第95話 妹という存在はオレにとっては害獣よりも怖い
休養と取った理由は、前々から玲那が自分の出る全日本インカレ陸上を見に来いとSNSで呼び出されているからだ。
普段からオレのことはボロクソに貶している癖に、試合がある度に見に来いと呼び付ける変わった妹なのだが、お袋からも『妹の応援をするのは兄の務め』と言われ、大学時代は毎回欠かさずに応援に行っていた。
しかし、社会人になってからは仕事の都合で行けなかったことが多く、実家に顔を出す度に玲那がレースを見に来なかったことを大げさに嘆いてくるのだ。
なので、今回は顔を出さないと結構大変なことになると思われ、休暇申請を出して応援に行くことにした。
もちろん、涼香さんとエスカイアさんも応援に行きたいと言い出したため、二人とも連れて行く予定だ。
一方、トルーデさんは、もはや専属メイドの道を歩み始めつつあるヴィヨネットさんを引き連れて秋葉原のメイドショップを回るらしい。
とりあえず、トルーデさんにクレジットカードを渡すのは危険なんで回収してある。
ヴィヨネットさんにもくれぐれも自重するようにと厳しく伝えて送り出したが、二人が悪ノリしないかとても不安である。
でも、きっと護衛の公安警察の人が止めてくれるはずだから任せることにした。
俺達三人は代々木の陸上競技場へ電車で向かったが、玲那の出場する800mの決勝が行われる本日は最終日の日曜であり、応援する学生や家族、陸上関係者などでスタジアム側の座席は結構な数が埋まっていた。
「インカレかぁ……懐かしいわね。私は射撃場で行っていたのだったけれど。陸上はトラック競技だもんね」
そういえば、銃の腕がやたらと上手い涼香さんだったが学生時代は何かやっていたのだろうか?
そういえば、オレって結構エスカイアさんのことや涼香さんのことを知らないような気がするぞ。
これって旦那になるには不味いことなんじゃないだろうか?
女性とのお付き合いをしたことが皆無だったオレとしては色々と二人に対してやらかしてしまっているのかも知れない。
「涼香さんは大学時代にインカレ出てたの?」
「ん? まぁ、射撃の方でね。もちろん、実弾じゃなくてエアライフルの方よ。割と成績上位だったけど、大学職員になった後は引退したわね。でも、今もそれなりの腕前のはずよ」
涼香さんが害獣討伐時に雑魚の害獣の額を撃ち抜くスナイピング技術も見せてくれていたが、その源泉は幼少期からの修練の賜物だったのかと改めて思い知らされた。
適性値が低いためランクの高い害獣にはサポートに回ることが多い涼香さんだが、自衛隊出身者が集まるチーム『クィーンクゥェ』の持つ、現代兵器の武器を装備すれば意外と攻撃力を増すのかも知れなかった。
チーム『クィーンクゥェ』のメンバーは、クロード社長が裏のコネクションを使って集めた地球側の軍用銃を使用して害獣を討伐しているが、エルクラストの魔銃よりも害獣に対する殺傷力は軍用銃の方が強いらしい。
自衛隊から試作武器の戦闘評価を任されているとも囁かれているが、さすがに戦車や戦闘ヘリは持ち込めないはずなので、携行火器に限られているはずだ。
そういった伝手がクロード社長にあるため、涼香さんのためにスナイパーライフル一丁を融通してもらってもいいかもしれない。
日本では許可証がいるがエルクラストに置いておけば免許はいらないので、チーム『クィーンクゥェ』のメンバーも現地オフィスで厳重に管理していると聞いている。
「だったら、涼香さんのためにクロード社長に狙撃銃一丁を融通してもらう? オフィスに生体認証付きの管理箱おけば置けるって東条主任が言っていたし、何か指定の銃器ある?」
「M110 SASSとか使ってみたいかな。東郷さんがアメリカ軍の軍用狙撃銃の払い下げを使ってて気になったから」
「涼香さん……アレってかなり無茶して手に入れた狙撃銃ですよ。海外モデルのM1500なら比較的簡単に手に入りますわ」
「日本製の狙撃銃ね。威力的にはどうかなと思うけど、エルクラストの魔銃と比べてみたくはあるわね。手に入るなら一丁欲しいかも」
オレは涼香さんの欲しがった東郷さんの使っている狙撃銃は一度見たことがあるが、まさに軍用銃といった形の銃だ。
さすがにアメリカ軍の新しい狙撃銃を入手するのは難しいと思われるので、エスカイアさんが代替提案した日本製の狙撃銃を入手してもらうことにしよう。
「分かった。エスカイアさん、休暇が終わったらクロード社長に現代銃の使用許可をもらって入手しておいてもらえるかい」
「承りましたわ。少しでも翔魔様のお力になれるなら涼香さんの銃は手に入れた方がいいですわね」
エスカイアさんが日本で使用しているスマホを使って、すぐにクロード社長を呼び出した。
意外とあの強面の人を顎で使える人はいないと思うのだが、エスカイアさんは怖じることをせずに意外と使い倒している印象が強い。
「そんなことより、玲那ちゃんは800mの予選に出るんだったよね? そろそろ始まるんじゃないの?」
銃の手配をクロード社長に無茶振りしているエスカイアさんを横目に、涼香さんがトラック上で始まる800mの玲那のレースの様子を指差した。
中距離の注目選手である玲那を探すと、まだレースではないようでウォームアップをしている最中であった。
「まだレースじゃないみたいだね。何組目かな?」
トラック上では最初の組の選手がスタートしており、一生懸命にトラックを駆け抜けていく。
オレはまったくの運動音痴であったため、こういった走ることに関しては才能がすべて妹に分捕られた気もしないでもない。
前の組のレースが終わり、次の組レース参加者の名前が呼ばれていく。玲那はセパレート型のユニフォームで参加しており、一番外れのレーンに並んでいた。
「おっと、二組目みたいだな」
「あー、いたいた。けっこう派手なユニフォーム着ている子ね。写真は見せてもらってたけど、綺麗な妹さんじゃないの」
「外面はいいんですけどね。オレにはとてつもなく手厳しい妹ですよ」
幼少時より、妹によって行われてきたオレへ虐待ともいえる悪行の数々が走馬灯のようによぎっていくと、我ながらよく死ななかった物だと思わざるを得なかった。
最近こそ、暴力的な悪行は鳴りを潜めたが、その代わりにお袋から仕込まれた小姑じみたお小言が磨きを増している気がする。
わがままというべきであろうか……。
他の人から見れば可愛い妹だろうと思われるが、オレからすればわがまま女王様でしかない。
そんな玲那がスタートラインに立つと緊張した顔を見せている。
スタートの号砲とともに玲那がスッと先頭に立つ、この種目は玲那がずば抜けた記録を持っているため、後方の選手はスタート直後からスッと引き離された。
他の選手たちは玲那の走りを警戒しているのか、追いかけようとはしていないが明らかに遅いスピードで一周を回っているため、玲那はトップを走りながらも体力を温存しているように見えた。
「玲那ちゃんって凄いわね。独走じゃないの。800mの日本記録保持者だっけ?」
「ですよ。陸上でオリンピック目指してるって言ってたし、実業団の内定も幾つかもらっているらしいんで、オレとは違って余裕の就活をしてますね」
すでに内定をもらった実業団数社のうち、もっとも良い条件を出した所へ挨拶を済ませて、そちらの練習にも参加しているとお袋から聞いた。
都内の実業団なのだが、寮生活になるようで、来年からは実家から出るそうだ。
苦労らしい苦労をしていない玲那であるため、兄としては一回くらい大きな苦境に陥ってもいいのではと思ってしまう。
「最後の直線ですわ。玲那さん頑張れー!!」
スタンド前の直線で玲那が後ろの集団に追い付かれそうになると、残していた体力を使い更にスピードを加速させると追いすがる後方選手達を引き剥がしてゴールラインを通過した。
計測タイムが電光掲示板に表示されるとスタジアムからどよめきが起こる。
なんと、予選の時点で自らの持つ日本記録を塗り替えることに成功していたのだ。
「わぁあああ! あいつ、やりやがった! まだ、早くなるのかよ」
ゴールしたあと歓声に応えて手を振っている玲那の周りには陸上関係の雑誌のカメラマンが群がってバシバシと写真を撮っていた。
これでまた陸上雑誌の表紙を飾ることに間違いないと思う。
思わず、最前列まで駆け寄って取材を受けている玲那を呼ぶ。
「玲那! おめでとう!」
オレの声に気が付いた玲那が取材を終えると、こちらに近寄ってきた。
「兄さんも見ててくれたのね。ありがと。今期一番の会心の走りだったわ。このところ不調だったから気持ち良く走れたの。決勝もちゃんと見て行ってよね」
「へいへい。なんだかんだでオレが見に来ないとサボるみたいだな。お前が記録出す時はほとんどオレが見に来た試合だった気がするぞ」
「そんなことないと思うけどなぁ? 気のせいじゃないの? そんなことより、彼女二人を放置して妹と話してて言いわけ?」
玲那がスタジアムの上の方で座って別の競技を観戦している涼香さんとエスカイアさんを指差した。
「お前が見に来いって呼び付けるからデートもできずにここで観戦しているんだろ。二人もそのことは納得してくれているさ」
「あら、そうでしたか? それはごちそう様。モテ期が来て浮かれている兄さんには天罰が下ればいいわ」
急に不機嫌そうな顔をして怒り始めた玲那が控室の方に駆けていった。
オレはその姿を見送るしかなかった。
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