第15話

先手を取ったのは、今度は俺の方だった。

隙の少ない、しかし軽い斬撃を相手にお見舞いする。キョンシーは僅かに身体を逸らしてこれに対応してくる。お返しの掌底は2発、1発は思い切り喰らうも、返しの1発に刀でカウンターじみた一撃を入れる。


「ぐっ……!」


「!」


お互いにまたのけぞり、離れる。

こちらは腹部に鈍い痛みが。見れば頑丈ですよ!と鍛冶屋のお兄さんが言っていた河童の甲羅に、僅かだがヒビが入っている。


向こうは腕にぱっくりと切れ目が入っているが、切断には至らなかった様で両手で構えている。

四肢を一本でも奪えれば……!

ただの死体系モンスターと違い、向こうは手足が凶器であり武器だ。それが一本でもなくなれば、一気に有利になるはず……。


またこちらに飛びかかろうとするキョンシーに、ミユキさんが砲弾を構える。

キョンシーは苛立った様に腕を構え、正拳突きを……この距離で!?


全くの予想外。それゆえに発射直後の砲弾にそれは当たり、小筒に爆風が当たる。


「きゃっ!」


小筒を手放しゴロゴロと地面を転がり倒れるミユキさんを見て、何故か相手はトドメを刺さず、こちらに攻撃を放つ。


「お前……そういうタイプか!?」


2回やりあって、なんとなく相手の事が分かってきた。こいつは普通のキョンシーに比べ知性が非常に発達している。それゆえに格闘技のキレが通常種に比べ凄まじい。先ほどの動きを見るに、フィクションでよくある気の様なものも使えるのかもしれない。


そしてその知性と技術故に……こいつは最初俺の実力を引き出し切って倒そうとした。

さらに今は、鬼火の一撃で俺に執着し、好敵手として戦いたいと思っている。

孤独なのだ……!技を持つモンスターはそこそこにいるが、こいつのいる獄門街は死体系が主。適当に生者に襲い掛かる動死体と戦っても楽しくない。コンシーなぞは相手にもならない。

他にもハンターを狩った事はあるかもしれないが……俺と戦って、そして執着している。それは間違いない。


キョンシーの攻撃が再び行われる。

相手も決して無傷ではない。数時間前に戦ったのだ。鬼火のフルパワーの一撃を受けて、さらにはミユキさんの強化された砲弾が直撃。並の★2ならそれぞれが致命傷になりうる攻撃なのだ。2つ受ければ★3だって倒し得る。

しかし、技のキレこそ落ちているが、うまく戦えない。こちらも通常種との戦いで若干コツを掴んだ。その上でなお厳しい。


(あの気弾……いつ使ってくるんだ?)


あれが一度しか使えない技なのか、何度も使える技なのか。動作はいるのか。何も分からない以上、こちらは相手に密接しながら切り結ばなければならない。刀の間合いとしては狭すぎる……!


それでも。

ここまでやり合ってるんだ、俺にも意地がある。


「男の子だからよおおおおおお!」


叫び、もう一度全力で振るった一撃は今度は気弾で逸らされる。向こうも正拳突きの体勢のまま硬直しており、ここが決め時だ。

腰の一身札を起動させ、体を勢いよく傾ける。まるで押し倒すかの様な体勢になったが、そのままトドメを……刺す!


俺とキョンシーの距離はほぼ密着。最早拳すら適正距離ではない。

髪切りの刀を突き刺そうとし、腕で押し退けられる。最早鬼火は使えないが、火を恐れたのだろう。もう片方の腕でも刀を殴り、髪切りの刀は完全に弾かれ宙を舞う。


「ッうおおおおおお!」


そこが一瞬の勝機だと、俺のスキルが告げている。俺の刀は三本。粉々にされた一本目、今飛ばされた二本目。

そして三本目を今、抜く……!

極度の集中により、周りの動きがスローになったかの様に見える。キョンシーは心底楽しいかの様に笑い、防御の様な、反撃の様な動きをし、こちらが彼女の首に刃を突き立てようとする。

反撃か?防御か?反撃ならば一身札がある。防御だとしても、後は気合勝負!こちらもにやりと口角を歪ませ、そして……。


破滅的な轟音と共に、何かに掴まれるような感覚。目の前は砂埃で見えなくなるが、これは一体……!?


「ぐっ……!」


目の前から押されるような衝撃を受けて、地面に転がり落ちる。待て、なんだこの1〜2mの高さから落ちたような衝撃は……?


疑問は、砂埃が消える事により氷解した。

全長何メートルだろうか?巨大な蛇のゾンビが、キョンシーを咥えて暴れ回っている。


「あいつ………!?」


一身札を確認すれば破損済。

それでもあのキョンシーに殴られた時に痛みを感じたという事は、奇襲で札が壊れたと言うことだ。俺に痛撃を与える事だってできたろうに、あいつは……。


「ハルキ君!」


「ミユキさん!大丈夫だった?」


「はい、なんとか……!ですが、あれは手負蛇!★3モンスター……」


どうするか、とこちらに視線を向けるミユキさん。それを見て、手負蛇に咥えられているキョンシーのやつを見る。

俺が切り付けた片手と、更に足を片方ちぎり取られて尚、自らを殺さんとする蛇に抵抗している。しかし俺の体力が尽きかけているのと同じくらい、あいつも満身創痍の筈だ。普段なら兎も角、今ならば負けるだろう。

俺達はその間に逃げれば良い。良いんだけどなあ……良い筈なんだけど。


「俺……あの蛇野郎を倒して、キョンシーと話したい。……できないかな?」


今回の件で思ったのは。13歳に若返ったせいか、元からこんなだったのか。俺は意外と熱血なタイプだったらしい。ミユキさんの事も放っておけなかったし、アイツに助けられたまま見捨てるなんて、なんとなくだが許せないと感じる自分がいる。

俺の言葉に、彼女はふ、と笑って頷く。


「相棒のわがままです。今度は私が叶える番!」


「ありがと、相棒!」


ミユキさんが砲撃を始める。

頭部に当たった事により蛇は悶え、それによってキョンシーが振り落とされる。

それを抱きかかえ、背中に担ぐ。


「ハルキ君!あの蛇の弱点は、おそらくもう片方の目です!」


見れば死角になって見えていなかった目が爛々と光っているのが分かる。

あそこを潰すか、首を切り落とすかするか……!


「あいつを倒す。手伝ってくれ!」


後ろの手が、肩を弱く握るのを感じる。

髪切りの刀を回収し、今度こそ蛇に突っ切る。


砲撃が手負蛇を襲う。

先ほどまでの鬱憤晴らしか、弾は的確に相手の肉体を損傷せしめて行く。

キョンシーやコンシーといった人サイズの相手ばかりだったからやや不遇気味だったが、砲術スキルが最も得意とする相手は巨大な敵。作戦も何もなくこちらに襲い掛かる蛇は、ともすればミユキさんにとっての絶好のカモだ。


理性はなくとも本能で一番危険な相手を察したのだろう。一直線に相手がミユキさんに向かう。なら、やる事は一つ。


ミユキさんと蛇の中間地点に立ち、キョンシーに聞く。


「あいつが来る時に飛ぶ。いいな?」


肩を掴む力が増す。それだけで十分だった。

轟音と共に土煙を巻き上げ、こちらに向かってくる手負蛇。

途中に立っている俺達2人などは、諸共に噛み殺してしまえばいいと思っているのか。

大きく口を開いてこちらに迫る瞬間、俺の背中でキョンシーが動く。

それに合わせて飛び上がる。

背中を衝撃が押す。

キョンシーの気弾だ。今回は飛び上がるためのエネルギーとして使われ……。


俺とキョンシーは2人で蛇の頭にたどり着く。

向こうももうミユキさんに構う余裕はないと感じたのだろう。振り落とそうとする動きを鬱陶しく思いながら、刀を突き立てる。

髪切りの、刀を!


「燃えろおおおおおおおおおおおお!!」


刀に、あらんかぎりのエネルギーを込める。既にキョンシー戦でフルパワーで力を使い果たしたこいつは、本来ならば鬼火の力を振るう事はできない。

だが今必要なのは力だ。そのためなら……こいつが壊れても!


手負蛇の全身が燃える。

巨体に回りきった火に、駄目押しとばかりに火炎弾が直撃する。

耐久力を越える火力によって全身が炭化し、手負蛇は倒れ。


そして髪切りの刀は、粉々に砕けた。






「あー……疲れた。中層なんて行くんじゃなかった。いや、お前に会ったのが運の尽きだったのか?」


「……」


右手と右足が捥げたキョンシーを下ろし、俺も倒れる。

お互いに相手を見て倒れあっているのは、まるで中層のミユキさんとの掛け合いを焼き直したようで、ちょっとおかしかった。


「?」


「なんでもないよ。なんでも」


気付けば、目の前のキョンシーの気持ちを理解できるようになっていた。

今抱いている感情は、悔しさ。そして達成感。それは俺達ハンターがこれまでも、これからも抱いて行く感情だから、手に取るように細部まで分かる。


「お前さ、」


「……」


「俺との決着が付かなかったのが悔しいんだろう。でも、俺とあの手負蛇を倒したのが、楽しかったんだろう」


その表情は読めない。話す事もない。

だから、俺は誘う。


「なあ、俺と来ないか?俺の仲間になって、俺と一緒に強い敵と戦おうぜ」


俺の問いに、彼女は悩む様に止まる。

ああ、そうか。これじゃあ彼女の達成感しか汲めてない。彼女の後悔も拾ってやれなきゃ、俺は彼女を誘えない。


「俺がやれると思ったら、お前に勝てると思ったら勝負を挑む。勝ったら、今度こそお前は完全に俺のものだ」


そうして投げかけられた契約に、彼女は今度こそ、とても嬉しそうに笑った。


『キョンシーと契約しました』


『スキル容量 1/2』


そうして消えて行く彼女を見て、ほうと一息つく。

素材と魔石を回収したミユキさんと共に、今度こそ獄門街を出るのだった。

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