勇者は走る

「ハァ……ハァ……ぐぅ!?」


 疲労に息を切らし、大ダメージの痛みに呻きながら、俺は苦い勝利の味を噛み締める。

 最後の一撃、あれは確実に致命傷を与えた手応えを感じた。

 あの二人に、決して助からないようなダメージを刻んだ手応えを。

 革命の大きな障害だった奴を二人倒した。

 多くの仲間達の仇を討った。

 だけど、俺の心を支配するのは、どうしようもない痛みと悲しみだけだった。


 なんで、俺はこんな結末しか選べないんだろう。

 セレナはただ、自分の大切なものを守る為に戦ってただけだ。

 あのノクスという男も、仲間であるセレナを守る為に命を散らした。

 どっちも、絶対に殺されなきゃいけないような悪人じゃなかった。

 それなのに、俺はそんな二人を倒した。

 あの二人を、殺した。

 そんな道しか選べなかった事が悲しくて仕方がない。


 きっと、何かが違えば、こんな悲しい道を辿らなくてもいい未来があった筈なんだ。

 もしも、この国が革命なんか必要としないような平和な国だったら。

 もしも、この国全体がセレナの領地のように明るい場所だったら。

 俺達は大切なものを失う事もなく、こんな血みどろの殺し合いをする事もなく、お互いに尊重し合って平和に暮らしていけたかもしれない。

 もしかしたら、セレナ達と仲良くできる未来もあったかもしれない。

 友達みたいな関係になれたかもしれない。

 この国が、こんなにも悲劇で溢れてさえいなければ。


 それは今さら叶わない夢だ。

 だけど、だからこそ、こんな悲劇は俺達で終わりにしないといけない。

 これから先の人達にまで、俺達みたいな絶望を味わってほしくない。


 だから、立ち上がれ、俺。

 立ち上がって剣を握れ。

 終わりにするんだ。

 この国の悲劇を。

 この暗黒の時代を。

 それを成し遂げるまで、倒れる訳にはいかない。


 俺は腰のホルスターに入れてあった回復の魔導兵器マギアを取り出し、身体に押し当てて起動させる。

 それによって、自分の魔力を温存しつつ、ある程度の傷を回復させる事には成功した。

 もちろん、欠損部分が治る事はないし、失った魔力が回復する事もない。

 右半身に致命傷なダメージを受けてしまった今、回復してもまともに歩く事すら難しい。

 それでも、身体強化を使えばまだ動ける。

 

 俺はボロボロの身体で無理矢理に立ち上がり、セレナ達の攻撃で吹き飛ばされ、地面に突き刺さっていた剣を引き抜く。

 プロキオンさんから渡された純白の剣。

 俺の本当の父親だという、リヒトさんが使っていた剣。

 俺と同じ志を持っていた人の遺品。

 それは、あれだけの戦いを経ても尚折れる事なく、暗闇の中、星明かりを反射して輝いていた。

 俺もこの剣も同じだ。

 まだ折れていない。

 まだ戦える。

 だから……


「行こう」


 俺は残った左手で強く剣を握り締め、ボロボロの身体を引き摺って走った。

 最後の決着をつける為に。

 この常闇の国に終止符を打つ為に。



 いつの間にか、夜を明るく照らしていた満月が沈んでいた。

 月が沈み、太陽もまだ出ていない時間。

 夜明け前の一番暗い時間。

 そんな暗闇の中を、俺は走った。

 明けない夜はないと信じて。

 待ち望んでいた夜明けが、すぐそこにまで近づいていると信じて。

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