第6話 ダンジョン都市へようこそ! 2

 サラの定宿じょうやどからほど近い場所にある酒場。名前は若葉亭。

 まだよいの口だというのに、ホールのほとんどの席が埋まっていた。


 よいの口でこれほど盛況なのは、ここが大衆食堂でもあるからだ。この時間だと酒を飲んでない客もけっこういる。


 酔っ払いに絡まれるんじゃないかと不安だったが、これならしばらくは大丈夫だろう。


 実に喜ばしいことだが、今は未来のことよりも目の前のことだ。

 敵意を向けてくる存在が正面に座っているからである。


「いいか、約束は守れよ。絶対にだ! 約束を破ったらどうなるか……わかってるだろうな?」


 サラは目を細めてそう言うと、右手を腰のさやにあてた。


 たぶん『痛い思いをさせる』という意思表示なのだろう。


「わ、わかっているさ」

「…………」


 なぜサラがこんな脅迫じみた真似まねをするのか?


 それは寝床問題にたんを発する。


 当初のサラの計画では俺の寝床は納屋のわらだった。彼女の知り合いに乗り合い馬車のオーナーがいて、その男性は困った人を放っておけないたちである。サラはその男性に頼んで馬の納屋を安く借りるつもりだった。


 ところが、この計画は頓挫した。

 俺たちがオーナーのもとをたずねたとき、すでに借主がいたからだ。


 なんでもつい最近、路上生活をする少女を見かけたらしい。

 オーナーは少女の境遇に同情して納屋をタダで貸したのだという。


 少女が助かって良かった、とは思う。

 だが、寝床探しは振り出しに戻ってしまった。


 次のサラの計画では俺の寝床は安宿のベッドだった。

 

 この町は通称ダンジョン都市。ダンジョンの上に建てられた町だ。ダンジョンの数が非常に少ないこともあり、国中から冒険者が集まるという。


 だから冒険者相手の商売も盛んだ。長期滞在用の宿もたくさんある。当面はサラが宿代を立て替えてくれると言うので、俺は長期滞在用の宿に泊まるつもりだった。


 ところが、この計画も頓挫した。

 サラの気が変わったとかではなく、どの宿も満室だったのだ。モフモフ教の祭りに参加するために多くの人が訪れているのが原因らしい。あの変な祭りがこんなふうに関係してくるとは思いもしなかった。


 いずれにせよ、また寝床探しは振り出しに戻ってしまった。


 このまま寝床が決まらなければ段ボールすらない世界で路上生活だ。

 俺は絶望的な気分になった。


 サラはそんな俺を、定宿じょうやどの自室に連れ帰った。そして湯気が出そうなほど真っ赤な顔で『少しの間だけ居候させてやる』と言ったのである。


 俺は涙が出そうになった。


 こうしてサラの部屋に居候することになったわけだが、ひとつ大きな問題があった。部屋がひとつしかないことである。


 サラは部屋の中にひもを張り、それに白いシーツをかけて部屋をふたつに区切ると、『こっちには入るな。許可なく入ったら命の保障はできないぞ!』と言い放ったのだった。


「よく知らない男を居候させるんだ。サラが警戒するのはわかる」

「…………」

「だが、約束は必ず守る。頼むから信じてくれ」

「……そうきっぱりと言われると複雑な気分になるが、ひとまず信じよう」


 そこでようやく俺たちのテーブルにも料理が運ばれてきた。

 サラはナイフとフォークを握ると、分厚いステーキを切り始める。


 何の肉かはわからないが、こんがりと焼かれた肉は食欲をそそる。


 俺もナイフとフォークを握った。

 目の前のステーキを切り分けてから一番端のものを口に運ぶ。


「…………おいしい」


 塩胡椒だけのシンプルな味付けだが、肉のうまみが十分に引き出されている。

 

 ステーキはただ焼けばいいというものではない。調理の仕方でおいしさが変わるからだ。この店には腕のいい料理人がいるようだ。


「クロル大鹿の肉は煮てもうまいが焼いたほうがうまい。特にステーキは絶品だ」


 サラは満足そうに笑うと、木のジョッキを持ち上げて一気にあおる。


「ぷは~っ! やはりビールは冷たいのに限る」


 中年のサラリーマンのようなことを言う金髪碧眼へきがんの美少女。

 俺と同い年の女子の発言とは思えない。


 けど、この世界ではこれが普通なのだろう。高校生くらいに見える少年が平然と酒を注文してるし。

 

 法的に問題がないなら俺もビールを飲みたいが、残念ながら俺のぶんはない。

 

 まあ俺は、自分の食事代も出せない身だ。冷たいビールを飲みたいなら自分で稼ぐしかない。


 それはそうと、サラにたずねたいことがあったんだ。


「なあ、どうやったら必殺技が出せるようになるんだ?」

「……必殺技? 何だそれは?」

「サラがよくやるじゃん。剣を振って魔物を両断したり、剣を振って魔物の首をはねたり、と。大木を切断したときにも使った」

「……ああ、スキルのことか」


 サラは口の中のものを飲み込んでから、


「お前、スキルのことも覚えてないのか?」

「ああ。まったく」

「ってことは、職業クラスのこともか?」


 俺はうなずく。サラは盛大なため息をついて、


「詳しく説明しても、きっと覚えられない。だから、簡単な説明だけするぞ。それでいいか?」

「もちろんオーケーだ」


 サラは少し考えるような素振りをしてから、


職業クラスには、剣士、魔法使い、僧侶、のようなありふれたものから、世界に一人しかその職業クラスに就いていないレアなものまである。ここでは、職業クラスの種類は多い、と覚えておけばいい」


「で、この職業クラス。定められた条件を満たすことで特別な能力が使えるようになる。それがスキルだ。

 たとえば、お前が必殺技と言ったのは真空波。剣士の職業クラスで習得できる。だから剣士の職業クラスいて真空波の習得条件を満たせば、お前でも真空派が使える」

「そりゃすごい!」


 これは俺にとって朗報だ。明日にでも真空派が使えるかもしれない。


 元の世界にいつ帰れるかはわからない。何かしらの方法で金銭を稼ぐ必要がある。冒険者になるかはわからないが、職業クラスに就いておいて損はない。


「俺も剣士になろうかなー」

「期待させて悪いが、しばらくは無理だろうな」

「え?」

「最初の職業クラスは自分で選べないんだ。お前が剣士以外になったら転職クラスチェンジが必要になる。だが、転職クラスチェンジするには条件を満たさなきゃならない。それには時間がかかるから『しばらくは無理だろう』と言ったんだ」


 なるほどね。


「ちなみに、きわめてまれなことだが、クラスチェンジできない職業クラスもある」

「たとえば?」

「すぐに思い浮かぶのは勇者だ。勇者はクラスチェンジできない、と何かの本で読んだことがある。

 むろん、勇者はものすごく強くなる。それで困ることはないだろうが」

「……ええと、勇者って職業クラスなのか?」

「ああ。だが勇者は一人しか就けないし、クラスチェンジで就く職業クラスではない。

 勇者に選ばれた者の最初の職業クラスが勇者なんだ」


 ああ、そういうことか……。


 あのときの勇者が持明院なら、あいつは勇者に選ばれたわけだ。この世界でも特別扱いされていることになる。

 

 あーあ、俺も特別扱いされたいぜ。

 たぶん無理だろうけど。


「おっと、もうからだ」


 サラは、近くを歩いていたウェイトレスを呼び止めてビールの追加注文をした。


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