第4話 金髪美少女 2

 どちらも選べないまま立ち尽くしていると、前方から「真空派」という声が聞こえてきた。


 直後、頬の横を風が通り抜けた。


 ずずずず、ずどん! 轟音に驚いて後ろを振り返る。

 

 少し離れたところで大木が倒れていた。


 わーお、すごい! 自分の顔がひきつっているのがわかる。

 

 あの風が直撃していたら、俺の体は真っ二つだった。


 俺はおそるおそる金髪の少女の方に向き直る。


 冒険者みたいな服をまとった少女が、剣先をこちらに向けながら滝壺に沿って歩いてくる。


 金髪の少女は、俺の数メートルほど先で止まると、怒鳴るように言った。


「お前が例ののぞき魔か!?」

「……は? 何のことでしょうか?」

「とぼけるな! 昨今ちまたを騒がしているのぞき魔のことだ! とんでもない変態で、その被害は後を絶たない。聞くところによると、ご婦人の浮気現場をのぞき見し、そのことをご主人に密告しているらしい」


 ……それはご婦人が悪いんじゃないでしょうか。

 そうツッコミたかったけれど、剣のさびにされそうなので我慢した。


「お前はのぞき行為をしていた。よって、騎士団の詰所つめしょへと連行する」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は最初からここにいた。さっきまで気を失っていたから君は気づかなかったかもしれないが……。

 むろん、裸を見たのは謝る。だが、俺は君の言うのぞき魔じゃない!」

「そんな嘘が信じられるか! あんなにいやらしい目で見ていたくせに!」


 金髪の少女は真っ赤な顔で言った。


 まいったな。裸体から目をそらさなかった俺も悪いが、だからといって身に覚えのない罪で裁かれるのはごめんだ。


 なんとしてもこの少女の誤解を解かなければ。


「本当だって! 俺は君の住んでいる町に行ったことはない」

「……それを証明できる者は?」

「い、いないが、俺はやってない! 俺は大きな滝の上から落ちて、この滝壺に流れ着いたんであって……」

「はっ! 嘘も大概にしろ」

「嘘ではないでござるよ」


 突然、誰かの声があがった。


 金髪の少女がびくりとして、あたりをキョロキョロと見回す。


「な、何者だ!?」

「そなたが話したちまたを騒がせているのぞき魔でござる。この少年の言葉がどこまで本当かはわからぬでござるが、少なくとものぞき魔ではないでござる」


 声はすれども姿は見えない。

 

 金髪の少女は険しい顔で剣を構えると、「話があるなら姿を見せろ!!」と叫んだ。


 だが、しばらくしてものぞき魔が現れることはなかった。

 

 もうここにはいないと判断したのか、金髪の少女はゆっくりと剣を下ろす。


 のぞき魔が口を挟んだ理由はわからない。


 だが、これはチャンスだ。今ならあることを実行できる。


「頼むから俺の話を聞いてくれ」

「…………いいだろう。聞くだけは聞いてやる」


 よし、第1関門クリア。


 だけど問題はここからだ。


「俺がこの滝壺に流れ着いたのは本当だ。気づいたらここに横たわっていた。おそらくどこかで水に落ちたんだと思う。で、そのせいかはわからないが、記憶を失っていてな。自分のことすらわからない状態なんだ」

「……なん……だと」


 金髪の少女が目を見張った。


 もちろん記憶を失っているなんて嘘だ。記憶喪失のふりをして、この少女の同情を引くつもりなのだ。


 できれば俺だって嘘なんてつきたくない。

 だが異世界から来たと正直に話して、この少女が信じてくれるとは思えない。


 もしもこの森に魔物がいるなら、この少女の助けが絶対に必要だ。

 なんとしても少女の同情を引かなければならない。


「……それは困ったな……」

「ああ、すごく困ってる。所持品もないし、お金もないし、頼る相手もいない」

「…………」

「なあ、俺はどうすればいい?」


 金髪の少女は目をそらした。セミロングの髪をいじりながら何やら思案している。


 この少女には正義感がある。俺に攻撃を加えることもできたのに、それをせずに脅すだけにとどめたからな。

 そんな彼女が、一方的に濡れ衣を着せた記憶喪失の俺を見捨てることができるだろうか?


 金髪の少女はしばらく思案していたが、突然大きなため息をつくと、


「とりあえず町へ向かうぞ。お前、自分の名前は覚えているか?」

「ああ。拓巳たくみだ」

「……タクミか。私はサラだ。ダンジョン都市、正式名称はヴァルハラだが、そこで冒険者をしている。職業クラスは剣士だ。よろしくな」


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