第33話 埋葬

 領主の屋敷を制圧した私達が次におこなったのは死体の処理です。

 もう夜も更けているため、私が貪縄でまとめて墓地まで持って行きました。


 唯一、ポイルス氏の死体の処理だけは町民の中から立候補してくれた有志達に運搬を任せましたが。

 最後にはきちんと墓地まで持って来てくださったので特に問題はありません。


 一般の町民達を帰ってもらい、狩人や内通者など戦っていた人達で穴を掘っていきます。

 気軽に殺す分、弔いはきちんとする、ということでしょう。

 ここまでは死体が埋まっています、という目印になる石を置き埋葬は完了しました。




 さて、疲れているだろうということで、その後は宿に帰り夜を明かしました。

 吹っ切れた様子の女将さんが作ってくれた朝食を食べ、再び弟子達と貴族の屋敷に向かいます。

 到着から少しして狩人長とその仲間達がやって来ました。


「えー、ではこれよりポイルス邸の整理を始めます。分からない事や欲しい物があったら僕かナイディンに訊ねてください。僕はこの倉庫に居ますので」


 ヴェルスさんの号令で皆さんが作業に取り掛かります。


「私達は書斎ですね。本の気配は分かっています、付いて来てください」

「うむ」


 参加者達がそれぞれの分担場所に散っていく中、私とドリスさんも移動します。

 着いたのは種々雑多な書物の収められた書斎。

 巻物や本など、とにかく沢山の書物があります。


「地図はあの辺りにありますね。ドリスさんはそちらをお願いします。私は通常の書物を整理しておきますので」

「ワシはよいが……ヤマヒトは一人で大丈夫なのか? かなりの量があるが」

「ええ、私はこれでも読むのが早い方なのです」


 戸棚一杯に書物が並んでいますが、それでも四畳半ほどの小部屋。

 蔵書数はたかが知れています。

 前世では速読も多少は出来ましたし、《敏捷性》の補正も加味すれば時間はそうかからないでしょう。


「ほうほう、《製薬術》のレシピですか。これはアーラさんが喜びそうですね」


 棚の端から一つずつ手に取っては、パラパラと捲って内容を確認して行きます。

 学術書、思想書、専門書、報告書等々……、その中からヴェルスさん達の役に立ちそうなものは机に置き、そうでない物は本棚に戻します。

 こういった仕分け作業が私の役割です。


「──これで終わりですね」


 パタン、と最後の一冊を閉じて本の山の上に積みました。


「ワシも終わったぞ。故郷らしき場所は見つからなんだが、ほれ。ヴェルスらが探しておった《迷宮》の地図はあった」

「ありがとうございます」


 《迷宮》の階層は広大なため、こうして地図が無くては《階層石》を見つけるのにも一苦労です。

 そのためどこかに地図があるはずだと思っていたのですが、ビンゴでした。

 守護者のいる階層を除いて全八枚。きっちり揃っているため皆さんも喜んでくれることでしょう。


 成果を持って倉庫に戻ります。

 ヴェルスさんが待機している倉庫が整理作業の中心なのです。

 面積も広く物を集めるのにも適したそこには、何やら沢山の人が集まっていました。


「これは何があったのですか?」

「《クラスクリスタル》っぽい物を見つけたんすよ。今、アーラって子が見てくれてるっす」


 近くにいた元騎士さんに訊ねたところ、そんな答えが返ってきました。

 アーラさんは《錬金術(中級)》も持っているので、《魔道具》の簡易的な鑑定も出来るのです。


「できた」

「おお! 結果は?」

「的中。これは《クラスクリスタル》」


 薄っすらと光る水晶を掲げ、アーラさんは言いました。

 おおぉ……、と周囲がどよめきます。

 領主の秘宝を前にして昂奮しているようでした。


「えー、ではこれより、《職業》を取得してもらいます。使い方は簡単で、この水晶に魔力を込めるだけです」


 それぞれの担当箇所にいた参加者達も呼び戻し、《転職》が始まりました。


「一番乗り」


 一列に並んで順番に《クラスクリスタル》を使って行くため、先頭は必然、先程まで傍で鑑定していたアーラさんになりました。


 彼女は屈んで水晶に触れ、魔力を込めます。

 すると水晶は少ししてからパッと光りました。


「終わったのか?」

「ん。完了」


 アーラさんは立ち上がって次の人に順番を譲ります。

 触れて、魔力を込め、水晶が光ると次の人に交代するというサイクルが繰り返され私の番になりました。

 両端の尖った六角柱の水晶に触れて、魔力を込めます。


「……やはりですか」

「どうしたんです?」

「私が取得できる《職業》は無いようです」


 《クラスクリスタル》から頭に流れ込んで来た情報をそのまま伝えました。

 《職業》を得るには原則として《術技系スキル》が必要になります。

 《剣士》なら《剣術(中級)》、《槍使い》なら《槍術(中級)》と言った具合です。


 しかし、私はそれらを持っていません。


 《術技系スキル》の《スキル経験値》は『《スキル》適性』、『技量』、『闘志』の三要素で決まるのですが、その算出方法は掛け算なのです。

 そして『ステータスシステム』からは、《シン無き者》を持つ私は常に無心、闘志ゼロであると見做みなされる。

 そのため、どれだけ武器を振るおうと《スキル経験値》は付与されず、従って《術技系スキル》は覚えられないのです。


 なお、《気配系スキル》の場合はこの特性が反転し、無心判定であるために常に最大量の《スキル経験値》が得られます。

 《仙人》に《種族進化》できたのも、無心であることが悟りをひらいたと判断されたおかげです。

 未来永劫無職確定ですが、特に不満はありません。


「次はワシじゃな」


 後ろにいたドリスさんに場所を譲ります。

 彼女は白く小さな手を水晶に乗せました。

 魔力が込められた数瞬後、これまでの人達よりも二回り以上強い輝きが倉庫内を照らします。


「「「うっ」」」


 あまりの眩さに誰もが目を覆います。

 やがて光が収まると、ドリスさんの気配は飛躍的に増大していました。


「どうでしたか?」

「うむ、いくつか入手できたぞ」


 手を握ったり開いたりしながら水晶の前を開けました。

 後続の方はおどおどと《転職》作業に入ります。

 直前に特大の反応を見せられて萎縮しているようです。


 そのような軽いトラブルはありましたが、特に波乱なく《転職》は進み、最後にナイディンさんとヴェルスさんの番になります。

 ナイディンさんはヴェルスさんを連れて逃げる直前に《職業》を与えられていました。

 ですが、ハスト村で《槍術(特奥級)》にランクアップしたため、より上位の《職業》に《転職》したようです。


 それからヴェルスさんが無事、《剣客》に就いたところで《転職》会はお開きとなりました。

 皆さんがそれぞれの担当区画に帰って行く中、私はヴェルスさんに声を掛けます。


「お疲れ様でした。ですが、大変なのはこれからですよ」

「はい。前領主の仕事に加えて改善策も考えなくてはなりませんから」

「応援していますよ」


 今更、覚悟を問うような真似はしません。

 気配を探るまでもなく、彼の意志は伝わって来ています。


 昼までかけて屋敷の整理を終わらせ、そしてヴェルスさんの領主としての活動が本格的に始まりました。

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