第18話



 ネイル社とスカイウォーク社がヘンリーを巻き込んで、金属部品をそこそこ量産できる工場を建てたいと申請してきた。

 他領からこの辺境までの物資流通の遅さに焦れたようだ。ブレイクリー卿が伯爵様に進言したんだろうな。

 食料自給率をあげたいから、土地を汚さない工夫を望むと伯爵様が許可を出したとか。

 ただでさえ土地が荒れてるもんね、公害はちょっとね。

 だったら採掘現場の村で作るといか言って、ヘンリーをもってかれた……。

 ヘンリーのファスナー部分は作り置きしておいてくれたから、袋物職人のコリンと、ラッセルズ商会服飾部門小物担当者でレザー商品づくりを任せている。


「出来上がる生産数が少ないですけれどいいのですか? ウィルコックス卿」


 ラッセルズ商会の担当者も「このつくりすごいな……」って感じでファスナーを開け閉めしていたがわたしに問い合わせてきた。


「トレバー・ラッセルズ氏(若旦那)と相談して、ターゲットユーザーは高位貴族だから少数でいいのよ。ユーバシャール産の限定品紳士アイテムとして王都で売り出すわ」


 限定品とか希少品――この響き、好きな人は好きよね。

 さあ、紳士諸君、貯め込んだその金で、このワニ革財布を買うといい!

 わたしがクククと咽喉で笑いを漏らすと、ラッセルズ商会の担当者はドン引きしている。

 え――……今のわたしそんなに悪役風味だったかしら? でも価格はぼってませんよ? 適正価格よ? 討伐するだけで命がけだもの。

 だからこういう貴族向けの紳士物を作らせて、特産品として売り出したい。

 とはいうものの紡績関連はわたしの実家やメイフィールド家にはかなわない。

 レザー商品で勝負するのは高位貴族相手なんだけど、あともう一品ぐらい貴族向けの売り出しアイテムが欲しいところ。

 食料関係は作物が育つまで時間がかかるし、気候や土壌なんかでうまく栽培できるかわからないから、単価高い商品を作って売って、素早くお金をゲットしたいのよ。

 どうしたものか……あともう一品。


「グレース様、そろそろ旦那様がお戻りになるそうです」


 よかった、今日もご無事で!


「では本日は私はこれで」

「うん。また後日連絡するわ」

「お待ちしております」


 ラッセルズ商会の担当者が執務室を出ていくのを見送り、わたしは伯爵様のお出迎えの為にヴァネッサに着替えを勧められる。

 お出迎えするのにお着替えとか……。

 この国の貴族の令嬢は何かにつけてお召し替えがあるのよね。

 伯爵様のお出迎えなんだから、お着替えはした方がいいか……メイク直しもヴァネッサにお願いした。

 日中の仕事で疲れた感じは顔に出てないわよね……姿見の鏡で自分の顔を見て心の中でよしと頷く。

 エントランスホールに降りると、ほどなく執事のマーカスがドアをあけ、伯爵様がお戻りになられた。


「お帰りなさいませ、伯爵様」

「うん、グレース、できれば名前で」


 そこ、こだわるのね。でも名前呼びだと、なんか照れちゃうのよ……。

 伯爵様は、いつもみたいに、小首を傾げて、「ほら、もう一度」って言ってる。このアイコンタクトはそう。


「ご無事で、よかったです。ヴィンセント様」


 お名前呼びをすると、伯爵様は嬉しそうに破顔する。


「ただいま、グレース」


 照れちゃうんだけど、そういう笑顔されると、弱いっ、破壊力すごいっ……!!

 そんなことを思っていたら、伯爵様にぎゅって、ハグされた!

 ふわって、またいい香りがする……。

 なんだろう? 多分、香水なんだろうけど……。

 香水か……香水……。

 わたしはじっと伯爵様を見つめる。

 いつもなら、ガワは冷静な子爵家当主で、ハグされると内心「あわわ」って動揺しちゃって、それをまた伯爵様が察して、悪戯成功みたいにしてるんだけど、わたしのいつものリアクションじゃなかったのがわかったみたいだ。


「どうした? グレース」


 男性用の香水って、この国ではあるけど、そんなに種類はないんだよね。

 使うのは貴族とか裕福な商家とかぐらいだし……。

 貴族紳士ご用達アイテム……香水――作るか? 作ろう、作りましょう。

 そして社交シーズン中に開催される商会関連の夜会に、伯爵様につけてもらって、一緒に夜会に出席してもらおう。

 なんといっても最高のモデルが婚約者でパートナーすよ!

 貴族令嬢に囲まれてしまえば、さらに、購買者が増えそう。

 販売広報戦略としてはありだし、多分、効果はバツグンだ! ってなるとは思うんだけど。

 ただな……この人普段からモテモテなのに……さらにモテモテになりそうで……。

 わたしが傍にいてもいいのかなって……。

 そんなことを考えていたら唇に柔らかい感触がして、はっとする。

 目の前で伯爵様が「ようやくこっちに意識をむけた」的な表情でわたしを見ていた。

 今、何をされました!?


「心、ここにあらず――だったから、チャンスでしょ」


 わたしは片手で顔面を抑えて俯く。

 ダメでしょー!

 何がチャンスなんですか!!


「ダメだった?」

「ダメです」

「えー」


 可愛く言ってもダメです。

 ほんとに、わたしより年上なのに可愛いとか、カッコイイんですけど、可愛いとか、どうしてくれる。


「グレース様、王都より、お便りが……」


 執事のマーカスがわたしの前に銀盆にのせた白い封筒を恭しく差し出す。

 ……今のイチャイチャをマーカスに見られたのか……。

 もう、めちゃくちゃ、恥ずかしいんですけど!?

 とはいえ、現代日本と習慣とか違うから……こういうのは、この国では普通なのかな?

 だったら、その、照れてしまう方がおかしいのか?

 そんなことをグルグルと考えながら、差し出された手紙を手にする。

 伯爵様の不意打ちの小さなキスに動揺している感じは、多分表面にでていないはず……。

 受け取った手紙の裏を見ると、パーシバルからだった。

 何か問題でも起きたのな?


「どうした? グレース」

「パーシバルからです」

「……そう、俺のことは後でいいから、中身を検めてきた方がいい」

「はい、では失礼します……。あ、伯爵様、今日も一品だけ、わたしが作ったお料理があります」

「期待してる」


 伯爵様は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

 米を作ろうと思ったら、なんとなく和食が食べたくなって、作ってみたのよ。

 いい鶏卵が入ったってトマスが言ってたから。和風だしがないと思い出の味には近づけなかったけれど、コンソメベースで試作したら、想像とは違った味だったけれど、でも、悪くないなって思って……。

 洋風茶碗蒸しなんですけど、気に入って頂けると嬉しいな。

 よし、今日こそ、仕切り直しよ!

 二人でディナーの、初めてのお料理でおいしかったり、失敗したりで伯爵様と一緒に、今日一日の出来事をお話したり――もう、そういうの憧れてたんだよ! 


 そして、わたしは自室に戻って、パーシバルからの手紙の封を切ると「……まじか」と呟いたのだった。



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