第41話 カラス
「「「カア゛、カア゛、カア゛!!」」」
魔物襲来の報せを聞いて小屋を出ると、外には黒い羽根が無数に突き刺さっていました。
そして村の上空には、何十羽ものカラスの魔物が飛んでいます。
「なんだ、あの不吉そうな魔物は……」
ネラルさんが呟きました。
実在のカラスより一回り大きい体と真っ赤にギラついた目は、たしかにかなり不気味でした。
「ハスト村、僕の故郷の近くではたまに出ていたんですが、この辺りでは珍しいんですか?」
「ああ、俺は初めて見るな。普通、あれほど群れるものなのか?」
「いえ、僕が見た中では最大でも十羽未満でした」
と、ヴェルスさんとネラルさんが情報交換をしていましたが、敵はそれを待ってはくれません。
「おいおいこっちに気付いたみてぇだっ、攻撃来るぞ!」
「御者さんや牛さんは私が守りましょう」
ロンさんの警告の通り、カラスさん達の意識が一斉にこちらに向いていました。
他の人間が隠れている中、私達がのこのこ姿を見せたからでしょう。
カラスさん達は一度強く羽ばたき、その場でふわりと浮かび上がると、バサバサと勢いよく翼を動かしました。
羽根が撃ち出されます。
普通の羽根なら空気抵抗ですぐに失速しますが、《スキル:フェザーショット》の効果で減速はほとんどありません。
「そっちはそっちで何とかしてくれ、領主様っ」
「大丈夫です!」
数十羽のカラスによる一斉射撃、逃げ場はほとんどありません。
ただ、飛びながら撃つという行為の難易度から、狙いは非情に大雑把です。
何もしなくとも被弾数は二発ほどでしょう。
とはいえ、羽根が刺さると痛いので各自で防御していますが。
《気配察知》を使い熟せれば、直撃コースの羽根を見分けることなど造作もありません。
アーラさんはそこまでのことは出来ないのでヴェルスさんが庇いました。
御者さんと牛さんは宣言通り、私が貪縄を伸ばして羽根を全て叩き落としました。
「うぅ、い、痛ぇ……」
「チッ、防ぎ漏らしたか。〈ライトヒール〉」
伝令に来た青年は戦闘力が低いためネラルさんが庇ったのですが、防御をすり抜けた羽根が一つ刺さっていました。
けれど、それもネラルさんの回復〈魔術〉ですぐに癒されます。
カラスさん達は遠距離攻撃に徹するようで、降りて来る気配はありません。
《フェザーショット》がクールタイムに入った今の内に次手を考えるべきでしょう。
「〈ファイアアロー〉、〈ファイアバレット〉、〈ヒートボム〉……当たらない」
「敵が空にいるのが面倒ね」
「ネラルさん、僕達も他の人達に合流して大丈夫でしょうか」
「ああ、今は緊急事態だ。避難所まで案内しよう」
それから少し走って着いたのは村の下方、岸壁にぽっかりと開いた洞窟です。
中には村人達が何十人も隠れていました。
怪我人は治療を受け、狩人と思しき方々は武器を持って入口を固めています。
「無事でしたか狩人長! ……ところで、そちらが例の?」
「はい。ですが取りあえずは信じても良いと判断し、連れて来ました」
「貴方がそう言うのでしたら私に異はありません。貴族の方々、私はこの村の村長ということになっています。以後お見知りおきを」
白髪の目立つ男性は、そう言って会釈しました。
ヴェルスさんが代表してそれに応え、そして作戦会議が始まります。
「まず逃げて来た村人ですが、まだ全体の半数にも満たないようです」
「だろうな。ここに来るまでにも家の中に隠れてる気配がいくつもあった」
今のところカラスさん達は上空から地上を窺っていますが、いつ建物を攻撃し出すかはネラルさん達にはわかりません。
話題はどのようにしてカラス達を撃退するか、になりました。
「やはり長射程〈術技〉の斉射で撃ち落とす、しかないか?」
ネラルさんが腕を組んで言います。
歯切れが悪いのは自分の案の実現可能性の低さを自覚しているからです。
村中の〈術技〉使いを集めても、空を自由に舞うカラスさん達に当てるのは難しいでしょう。
隅で考え込んでいたヴェルスさんが、ここで口を開きます。
「少しいいですか」
「ん?」
「僕達と戦った人の中に意識を引き寄せる《ユニークスキル》を使う人がいたじゃないですか」
「ああ、セッドか」
「あの人の《スキル》の射程ってどのくらいなのでしょうか?」
「目視できる距離なら支障はないはずだが、まさかあの力で鳥共を引きずり降ろそうと言うのか? 残念だが無理だ。あいつの《美味しい匂い》は対象を一つまでしか取れない。クールタイムもあるから連続使用も出来ないしな」
村長に私達のことを報告した後、一緒にこの洞窟まで逃げて来ていたセッドさんがコクコクと頷きます。
「いえ、全体にかける必要はありません。この規模の群れならリーダーのような存在がいる可能性が高いです。そいつさえ崩せれば、きっと統率は崩れます」
「だとしてもどうやって見分ける?」
「さっき羽根を一斉に撃たれた時、一羽だけ足が三本ある個体が見えました。羽根の威力も高かったですし、恐らくそいつがリーダーです」
「それなら……やってみる価値はあるか」
それから狩人を集めて作戦を煮詰め、実行に移します。
「しかしいいのか? 一番危険な役目だぞ」
「構いません。僕なら恐らく平気ですし、それに領主が安全圏に籠ってはいられませんから」
まずヴェルスさんが単身、洞窟を飛び出しました。
獲物が出てこないか地上を凝視していたカラスさん達はすぐにそれに気づき、《フェザーショット》の弾幕を張り始めます。
「《剣客》の《敏捷性》補正があれば、この程度ッ」
先程は集団に対して使われた攻撃が、今は個人に向けられているのです。
照準はザルですが物量の暴力は凄まじく、何もしなければ全身を羽根尽くしにされてしまいます。
しかし、ヴェルスさんは弾幕の薄い場所を縫うように移動し、濁剣と防具を最大限活用して被害を最小限に抑えました。
そうして多少の掠り傷だけで一斉攻撃を乗り切ったヴェルスさんは、空をキッと睨みつけます。
両手で握る濁剣に力を込め、そして勢いよく振るいました。
「〈
〈下級剣術〉により半透明の斬撃が射出されます。
半透明の斬撃は、しかしカラス達に届くことなく立ち消えになってしまいましたが、この攻撃の目的は反撃ではありません。
「あの辺りだね……見つけた! それに当たりだッ、《統率系スキル》を持ってるよ!」
「わかったぜ。こっちに来やがれ、《美味しい匂い》!」
ヴェルスさんを見下ろしていたカラスさん達のリーダーは、ふと村外れの洞窟へと意識を向けました。
やけにそこが気になってしまい、戦わなくてはならない気がしてしまい、急降下して突撃します。
すぐに我に返り、このままでは不味いと慌てて翼を動かしますが、時すでに遅く。
「今だ俺に続けッ、〈飛断〉!」
「雪辱、〈フレイムバースト〉」
「〈飛断〉」
「悪いなヴェルス、〈槍術〉にも飛び道具があったら良かったんだが……」
「へっ、坊主。鳥狩りは俺ら弓使いに任せときな、〈群千鳥〉!」
「カア゛ア゛ァァっ!?」
二十を超える〈術技〉が一斉に放たれ、リーダーカラスさんを呑みこみました。
急降下の勢いを殺すので精一杯だったリーダーに回避の余裕はなく、奮闘虚しく撃墜。
《術技》の集中砲火だけで既に虫の息でしたが、落下の衝撃で絶命してしまいました。
たちまちカラスさん達の鳴き声が大きくなります。
「止まらないでくださいッ、ここが好機です! 使える長射程〈術技〉をありったけ放ってください!」
「「「おう!」」」
洞窟まで大急ぎで撤退して来たヴェルスさんが叫びました。
それに応じるようにして、いくつもの〈術技〉が追加で放たれ始めます。
間もなくして、村の上空からカラスさん達は消えたのでした。
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