第31話 追いかけっこ
「「「ウオオォォッ!!」」」
正門を破った町民達が雄叫びを上げています。
彼らは近付いて来るポイルス氏を見とめると、すぐにそちらへ一丸となって突進し出しました。
町民達はほとんどが《レベル》一桁ですし、戦う技術もありません
この人数差があったとしても、戦えば勝つのは武器も持たないポイルス氏です。
「あ゛ぁぁぁぁっ!?」
ですが、ヴェルスさんにコテンパンにされ、自慢の剣も自信も失った彼にはそんな選択肢は取れませんでした。
突如現れた群衆に恐れおののき、進路を九十度転換して屋敷の中に戻って行きます。
まさに脱兎の逃げ様です。
「「「領主を逃がすなァッ!!」」」
町民達の熱意は凄まじいですが、残念ながら彼らの足では追いつけません。
ヴェルスさんだけが追い縋れています。
「私はあちらに付いて行きます。外にはもう敵は居ないのでタチエナさんも一緒に戦って大丈夫ですよ」
「わかったわ。師匠は安心してヴェルス君の元へどうぞ」
そういう訳でヴェルスさん達を追いかけますと、どうやらポイルス氏は中庭に逃げ込んだようでした。
庭の真ん中には異様な気配の扉がポツンと立っており、その中へとポイルス氏は飛び込みます。
扉の裏に建物は無く、くぐっても通り抜けるのが普通ですが、不思議なことにポイルス氏の姿は消えてしまいました。
「ほうほう、これが《迷宮》なのですね」
初めて見る構造物に感心しながら、ヴェルスさんの後に続いて私も扉をくぐります。
内部は異空間になっていました。
夜の暗さはどこへやら、天井から降り注ぐ光で視界は良好です。
目の前にあるのは螺旋階段。
一段一段がやけに長く、横幅も広いそれが五段ほど連続し、その次には踊り場のような広いフロアが来ます。
踊り場の次はまた螺旋階段。
五段進むと踊り場。
このサイクルがずっと続いているようでした。
「ふっ、フフフ……。残念だったね、君達」
二番目の踊り場に立つポイルスさんが、疲労や《毒》を指輪の《装備効果》で回復しながら、不敵に笑って見せました。
それを聞いてヴェルスさんが顔を顰めます。
「くっ、面倒な……」
「捕まえなくてよろしいのですか?」
取りあえず質問してみました。
「それはできないのです。《迷宮》を進むには階層を攻略しないといけませんから」
「そうさ! 広大な階層の中から《階層石》を探し出して魔力を込めなくては《迷宮》を進むことは出来ないよッ」
ポイルス氏は勝ち誇ったように叫びます。
階層、というのは踊り場の壁に設置されている扉から行ける場所のことのようです。
扉の向こうは非常に広大な空間が広がっていると気配でわかります。
このままでは進めないことは察しつつも、最初の踊り場から伸びる階段へと手を伸ばしました。
興味本位です。
「おお、本当ですね」
すると、空中に見えない壁が張り巡らされているかのように、腕は途中で止められました。
「ですがもう少し試してみましょう」
一歩下がり、右腕を引きます。
そして深く踏み込み、腰を落とすのと地を踏みしめる二つの力を吸収。
それらを余さず活用して全体重と全膂力、全身全霊を乗せて、掌底。
落雷に相当するほどの爆音と衝撃が《迷宮》を揺らしました。
「いやはや、これはこれは」
されど、見えない壁は未だに健在。
反作用もなく強制的に『止められた』感触から、力推しでの突破が不可能であることを確信します。
気配で察していた通り、物理法則より上位の理で守られているようでした。
いくつか抜け道は浮かびますが、非正規の手段だとどんな異常事態が起こるか分かりませんし、今は自重しましょう。
「は、ハハハッ。随分力持ちなようだけど、《迷宮》を壊せるわけないだろう?」
「師匠、ここは様子を見ましょう」
「そうですね。皆さんも着いたようですし」
「「「見つけたぞォォッ」」」
先程の掌打の音を聞き、町民の皆さんが駆け付けました。
彼らも《迷宮》のことには詳しくなかったらしく、上層に逃げられて手出しできないと説明されて悔しそうにしています。
「大丈夫です皆さん。僕の仲間達なら《迷宮》も攻略できるので、この出入口さえ塞いでいればあいつを逃がすことはありません」
ヴェルスさんが自信に満ちた声調で言いました。
ポイルス氏や騎士達が《レベル》上げに使っていた場所なので、彼らを倒した弟子達ならば真っ当に攻略することは難しくありません。
全部で十階層ある《迷宮》を攻略し切るにはそこそこ手間がかかりますが、堅実な案と言えるでしょう。
「う、あ、き、君達如きが《迷宮》を攻略できるはずないだろう!?」
「僕に負けたからあなたはここに逃げ込んだのでは?」
「う……っ」
ここでようやく現実を直視できたのか、ポイルス氏の顔が蒼くなりました。
少しずつ後ずさって行きます。
「という訳ですので、後は僕の仲間達の到着を待つだけです」
「ですがヴェルスさん、それでは時間がかかり過ぎますよ」
「しかし他に方法はありません」
ヴェルスさんの言葉はもっともです。
しかし、同じ方法でも誰がするかで所要時間は大きく変わります。
「皆さんさえ良ければ、私が捕まえてきましょう」
「いいのですか?」
「ええ、後はもう消化試合ですし。最後まで自分達の手でやり遂げたいというのでしたら邪魔はしませんが」
私に頼り切りになられても困るので、ポイルス氏は彼ら自身の手で倒してもらうつもりだったのですが、ここまで来れば勝利は時間の問題です。
町民達が明日寝坊してもいけませんし、ここは手早く攻略できる私が一肌脱ぐべきでしょう。
そう思っての提案に、皆さんはしばし話し合った後、合意してくださりました。
「では、よろしくお願いいたします」
「任されました」
「姿が……ブレた……?」
ヴェルスさんの言葉に私が頷いた直後、ポイルス氏が怪訝そうに呟きました。
彼以外の方々も同じ疑問を抱いた気配がしましたが、それには答えず踊り場から螺旋階段へと踏み出します。
「阿呆め、それはさっきも失敗してただ、ろ……何っ!?」
先程までと異なり、見えない壁は私を阻みませんでした。
タン、タン、と階段を上って行きます。
「な、ななな何故!?」
「何故と申されましても、あなたが教えてくださったのではありませんか。《階層石》とやらに魔力を込めれば見えない壁は通過できると」
何も特別なことはしていません。
踊り場の扉をくぐり、第一階層を駆け、《階層石》に魔力を込めてから戻って来ただけです。
極めてスタンダードな攻略法です。
であるというのに、ポイルス氏は怪異でも見るような目を向け、怯えたような後ろ歩きで階段を上って行きます。
器用ですね。
階段を上られるとまた見えない壁に阻まれるので、ささっと第二階層を攻略しました。
「ほっ、本当にあんな一瞬で攻略したのか!?」
「そうですよ」
前に向き直り、本格的に逃げの体勢となったポイルス氏を追って、第三、第四階層と攻略して行きます。
「だっ、第五階層には区間守護者がいるっ。これまで通りに行くと」
「終わりました」
「うわぁぁぁっ!?」
そうして私達の追いかけっこは続き。
《迷宮》最後の階層である第十階層、その手前の踊り場で、ポイルス氏はついに私に追いつかれたのでした。
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