67 『賢人将』

「爺!?」

「プロキオン様……!」

「ホッホ、驚いたようじゃのう。どれ、ここは一つ、君達の考えておる事を当ててやろう。何故儂がここに居るのか? 何故儂の魔力反応が感知できないのか? 大方、そんな事を考えていると見た。特別大サービスじゃ。まずは二つ目の疑問に答えてあげよう」


 ゴトン、と。

 裏切り爺の身体から何かが落ちる。

 固くて重い感じの何かだ。

 それが落ちた瞬間、裏切り爺の魔力反応が感知できるようになった。


「『魔封じの鎖』。君達も知っておるじゃろうが、罪人となった魔術師を縛り付けておく為の拘束具じゃよ。使い方次第では、こうして魔力反応を隠す事ができる。年寄りの知恵と思うて覚えておくといい」


 そう言って、裏切り爺は朗らかに笑った。

 不気味だ。


 ……それにしても、魔封じの鎖、か。

 あれは私もよく知ってる。

 つい最近も、エロ猫さんを縛ってるやつを見た。

 でも、あれは縛り付けた対象の魔力を封じる物であって、決して魔力反応を隠す為の物じゃない筈だ。

 しかも、普通は牢屋とセットで複雑な術式を使わないと発動しない魔道具だから、こんな風に持ち歩ける物でもない。

 それが発想の転換でこうなるのか。

 多分、というか確実に、普通の魔封じの鎖じゃなくて、改造を施した特別製なんだろう。

 考えてみれば、魔導兵器マギアなんて画期的な発明をしたのも、それを開発して実用化にこぎ着けたのもこいつだ。

 その知力があれば、この程度の事は訳ないのかもしれない。

 癪だけど、本当に癪だけど、さすがは『賢人将』の名を持つ老獪と言ったところか。

 やってくれる。


 でも、


「……なんの真似ですか? そんな代物を持っておきながら奇襲するでもなく、聞いてもいない情報をペラペラと。ボケましたか?」


 こいつの行動は不可解に過ぎる。

 今の情報、軽く喋ってたけど、かなり有効な手札だ。

 私達が裏をかかれたように、知られていなければより一層猛威を振るう。

 私にとっての超小型アイスゴーレムみたいな、自分達だけのアドバンテージ。

 それをあっさり投げ捨てるとか、どうかしてるとしか思えない。

 不気味だ。


「ホッホッホ。別にボケてはおらんよセレナ殿。儂は儂なりに考えてこうしておる。こうして、今ここに居る事も含めてな」

「領民を見捨て、狂気の国に逃げ延びる程に堕ちた事も含めてですか?」

「無論じゃとも。民を見捨てたのも、この国を利用せんとしたのも全て儂の意思であり、儂の独断じゃ。その汚名は甘んじて一人で受けよう。、プロキオン・エメラルドは後生にまで語られる程の悪逆の徒となる。その覚悟はとうに決めておる」


 そう語りながら、爺は懐に手を入れ、そこからある物を取り出した。

 鎖で縛られた小さな箱だ。

 爺は鎖を外し、箱を開け、中にあった物をその手に掴んだ。

 その瞬間、━━私の背筋に戦慄が走る。


「あ、あなた、まさか!?」

「全てはリヒト様の為。リヒト様が目指し、儂が、儂らが夢見て追い続けた理想の国の為。その為ならば、この老いぼれの名誉も、命も、喜んで礎として捧げようぞ!」

「させない! 『氷砲弾アイスキャノン』!」


 それをなんとしても阻止するべく、私は発動の早い氷砲弾アイスキャノンで裏切り爺を撃った。

 しかし、裏切り爺の持つ杖から植物の蔦が飛び出し、氷の砲弾を弾く。

 植物使いのくせに、地面がなくても戦えるとか反則じゃない!?


「レグルスさん! プルートさん! あの人にあれを使わせないでください! 大変な事になります!」

「よくわからんがわかった! 『火炎剣フレイムソード』!」

「言われずともです! 『水切断ウォーターカッター』!」


 レグルスの炎が植物を焼き、私の氷が新しく生み出された植物を弾き、プルートの水が裏切り爺の手に持ったブツを狙う。

 しかし、さすがにとても簡単なその動作を阻害する事はできなかった。


「後は任せましたぞ、アルバ様……」


 そして、裏切り爺は、とても穏やかな顔で、首筋にそれを刺した。

 気色の悪い液体が入った注射器を。

 さっき私が感知したのと同じ魔力反応を持つそれが、裏切り爺の体内に注入されていく。

 次の瞬間、裏切り爺の身体に明確な変化が起きた。


「ぬぉォオオオオオッ!!! オオオオオッ!!!」


 絶叫と共に身体の色が緑に変わり、肌が樹皮のようになり、そして身体の大きさ自体が急速に膨れ上がっていく。

 大きく、大きく、大きく、どこまでも大きく。

 裏切り爺は巨大な植物となって、謁見の間を軽く突き抜け、空の彼方に伸びていく。

 その勢いに押されて足下に転がってきた物を反射的にキャッチした私は、これまた反射的に叫んでいた。


「て、撤退します! とりあえず外に出ましょう! ここに居たら押し潰されます!」

「意義なし!」

「当たり前です!」


 満場一致の判断で謁見の間の壁を突き破り、外へと出る。

 目指した場所は、連れて来た騎士達と鳥型アイスゴーレムを置いて来た場所。

 とりあえず、合流だ!


「セ、セ、セレナ様! あ、あ、アレなんですか!?」

「プロキオン様です! あろう事か自分自身に魔獣因子を打ち込みました!」


 どもりながら問い掛けてきたマルジェラに、私は怒鳴るように返答した。

 それくらい、私の胸中は荒れている。

 あの爺!

 まさかの凶行に出やがった!

 さっきの注射器に入ってた液体は、さっき城の地下で感知した別格の魔獣因子と同等の魔力を放ってた。

 つまり、六鬼将でも使えば命の保証がない大博打だ。

 ましてや、裏切り爺が帝国を出た時期的に考えて、人体改造なんてやる暇はなかった筈。

 人体改造なしであれだけの魔獣因子を打ち込むなんて自殺行為にも程がある。

 たとえ、万が一適合できたとしても、確実に理性は吹き飛ぶ筈だ。

 確かに、これくらいやらないと帝国対革命軍の傾き切った盤面をひっくり返す事はできないだろうけど、その後どうする気だし!?

 要の裏切り爺が居なくちゃ、帝国を倒した後の統治もままならないでしょうに!


 でも、そう思うのと同時に、私はどこか納得していた。

 私が見落としてたのはこれだったんだ。

 すなわち、━━追い詰められた奴は何やるかわからない。


「━━━━━━━━━━━━━━」


 私の荒れる内心をよそに、裏切り爺の変化は止まらない。

 もはや声帯も失ったのか、声なき声を上げながら巨大化を続ける。

 全長は雲を突き抜け、巨大な枝を幾重にも生やし、幹は太くなり続けて、ガルシア獣王国の城を容易く飲み込んだ。

 城に突入してた騎士やワルキューレは、私達と同じく異常を察知して戻ってきたけど、少し数が足りない。

 多分、残りは魔獣兵と一緒に、あの幹に飲み込まれて果てたんだろう。

 変化するだけで精鋭達を容易く殺す。

 これはもう魔獣とかそういうスケールじゃない。

 ただの化け物だ。


 そして、最初の変化から一分としない内に変化は止まった。

 裏切りの爺の成れの果て。

 その姿を一言で表すなら、超巨大な『木』だ。

 全長は富士山を越えて雲に届き、伸び広がった枝で空が見えない。

 これ、本当に魔獣兵?

 私の目には自然物にしか見えない。


「ワールドトレント……!」

「え?」


 その時、プルートがポツリとそんな事を呟いた。

 ワールドトレント?


「プルート、なんだそりゃ?」

「別名『世界樹』と呼ばれる世界最大の魔獣ですよ。僕も書物でしかその存在を知りませんが、特徴は一致しています。恐らくプロキオン様が取り込んだ魔獣因子はそれでしょう」


 そ、そうなんだ。

 世界にはそんな化け物が居たんだ。

 知らなかった。

 世界は広い。


「プルートさん、そのワールドトレントってどういう魔獣なんですか?」

「基本的には、ただそこにあるだけの魔獣だそうです。魔獣という分類も、魔力を使わねば傷付かない程の尋常ならざる頑強さと、体内に持つ膨大な魔力を考慮されているだけであり、動きもせず、意思も持たぬ、ただ巨大なだけの樹木……の筈なんですが」


 プルートがそこまで言った瞬間、裏切り爺ことワールドトレントから膨大な魔力の波動が放たれた。

 無属性魔術に近い感じの力だ。

 それが小雨を降らせていた分厚い雲を吹き飛ばし、ガルシア獣王国首都の街並みを破壊し、その存在感を周囲に知らしめる。

 普通に動いた。


「……魔獣兵となると違うようですね。プロキオン様の意識が辛うじて残っているのか、それとも他の理由かはわかりませんが、あれは明確な敵だと思った方がよさそうです」

「みてぇだな!」


 プルートの解説を聞き、レグルスが大剣を構える。

 他の全員も戦闘態勢に入った。

 ワールドトレントから感じる魔力量は、元の裏切り爺の比ではない。

 元の裏切り爺ですら私より格上だったんだから、その進化系であるワールドトレントが弱い訳ないだろう。

 撤退も視野に入れて最大限の警戒をしないと。


 しかし、そんな私の思考を嘲笑うように、ワールドトレントが枝に絡み付いた蔦を伸ばし、それを高速で振るった。


 たったの蔦一本。

 小手先どころか、指一本分にも満たないだろう軽い攻撃。

 それですら、━━目で追うのがやっとだった。

 甘かった。

 私の認識はどこまでも甘かったのだ。

 ワールドトレントの力は、私の想像を遥かに超えていた。


 そして、ワールドトレントの蔦による一撃が、撤退用の鳥型アイスゴーレムに叩きつけられた。

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