第4話 彼と出会った
夜通しとは言わないまでも夜の闇の中を激しく、駆け抜けたお仕事があっても次の日は変わりなく、巡ってくる。
それが私の日常だから……。
地味な装束に身を包んで、髪もなるべく目立たないようにアップにしている。
私にはこの方が性に合っているんだと思う。
闇の中を自由に生きる。
それが嫌いなのではなく。
そこでしか、生きられる道がなかった。
それだけなのです。
だから、好きでもなければ、嫌いでもない。
これこそが真実。
そう生きざるを得なかっただけ……。
本当の私は?
地味ではない?
地味であろうとすることは好きでしているのではない?
私は一体、何? 私は一体、誰?
十八年前に何かがあったのは確かなのです。
確かなのにはっきりとした記憶が無いのが全ての原因でしょう。
鋭い
それがフラッシュバックするんです。
「プレガーレ君。すまないね。そういうことで頼んだよ」
「分かりました」
ちょっと考え事をしていたら、上司の話をサラッと聞き逃しました。
こんなことではいけません。
ただ、おおよその話は分かっています。
裏方の地味なお仕事を処理しておく。
これもいつものことですから。
そういうことばかりで困るとはおくびにも出せません。
私は表向きには冒険者ギルドのしがない事務方に過ぎないんです。
変に目立つのも動きにくいものなんですよ?
地味にしているのが悪い。
そうかもしれません。
でも、地味にしていなければ、下手をすると受付業務に回される可能性があるじゃないですか。
それはあまり、賢い選択とは言えません。
顔を見られるのは極力避けるべき。
これは一種の防衛本能に近いものです。
「シルヴィオ・ジュラメントです。今日は宜しくお願いします」
「ア、アウローラ・プレガーレです。こちらこそ、宜しくお願いします」
待ち合わせ場所にいたのは清潔さが前面に押し出された白のスーツに身を包んだ長身の男性でした。
先程から、チラチラと窺うような視線を感じるのは、彼が二枚目の劇団俳優も顔負けのルックスの持ち主だからでしょう。
私には関係ありませんが……。
これはお仕事の一環であって、まるでお見合いでもするような挨拶の仕方になったのも致し方ないことなのです。
今回、由々しき事態が生じたからです。
これに対して、冒険者ギルドと商人ギルドが協力する羽目に陥りました。
この二つのギルドが犬猿の仲なのは子供ですら、知っている周知の事実です。
両者ともに世界を股にかけて、その名を知られる世界的な機関。
主要な町だけではなく、辺境の田舎町にですら支部があるのですから。
しかし、本当に仲が悪いんです。
協力することなどまず、ありえません。
今回の事例がどれだけ、異例のことなのか分かっていただけたことでしょう。
「プレガーレさんも事務方ですか?」
「はい。では、ジュラメントさんもですか?」
「ええ」
「まぁ」
互いに顔を見合わせて、苦笑するしかないです。
本来は表の業務に出ることがない事務方が引っ張り出されるなんて。
何が起きたのかと心配になるが、何のことはありません。
パラティーノでも有名な観光名所である噴水広場の泉でとんでもないことが起きたのです。
「本当の話だったんですね」
「そうみたいですよ」
あの泉は人気の観光名所であり、デートスポットです。
一人で一枚のコインを投げ入れるとまた、パラティーノに来ることが出来る。
二人で二枚のコインを投げ入れると永遠にともに生きられる。
それで夫婦や恋人が投げ入れると永遠にいられるようにと願いを込めて、コインを投げるのですが……。
「まさか、
「間違えて、入れるにしてもありえませんよね」
二人して、もはや溜息しか出ません。
ミスリルという希少な金属を使っているだけに市場に出回ることが滅多にないレアな硬貨。
それが
パラティーノで豪邸を買えるくらいの価値があるとも言われています。
それが泉に投げ入れられたんです。
信じられないことに二枚も!
大事件です……。
見た目は確かに銀色で似てますから、銀貨と間違えて、投げ入れた可能性も否めません。
そう踏んだ冒険者ギルドは商人ギルドにも掛け合って、ここぞとばかりに投げ入れた人物の捜索を開始した訳です。
銀貨と
これで恩を売っておこうという腹があるのかもしれません。
「それで事務方まで駆り出されるとは思っていませんでした」
「はい」
「疲れてますね?」
「いえ。そんなことはありませんよ?」
ジュラメントさんは背が高く、顔がいいだけではありません。
服を着ていても分かる引き締まった上腕筋と胸筋。
腹筋も割れているに違いありません。
触ってみたい……いえ、そんなことは思っていませんよ!?
ちょっとくらいは思いましたが。
とにかく、細身でありながら、筋肉がバランスよく付いた理想的な肉体に見えます。
それにしても鼻筋が通っていて、彫りの深い端正な顔立ちをしていらっしゃいますね。
すれ違う女性が振り返るほどですから。
切れ長の目はきついというよりは優し気な印象を受けますし、
いわゆる典型的な二枚目な男性とでも言えば、いいのでしょうか。
大人の男の余裕を感じさせる雰囲気にただ、押されるばかりです。
疲れているのではなく、聞き込みが苦手なのもバレてました。
「後の聞き込みは僕に任せてはもらえませんか?」
「でも、私もギルドの人間ですから……」
「少し、ここで待っていてください。約束ですよ」
「あっ。ジュラメントさん!?」
私が呼び止める間もなく、彼の姿は雑踏の中に消えてしまいました。
レディーファースト……はちょっと、違いそうですが気遣いが凄い方のようです。
男の人が苦手とまではいきませんが、あまり近寄って欲しくない生き物だとは思っています。
妙な嫌悪感が心の奥にあって、無意識に壁を作ってしまいます。
だから、二十三という結婚適齢期を過ぎつつある年齢になっても未だに男性と付き合った経験が一度も無いんです。
年下でも既に結婚している同僚も多いですし、婚約者がいるのが普通なのに……。
ジュラメントさんはまるで壁など、気にしてないように接してくれます。
それもとても、自然にです……。
不思議です。
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