第10話 貴族らしく?
謁見の間では王が誰かと口論になっているようだ。ほかの人たちが口をつぐんでいるため声がよく響いている。
「だから、早く教えてください。僕が対応してみせますから」
「エルドが来てからだ」
「ですが父上!」
エルド王子が一歩進むごとに人々が道をあける。やがて玉座まで一直線に見通せるようになると、王と第二王子の姿がはっきり見えた。
王はどっしりと構えているが、第二王子は肩をいからせている。イスレイ王子の背後を落ち着きなくうろうろしているのは、赤い髪をしたメイド服の女の子だ。玉座のすぐ近くに立っている女性は王妃だろう。おろおろしているメイドとは違い、冷静になりゆきを見守っているようだ。
「陛下」
エルド王子が王の前まで進み出て礼をする。優雅な所作だが、やや嫌味っぽい。スウミも少し離れたところで控え目に礼をした。王妃は表情を消しているが、エルド王子を見てかすかに、本当にかすかにだけど微笑んだ気がした。
王は鷹揚に頷き返し、口を開いた。
「エルド、イスレイ、ほかの者も聞いてほしい」
王はそこで一旦言葉を切ってあたりを見回した。スウミを見て、一瞬おやという顔をしたけれど何も言わずに話を続けた。
「つい今し方、知らせが入った。港町ミルンの沖合でランガジルの船が目撃された」
貴族たちがざわつく。
港町ミルンはセラージュ島の南東、海沿いにある町で、海を挟んだ向こうに敵国ランガジルがある。つまりミルンはランガジルを警戒するための要衝であり、攻めてこられた場合は前線となる、そういう土地だ。
「数は1船のみ。あちらがどういうつもりなのかはわからん。使者も送ってこないし、呼びかけにも応じない。かといって攻めてくるでもなく、ただ海の上に留まっているようだ。軍の本隊はまだ動かせん。今動けばこちらが開戦のきっかけを作りかねない。それに
「そういうことなら僕が様子を見にいってきましょう」と、王の説明が終わるやいなやイスレイ王子が名乗り出た。
「いや、エルドに行ってほしい」
「なぜです!」
王をにらむ弟を宥めるように、エルド王子が口を開いた。
「俺はあちらの官僚と何度も会ったことがある。ランガジルの事情も知っているから話が早いというだけだ。ヴェンナ公爵」
エルド王子の呼びかけに応えて、一人の貴族が進み出た。恰幅のいい初老の男性は貴族とは思えないほど日に焼けていて腕が太かった。
「ミルンはあなたの土地だったな。ランガジルが今すぐ攻めてきたとして、どの程度持ちこたえられる?」
「今すぐとなりますと、ふだんの警備兵と巡視船ぐらいしか出せません。ですが粒の揃った精鋭ばかりですし、船には水晶壁も装備しています。今ミルンの屋敷は息子夫婦に任せておりますので、私が戻るまでは息子が指揮をとるでしょう。ほかには漁師たちの支援も期待できますし、国の沿岸警備隊も動いてくれるでしょうから、王国軍本隊が動くまでの時間稼ぎぐらいはできましょう」
「それで十分だ」
「では、私は一足先にミルンに戻ります。戦になるにしても会談になるにしても、ミルンが舞台となるのは間違いないでしょうし、何事にも支度が必要ですから」
エルド王子と目で頷き合い、ヴェンナ公爵は謁見の間を出ていった。
「エルド、ミルンには<クリスタル>を持っていけ。何かが裏にある。正しく見きわめてくるのだ」
「はい」
「待ってください父上、僕が行きますからね」
王がため息をこぼす。
「わきまえろイスレイ、王命だ」
低く、だが有無を言わさぬ声で兄に一喝されて、第二王子は息をのんだ。
「俺にもしものことがあった時は、おまえが王と王妃をお守りするんだ。行くぞ」
最後の言葉はスウミに向けてのものだ。
謁見の間を出るとき、「こんな大事な話に女を連れてくるようなやつ……」という言葉が聞こえた。
謁見の間を出るなり、
「そういうわけで俺はミルンに行く。おまえは帰れ」と、王子は言った。
スウミの腹痛係の仕事もこれで終わりのようだ。しかし、これから敵国が攻めてくるかもしれないとは。ミルンへ向かうという王子に同情してしまう。何事もなければいいが……。
わけあり貧乏貴族令嬢のスウミは、第一王子派となったけれど、こういったことに関してはまるで無力である。王子に対してちょっと申しわけない気持ちになった。
王子は旅の支度をするために王城の奥へ、スウミは家に帰るために門のほうへ、反対の方向へと歩き始めたとき、「ああ、そういえば」と王子が振り返った。
「おまえが受けた
「……もらった焼き菓子のことでしょうか」
エルド王子は面倒くさそうに頷いた。
「俺の部屋に運ばせておいたのが裏目に出たな。そうだな、王都の南門のあたりで待て。持っていってやる」
「あ、ありが、とうございます」
ちゃんと覚えていてくれたこと、さらに持ってきてくれること、どちらも意外すぎてお礼の言葉がしどろもどろになった。
兵に案内されて王城の外に出ると、暮れていく空に月が昇っていた。風は吹いているけれど寒くはない。むしろ興奮気味の体を冷やしてくれて気持ちが良いぐらいだった。
スウミはうんと伸びをしてから大きく息を吐いた。やっと呼吸が楽にできるようになった気がする。やはり緊張していたのだろう。
(ガロワ様に会わずに済んだのも幸いだった。会わずに済むならそのほうがいい)
預けていた馬を兵士に返してもらい、今朝来た道を引き返す。
朝は活気のあった大通りは人の姿もまばらで、酒場の軒先に吊されたランプの炎が静かに揺れていた。時々おいしそうな匂いと人々の笑い声が風に乗って流れてくる。
(そういえば、リンゴを買って馬と食べるつもりだったんだっけ)
もう市場は閉まっている。どこかで馬のえさを調達すべきか。
「うーん、でも、王城の厩に預けていたんだし、食事はもらえたはずだよね」
馬に尋ねたところで返事はないが、王城の厩番が預かった馬の世話をしないとは考えられないので大丈夫だろう。スウミもお茶と菓子で満腹だった。
やがて王都の南門のあたりまできた。人の出入りの邪魔にならないところで待っていようと思い、ひとまず門の外に出て、馬に乗って目線を高くして待つことにした。
すぐに王子一行はあらわれた。30人ぐらいはいるだろうか。みな騎乗し、革の鎧を身につけて帯剣していた。小さな木箱を両手で大事そうに持っているリオンだけが徒歩だった。先頭の馬に乗る王子は鎧を着けずに軽装だが、腰には剣をさげている。
ここ王都シトからミルンまでは、デルファンを通ってまっすぐ南下して、途中で川を渡り、小さな村を幾つか通るのが最短ルートだ。馬で普通に行けば5日ほどの旅となる。だが、王子らの軽装ぶりから察するに、馬の負担を減らす意図が感じられた。かなり急いでいく予定なのに違いない。
お互いの距離が近づくにつれ、王子の眉間に皺が寄っていくのがスウミの目にはっきりと見えた。
「なぜそんな姿で馬にまたがっている。腿のあたりまで丸見えではないか!」
「そんなことを言われましても、王都に来るのには馬に乗らなければならず、王城に着ていける服はこれしかありません」
スウミがむっとして答えると、エルド王子は目を逸らして深くため息をついた。
「馬車を用意するから、それで帰れ。第一王子が変態趣味の女と親しいなどと噂されたらかなわん。リオン、任せたぞ!」
そう叫ぶと、王子は出立してしまった。従者たちが慌てて後に続き、そのうち一人はリオンから木箱を受け取ってから王子の後を追った。
スウミは馬をおりて、リオンのそばに寄った。
「リオン君、ごめんなさい」
「何がですか?」
「私のせいでエルド王子と一緒に行けなかったのでしょう?」
「いえいえ、僕の役目は<クリスタル>を陛下から借りてくることだけで、もともと留守番の予定でしたからお気になさらず。あ、<クリスタル>ってご存じですか。魔法や呪術が使える人間かどうかを調べる魔具なんですけど、ランガジル人と会うときは必ず持っていくんです。異国の方はそういった力を使う方が多いんですよ。<クリスタル>が反応する方は決して王子と面会できないし、我が国に上陸もさせません」
「へえ……。初めて聞きました」
「まあ、そんな有名な話でもないですしね。あとですね、僕は女性がスカート姿で馬に乗ったって問題ないと思いますよ。足を出すくらい別に良くないですか。僕の妹たちも外で遊ぶときは足なんか全部出してますよ」
「う、うーん」
子供に擁護されることで、かえって大人として恥ずかしいような気持ちになるから不思議だ。
「子供はいいんだ、子供は。大人の女がやると変態なんだよ」
いつのまにか門番が近くに来ており、なぜか会話に乱入してきた。
「変態だって決めつけないでください。庶民の女性でもスカート姿で馬に乗っている人、結構いるじゃないですか」
「確かにいないわけじゃないが、そういう女は荷物が多いもんだ。何か事情があって馬に乗るからだな。手ぶらの貴族令嬢がスカートで馬に乗っていたら、足を見せたくて馬に乗っている変態趣味の痴女なんだろうなって普通思うだろ。令嬢は馬車に乗るもんだ」
(そんなことを言ったって、馬車を持ってない私はどうしたらいいの。でも確かに足を出して、変な目で見られるのも嫌だな……)
スウミは門番に同意できず、かといってリオンにも同意できないのだった。
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