発達障害ガールミーツガール
九十九折紙
第1話 最悪の再会
※発達障害の症状は一人ひとり異なります。
※登場人物の症状が発達障害の全ての人にあてはまるわけではありせん。
【プロローグ 最悪の再会】
診察室のことが好きだった。午後の日差しがカーテンからこぼれて端に置かれた観葉植物の影を作るところをこっそり見るのが好きだった。
「不動さんは前とお変わりないようですね、お薬はいつもと同じでいいですか?」
「はい、先生」
中年の女性医師が優しく笑うと電子カルテに手早く何かを記載していく。この「長崎先生」のことがカナメは好きだった。いつも穏やかに接してくれるし、質問にはストレートに答えてくれる。自分のような「特性」の人間にはその方がありがたい。
カナメは軽く礼をして診察室を出た。ふと今朝の寝癖のことが気になり、すぐ先のトイレの洗面台の鏡の前に移動する。よかった、もうはねてない。毎朝の寝坊と二度寝癖は深刻なのだ。鏡には栗色に髪を染めたボブカットの少女が写っている。背は標準より少し高く、淡いベージュのチュニックに黒いテーバードパンツを着ていた。鏡には映らないが足元は真っ黒なスニーカーを履いている。
(まだ高校生って感じ。あんまり大学生に見えないなあ。まだ入学して二ヶ月だからこんなものかな?)
まあそうは思っても外見のことなんてあんまり違いが分かっている自信はないのだが。それでも自分のことなら少しは分かる。自分には興味をフォーカスできるのだ。
トイレを出ると受付前の待合室の椅子に移動する。処方箋が出るまでスマートフォンでKindleの電子書籍を読む。すると予想よりも早く「不動さん」と呼ばれて席を立つ。
(あれ?)
受付で処方箋を受け取ってカバンにしまい、帰ろうと出口に向き直ると「彼女」が目に入った。待合室の席の一番後ろに真っ直ぐな黒髪の少女が座っている。調子でも悪いのか俯いてぶつぶつと言っている。
「あの、桜庭さん、だよね?」
「……え?」
そこで彼女は顔を上げた。やっぱり同じ大学の桜庭スズだ。学部は違うが第二外国語が同じドイツ語だから何度も教室ですれ違っている。会話はしたことがないが入学式の時からすごく美人だと目立っていた。違う学部のカナメの目と耳に入るほどに。それにストレートの黒髪はカナメの密かな憧れであった。だから人の顔の覚える脳機能がいまいちのカナメでも覚えていた。
「誰……?」
「あ、突然話しかけてごめんね。私、同じ大学の不動カナメっていうんだ。学部は違うけど、ドイツ語で同じ教室だから覚えてて……その、話したことないから覚えてないよね」
「同じ……大学?」
その単語で桜庭スズはビクリと震えた。突然病院で話しかけられるなんて警戒されただろうか。それにしても何か病気なのだろうか。
「ビックリさせてごめんね、こんなところに同級生がいると思わなくてさ。大丈夫、風邪でも引いた?」
「べ、別に……あ」
スズの手から一枚の紙が落ちた。カナメの足元に落ちたので拾うとそれは処方箋だった。薬の名前が記載されて個人情報だがどうせカナメに薬の名前など分からないからいいだろう。
「あれ……?」
「か、返して」
「う、うん……桜庭さんってもしかして発達障害?」
とっさに思ったことが口に出てしまう。処方箋に記載された薬はカナメが処方されている薬と同じ発達障害の薬だった。
カナメが処方箋を差し出すと強い力でスズに奪い返される。
「なんで知って……?」
「あ、あのね! いきなりでごめん。でも私も発達障害でさ、処方されてる薬が一緒で分かっちゃったんだ」
カナメは浮かれていた。一方スズはひどく冷たい目で処方箋を見下ろした。
「その……同じ大学に同じ障害のある人がいるとは思わなかったんだ。いるとしても隠れてるだろうし……そのよかったらこのあとお茶でも」
「一緒にしないで」
叫びに近い声でスズはカナメから遠ざかった。他人の表情の読めないカナメでも分かる拒絶の目。思わぬところで同類を見つけられた浮かれ具合は一瞬で霧散した。
はっとカナメは我に返った。周囲から視線が集まっている。病院のロビーは人はまばらだったがそれでも人がいる。
周りに聞かれるかもしれないのに勝手に障害名を口にするべきではなかった。カナメは苦手な愛想笑いを浮かべた。
「ご、ごめん。私、同じだと思うと嬉しくて、その」
「一緒にしないで! 私はあなたとは違う! 普通の人間なんだから!」
その声の大きさはその日一番の注目を集めてしまったが。
とにかくスズはそう言って席を立ち、自動ドアをくぐって病院から出ていった。
取り残されたカナメは呆然と待合室で立っていた。
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