第23話、画面の向こう、扉の向こう
その日の夜はやはりというか、当然の如く一睡も出来なかった。
髪を乾かしてあげた後、ソフィアは俺にお礼を言って自分の部屋に戻っていった。
それから一人残った俺は明日に備えて早く寝ようとお風呂に入り、寝る前の歯磨きをして自室に戻ったのだが……。
ベッドの上で横になり、電気を消してから何度瞼を閉じても一向に眠気がやってこないのだ。
いつもならアリスの囁きASMRを聞けば必ず安らかな眠りにつけていたはずなのに、アリスの可愛らしい声を聴けば聴くほど隣の部屋にいる彼女の事を強く意識してしまってダメだった。
昨日の出来事のどれもが俺にとってあまりにも刺激的すぎたのだ。
今までずっと推し続けていた相手が俺に手料理を振る舞ってくれて、裸を見てしまうなんてハプニングもあって、それから髪を乾かしてくれと言われ、さらには膝の上に座ってきて至近距離で見つめ合うなんて――。
俺は寝返りを打って枕に顔を埋めると、悶々とした眠れぬ夜を過ごす。
それから時間だけが過ぎ、朝の5時が近付いたところでスマホの目覚ましアラームが鳴り響いた。
「……もうこんな時間か。アリスちゃんの配信見なくちゃな」
推しの配信だけは見逃せない。
俺はベッドから起き上がるとデスクの前に座り、パソコンの電源に手を伸ばす。
パソコンが起動してモニターに映像が表示された後、いつものようにVouTubeを開いてアリスのチャンネルで今日の配信の待機画面を開く。既に待機者数は数万人を超えており、高評価数も鰻登りで増えていく。
「流石はアリスちゃん。今日も絶好調だな」
そんな感想を漏らしていると今日実況するゲームの画面に切り替わり、その画面の端には可愛いアリスの姿が映し出された。
彼女の天上にまで届くような透き通る声がスピーカーから聞こえて、既にコメント欄は大盛況といった感じで賑わっている。
〈待ってました!〉 〈はよはよ〉 〈はぁ~、今日も最高に可愛いぜ〉 〈今日も楽しみにしてるぞー!〉 〈ふぅ……仕事終わりにアリス様の尊い姿を見て癒されるんじゃあ……〉 などなど。
英語で流れるコメントをすぐに頭の中で翻訳し、内容を把握しながら俺もコメントを打っていく。
「アリスちゃん、今日も頑張れー……っと」
睡眠不足で頭が回らず気の利いた言葉が思い浮かばなかった事を後悔しつつ、次に打つ面白コメントのネタ考えながら俺は彼女の配信を見始める。
『みんなありがとうございます♡ それではゲームを始めていきましょうか♪』
アリスは可愛らしい笑顔を浮かべてそう言うと、コントローラを操作してゲームをスタートさせた。
プレイするゲームは最近流行りのオンラインシューティングゲーム、スーパーラッシュトゥーン3。
日本の有名なゲーム会社が発売した大人気シリーズの最新作で、二手のチームに別れてステージをインクで塗り潰し、より多くの場所をインクまみれにしたチームが勝利するという対戦型のゲームだ。
アリスはこういうシューティングゲームがあまり得意ではないが、上手い下手に関わらずチームの勝利に貢献出来るこのゲームは彼女にも合っているようで、可愛いリアクションを見せながら今日も精一杯プレイしていた。
時折、敵のペイント弾を受けてやられてしまう事もあるけど、それでもめげずに立ち上がってまた果敢に撃ち返していく。
そんな健気に頑張っている姿がとても愛らしくて、俺は思わずニヤけ顔になりながら彼女の配信に釘付けになる。
〈いけぇ、アリスちゃん!〉 〈よし、そこだ! ナイスショットだ!!〉 〈あっ、死んだwwww〉 〈インク切れに気をつけて! 次行こ次!〉 〈インクまみれのアリスちゃん……てえてえ……〉
こうしてアリスが奮闘している間にも、彼女の魅力に惹かれて集まったファン達によって配信は大盛り上がりをみせていた。
そしてしばらくするとゲームの試合時間が終了となり、そこで試合結果が画面に表示される。
結果はアリスのチームが僅差で勝利。彼女が少しでもチームの勝利に貢献しようと丁寧にステージを塗り潰した成果が実を結んだ形となった。
俺も思わずガッツポーズをして喜びの声を上げ、同時に彼女の努力を称えるコメントを送っていく。他の視聴達も歓喜に震えてアリスの勝利を祝福した。
〈やったな、アリスちゃん! よくがんばったね!〉 〈流石はアリスちゃん、オレ達の自慢の推しだよ〉 〈始めた頃よりずっと上手くなった! 凄い!〉
そんな応援のコメントに対してアリスは照れた様子で恥ずかしそうな声で感謝の言葉を口にする。
『えへへっ、皆さんのおかげです♪ いつもわたしを応援してくれて本当にありがとうございます♡』
その可愛らしい声に視聴者達は更に沸き立ち、コメント欄は一気に加速していった。
〈うおぉおおお、天使じゃあああ!!!〉 〈オレ、アリスちゃんの為ならいくらでもスパチャするわ〉 〈おれもおれも! 一生推し続けるよ!〉
そんなコメントと共にスーパーチャットも送られ、配信の盛り上がりは留まる所を知らない。
この光景を見る度に思うのだが、やはりアリスの人気はトップクラスで、彼女を推す俺としては鼻が高い気持ちだった。
それと同時に何だか優越感を覚えてしまう。
ファンにとって推しからコメントを読み上げられたり、推しから認知してもらうだけでも涙が出るほど嬉しいのに、俺はその遥か先にまで行っている。
こんなに可愛くて人気者のアリスと俺は実際に出会い、同じ学校に通い、仲良くなって手料理まで振る舞ってもらったんだぞ、と。
他のファンが聞いたらきっと嫉妬のあまり、闇討ちされてしまいそうな程に羨ましい事が俺には起こっている。信じられないような内容だが、これは紛れもない事実なのだ。
俺が今、アリスを推すファンの中で彼女と最も近い距離にいるんだと思うと嬉しくて堪らなかった。そして昨日の脱衣所のハプニングまで思い出してしまい、頬が熱くなって胸がドキドキしてしまう。
「アリスちゃん――ソフィアの裸を見てしまった事は墓まで持っていかないとな。バレたらマジで殺されかねない……」
自分の命の為にも、そして今後のアリスの活動の為にも、俺達の関係や今まで起こった事は絶対に秘密にしておかなければ。
男女関係が発覚して引退したり、炎上したVtuberを数多く見てきたからこそ、こんなに愛しくて尊いアリスをそんな目に合わせてはならない。
そう心に決めてアリスの配信に集中するのであった。
それからしばらくして今日も二時間近いアリスの配信は終了し、時計の針が朝7時を示しているのを確認した後、俺はパソコンの電源を落としてデスクを離れる。
「やべえ……急に眠くなってきたぞ」
寝不足で身体が怠いし、頭もボーッとしてあくびが止まらない。さっきまであんなに元気でテンションも高かったのに、今はもうベッドに入って爆睡したい気分だ。
しかし今日も学校がある。朝食は手早くゼリー飲料で済ませようと、制服に着替えてからすぐにキッチンへ向かい冷蔵庫を開けた時だった。
ピンポーン、と家のチャイムが鳴る。
一体誰が来たのか、それを考える前に頭の中には一人の女の子の顔が浮かぶ。
まさかと思いつつ玄関に向かいドアを開けると、そこには想像した通りの人物が立っていた。
腰まで伸びた金色の髪に、宝石のように綺麗で透き通った碧い瞳。完成された美しさを持ちながらも、あどけなさを残した顔はとても愛らしい。見る者全てを魅了するような可憐な美少女、ソフィアがそこにいる。
『おはよう、レン。学校へ行く前に二人で朝ご飯食べましょう』
彼女は優しく微笑みながら、手に持ったお洒落なバスケットを掲げて見せた。
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