第13話 ドラゴンのひとりごと★


 ★★★


「マノ、今いい?」

 ドアが開いて、ビビカが僕の部屋に入ってきた。妹は僕の返事なんか待たずに勝手にベッドの上にうつ伏せになって、「今日、失敗しちゃったね」と小さな声で言った。


 僕はベッドの端に腰をおろした。

「そうだね。清掃がこんなに難しいなんて思わなかったよ」

「正直ちょっと舐めてたよね。私、ドラゴンにできないことはないって思ってた」

 ビビカは今は人の姿に変身しているが、本当は金属と呪術のドラゴンなのだ。

 僕は、大地と祝福のドラゴンだ。



 僕らドラゴンは、はるか昔からずっとこの島を守ってきた。

 魔物を狩り、草木を育て、外敵を退けてきた。この島は僕らの巣、つまり家だからだ。


 だけど、あるときから隠れて暮らすようになった。人間たちはドラゴンが姿を消した理由なんてすっかり忘れて、のんきなものだ。


 今この島には5頭のドラゴンが隠れて暮らしている。僕とビビカ、それと炎と破壊のパルナエ、水と魔法のルージール、樹木と再生のカルヴァだ。僕らは兄弟姉妹だけれど、普段はみんなそれぞれ勝手に暮らしている。でも、妹のビビカは僕に会いに来てくれた。僕がそう頼んだからだけれど。これらのことを説明しようと思ったら、まずグジさんのことについて話さなければならないだろう。


 グジさんは貴族だけれど、いい人だった。

 細身で、目も細くて、いつもどこを見ているのかわからない男の人。


 グジさんはある日、デルファンの街に学習所というものをつくった。貧しい家に生まれた子供が教育が受けられる施設なんだそうだ。僕はすっかり感心してしまった。人間のことは長年観察してきたけれど、そんなことをする貴族なんていなかったから。貴族ってのは平民を虐げるものだと決まっている。特に王族なんかその最悪のやつだ。悪の親玉だと思う。


 でもグジさんは違ったのだ。


 学習所だけじゃなくて平民街に治療院も建てた。デルファンでメイドギルドを立ち上げたのもグジさんだ。スキルも腕力もない貧しい人たちに仕事をあっせんするという理念で作られたんだ。なんてすごい人なんだろう。僕はグジさんの人生を観察することにした。


 たくさんの良いことをしたグジさんは、だけど、とても孤独だった。グジさんの家で使用人として働き始めてから知ったのだけれど、あまり人付き合いを好まない人だったんだ。どうしてなのかはわからない。


 独身で親類もなく、病気になってひとりぼっちで弱っていくグジさんを見ていて、僕はこの人を助けたいと思った。だから、どんな病気も治す祝福の野菜を与えた。人間が伝説野菜と呼んでいるものだ。でも、グジさんは食べてくれなかった。「長生きしたいとは思わない」って。まだ生きられるのに、どうして死を受け入れてしまうのかわからない。グジさんは僕にとってわからないことだらけの人だった。



 祝福で力を使い果たした僕は<卵>に戻って、休養期に入った。力を失った状態では人の姿にもなれないし、ドラゴンの姿にも戻れないのだ。


 結局グジさんは亡くなった。<卵>の僕は泣くこともできなかった。


 葬儀が終わったら、屋敷に清掃員たちがやってきた。

 屋敷は王家に没収されることになったので、引き渡し前に綺麗にするらしかった。僕は松ぼっくりにしか見えない<卵>のままグジさんの寝室に転がって、せわしくなく動き回る清掃員を眺めていた。


 そのとき、寝室に置きっ放しになっていた伝説野菜を清掃員が発見した。でも最初は普通の野菜だと思われたようだった。伝説野菜のことを知る人間は少ない。それもそのはずで伝説野菜ってのは僕が祝福の力を込めて生み出した野菜のことなのだけれど、よっぽどの事情がないと作らないのだ。どうしても助けたい人がいる時しか。


 だが、ある高齢の清掃員が伝説野菜のことを知っていた。デルファンの図書館(これもグジさんが作ったもので、ここに行けば貧乏人でも本が読めるのだ)にある本に書いてあったらしい。

 そこでちょっとした騒ぎになった。彼らは話し合いの末、一人の男に譲ってやることにした。男は伝説野菜を娘に与えた。僕はてっきり男が食べるものだとばかり思っていたから意外だった。お嬢様はもともと健康だったから、さらに健康になり、馬旅なんかではちっとも疲れない体になった。

 僕としてはグジさんに食べてほしかったけれど亡くなっちゃったわけだし、捨てられるよりは誰かが食べてくれたほうがいいかなとは思った。


 清掃員の男――デルファトル公爵は、野菜だけでなくなぜか僕まで持ち帰った。人間の目にはちっぽけな松ぼっくりにしか見えないはずだけれど、一体どういうつもりなんだろう。僕はなりゆきを見守った。


 そして、信じられないことが起きた。


 お嬢様が、なんと<卵>の僕を可愛いと言ったのだ!


 信じられなかった。そんなこと言われたのは初めてだった。松ぼっくりみたいだって笑われるのが僕の宿命みたいなもんなのに。嬉しかった。僕は今度はこの人のそばにいることに決めた。ちっとも貴族らしくないところも気に入った。彼女はどんな人生を見せてくれるのだろう。不幸な結末はグジさんでこりごりだ。今度の人間は幸せな最期を迎えてほしい。


 しかし、そのお嬢様が借金のかたに愛人にさせられてしまうと聞いて、これはなんとしてもお助けせねばと思った。それでビビカに協力を求め、力を分けてもらって<卵>から復活した僕は、清掃員として働いて、お嬢様――社長をお支えすることにした。


 ああ見えて心配性で兄想いのビビカは「一緒にやる」って言い出した。まあ、1竜より2竜のほうが何かと便利なこともあるかもしれない。そういうわけで僕らは清掃員になったのだった。


 だが……。


「このままじゃダメだよね」というビビカの呟きに、僕は頷く。

「何か、僕らにしかできないことを考えるのはどうだろう?」


 僕らにしかできないこと。つまりドラゴンの力を利用して何かできないだろうか。


★★★

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