第3話 直貴、不本意ながら狼になる

「がおおおおおっ!」

「きゃああっ!」

 デートを邪魔された上にお化け要員に駆り出された直貴は、半ばやけになって、訪れる客たちを全力で脅かしにかかる。

 彼氏を連れてきた寮の住人は特に念入りに男のほうを脅かした。最初のうちは女子を脅かしていたが、その分わざとらしく「きゃあっ」などと悲鳴を上げて彼氏の腕にしがみつく。

 それを見ていたら無性に腹が立って、途中からターゲットを彼氏に変える。

 情けなくもおびえる彼氏にがっかりしちまえっ。狼男に変身したブラック直貴は、図らずも女子三人組が期待した以上の働きをした。日頃のストレスがいい仕事をさせたのは言うまでもない。


「ナオくん、お疲れさま。お客さんもそろったから、前座のお化け屋敷は終わりにするわね」

 不意に廊下の明かりがつき、優香が食堂から出てきた。

「前座だって?」

「これからあたしたちライブをするの」

 三人はいつのまにかライブ用衣装に着替えている。まさかこのあと、楽器のセッティングまでやれというのか。

 第一直貴は何も準備をしていない。自分のシンセサイザーやノートPCは部屋に置いたままだ。

 それともお化け屋敷で入場者を怖がらせている隙に、勝手に部屋に入って、楽器を持ってきたのだろうか?

ライブをするつもりなら、あらかじめ一声かけてくれなければ。


 それよりも一番の気がかりは奏音だ。約束の時刻から一時間以上が過ぎている。連絡も入れずにすっぽかしてしまった。

 このままで良い訳がない。好きな女の子を放って、どうして三人組のわがままにふりまわされなくてはいけない?

 こんなのはおかしい。ここで厳しい態度をとらなくて、いつとるというんだ?

 直貴は決意した。こんな仕打ちを受けておいて、それでもいい人でいる必要はない。

「おい、ぼくのスマホは?」

「それなら食堂にいる千絵里が持ってるわ」

 直貴は食堂に駆け込み、奥のステージで薫と打ち合わせをしている千絵里のところまで、観衆をかき分けて行った。

「あ、ナオくん、お疲れ。実はライブだけど……」

「ライブって何の話だよ。ぼくは一言も聞いてないよっ」

「あたりまえさ。だってサプライズ……」

「うるさいっ! サプライズってどういう意味だよ? あれほど予定があって協力できないと言うのを無視して、無理やり手伝わせるのがサプライズなのか?」


 千絵里がいつものように口を挟んで言い負かそうとする。都合のいい言い訳なんて聞きたくない。千絵里をキッとにらみつけて阻止し、直貴は続ける。

 相手は女の子だし、せっかく音楽に興味を持ってくれたんだと思って多少のわがままは我慢してきた。でももう限界だ。

 今まで抑えていた不平不満が、せきを切ったようにあふれ出す。

「いい加減にしろよ。これ以上ぼくをふりまわさないでくれ。人のことなんだと思ってるんだ? きみらの執事か? お守り役か? ぼくは忙しいんだ。こっちにだって予定があるんだ!」

 そう怒鳴りつけると、直貴は千絵里が持っていたスマートフォンをひったくる。急いで着信履歴をチェックすると、予想通りの結果が表示された。

「あちゃー」

 数回の着信履歴とメールが一件届いている。奏音からだろう。開くのも恐ろしい。


 重い気持ちのまま顔を上げると、薫が口を半開きにし、直貴を見返している。

「……な、なんだよ。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや……ナオくんがそんなに大声出すなんて……」

  珍しいね、と薫も千絵里に同意した。

「予定があったなんて知らなかったよ。それならそうと、初めから言ってくれればよかったのに」

「最初からそう言ったじゃないか。さんざん無視したくせにいまさらなんだよ」

「だって、本当に断るための口実だと思ったんだよ」

 言い訳にもなってないよ……とつぶやくと、直貴はステージに視線を移す。すでにライブの準備は終わっている。珍しく直貴抜きでセッティングしたのだろう。

 でもそこにはノートPCも音源も置いていない。もちろんCDプレイヤーなども。


「サプライズはいまから始めるステージなのよ。あたしたち、自分たちだけで全部できるようになったの。それを見てもらいたくて、ナオくんがお化け屋敷にいる間に準備したんだから」

 いつの間にか合流した優香が、合わせた手のひらを口元に近づけ、説明を始めた。

「同じ教育学部の友達が、あたしたちに協力してくれたの。ナオくんに成長した姿を見てもらいたいって相談したら、バンド経験のある人たちが中心になって手伝ってくれたの」

「お客さんに準備させるなんて、どんなバンドだよ」

「講義が終わってから支度したくするんだから、時間なくて大変だったんだよ」

 ふっとため息をついて千絵里が口を挟む。

「あたしたち、ナオくんの裏方なしでバンドをやる自信がついたのよ。お願いだから一曲だけでいいの。聴いてくれない?」

 薫が言うと、三人はそれぞれの楽器を手にして、小さなステージに立った。


 食堂に設けられているのは、中学か高校の文化祭でやるような、小さな教室でのライブと同じ規模だ。みんなの協力のもとでセッティングされた、一から十まで全てが手作りのステージだ。

「じゃあ、行くわよっ」

 千絵里がスティックを軽く叩いてリズムを刻む。一小節のちに、優香の奏でるギターが入り、薫はシンセサイザーを駆使してベースを追加しながらキーボードを演奏する。やがて優香が歌い始めた。

 ときどきリズムを崩したり、ミスタッチがあったりするけれど、緊張しながらも必死で頑張っている姿が微笑ましい。

「なんだよ、いつの間に。立派なガールズバンドに成長してさ」


 楽器も触ったことのない状態で始めた彼女たちは、エアバンドというパフォーマンスからバンド活動をスタートさせた。

 将来的には自分たちで演奏するのを目標にしてはいたが、それは無理だろうと予想していた。そして直貴はいつまでも裏方で演奏させられる。そう考えて半ば諦めていた。

 だが彼女たちは、スタート時に直貴が提案したことを覚えていた。あれだけ自己顕示欲の強い三人が、陰で楽器の練習を続け、エアバンドから生演奏できるバンドへと成長した。

 アドバイザーの直貴が一番信じていなかったことを、立派にやり遂げた。


「宮原直貴、彼があたしたちの師匠です! ナオくん、これまで本当にありがとう!」

 ステージから優香が叫ぶと、お客さんたちから拍手が沸き上がった。

 瞬間、中心がステージから直貴に移動する。いつもは一歩下がった場所から彼女たちの裏方をしていた。三人組のステージで、それも楽器を持っていないときに注目されることになるとは考えたこともなかった。

「何がサプライズだって? 誰が師匠だって? そんなことしなくても、素直に打ち明けてくれれば、いつだって上手く演奏できるよう教えてあげたのに」

 成長した弟子たちの応援に見送られて、直貴は女子寮を後にした。



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