せることでしょう。


 デザイナーも私のことをよく分かっている人が、デザインしたとしか思えません。

 太腿の辺りで短く、カットされた裾丈。

 肩と胸元が露出しているのはこれまでに着ていたお仕事着から、踏襲したものと言えます。

 これなら、動きやすい!




 でも、新しいお仕事着が支給されたからといって、喜んでいる余裕はありません。

 差し迫った危機が目の前に迫っているのですから。


 ティナが我が家にやって来るのは何と明日なんです!

 彼女の休みは明日。

 私の復帰を祝うという名目も兼ねて、来るのです。

 それで復帰したばかりの私まで、休まなくてはいけません。


 出た次の日に休むなんて、変だとは思います。

 それなのに届け出が普通に受理されちゃいました。

 『羽目は外さないようにね』とトッティ副ギルド長の何とも言えない含みのある笑顔が怖い……。


 私ったら、また集中が切れていました。

 変なことを考えすぎでしょうか?


「アリーさん、まだ無理をしない方がいいのでは?」

「でも、明日なんですよ。時間がありません」


 近い。

 体温を測るのに額と額をくっつけるなんて、まるで夫婦じゃないですか!?

 あっ、夫婦でしたね。

 偽りの関係ですけど……。


「熱はなさそうですね」


 さすがに慣れてきたけど、ここまで至近距離のシルさんに慣れるまでどれだけ、苦労したことか。

 どうすればラブラブの夫婦に見えるのかと打ち合わせて、練習した成果が多分、『自然に熱を額で測る』というシルさんの行動だったのです。

 スゴイです、シルさん。

 私にはとても、真似出来ません。


「それでは今日は次のステップに移りましょう。今日で最後の練習になりますしね」

「は、はい。頑張ります」


 心拍数と体温の上昇は抑えられるようになりました。

 相変わらず、シルさんに触られただけで痺れるような感覚があります。

 これは何でしょう。

 甘美で求めたくなるような妙な感覚……。

 今までにそんなことは一度も無かったのに。


「あんっ。そこはダメです。シルさん、そんなに強くされたらぁ」

「アリーさんはここが弱いんですね」

「ダメですってぇ。あぁっ」


 その日の夜遅くまでシルさんと二人だけで行われる密室での打ち合わせが続きました。

 終わった頃には、今までに感じたことがないほどの疲労感があります。

 とても辛いです。


 でも、これまでにない幸せも感じているのが不思議です。

 不思議な感覚だけど、ずっとこうしていたいかも……。


「あれ? アリーさん? 寝てしまったかな」


 困惑しているようなシルさんの声を子守歌代わりに私は夢の世界の住人になっていました。

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