4 姉との別れ

「姉様ぁ! お元気でぇ!」

「うん。セレナも元気でね」


 あの濃厚なファーストキスの日から僅か10日。

 私は、最後の自由時間を使って会いに来てくれた姉様と、涙なしでは語れない感動の別れをしていた。

 

 そう。

 姉様に私と会う時間があるのは今日が最後なのだ。

 自分の血族が皇帝に嫁ぐのがよっぽど嬉しかったのか、クソ親父はたったそれだけの期間で結納の準備を整え、姉様がお嫁に行く日がもう来てしまったのだから。

 クソ親父め、余計な事を。

 いつか殺してやる。

 ちなみに、皇帝が側室を迎えるなんて最近じゃそこまで珍しくもないって事で、結婚式とかの式典は全部なしだってさ。

 私の天使がぞんざいに扱われてて腹立つ。

 まあ、気合いを入れて盛大な結婚式を開かれても、それはそれで腹立つけども。

 果たして、どっちがマシなのか。

 逃げやすくなるって意味では、あんまり興味持たれない方がいいのかね。

 だからと言って、私の怒ゲージが下がる事はないけどな!


「あ、そうだ! セレナ、はいこれ」

「え?」


 姉様はポケットから何か取り出して私にくれた。

 姉様からの贈り物なら、例えダンゴムシの糞とかでも嬉しいけど、これは小さな手の平サイズの箱だ。


「誕生日プレゼントだよ。セレナ、今日誕生日でしょ?」

「あ!?」


 完全に忘れてた!

 姉様結婚のショックが大きすぎたのと、度々ファーストキスを思い出して赤面する姉様が可愛い過ぎたせいで。

 私の誕生日は姉様以外に祝ってくれる人がいないけど、逆に言えば姉様が祝ってくれる素晴らしい日だと言うのに!


「あ、ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」

「いいよ」


 お許しが出たので、小箱を慎重に開ける。

 この小箱も捨てはしない。

 大事な宝物として、秘密基地の地下にある私の城に保管しておくのだ。

 そうして小箱を開け、中に入った物を取り出す。


「ペンダント!」


 そこにあったのは、氷っぽいシンプルなデザインをしたペンダントだった。

 私も姉様も氷の魔術師だから、これにしてくれたんだと思う。

 姉様が私の為に選んでくれたってだけで天にも昇る気持ちだ。

 しかも、


「わぁ~!」


 このペンダントは、ロケットペンダントだった。

 つまり、チャームの所が開閉式になっている。

 そこを開けると、なんと花嫁衣装を身に纏った姉様の写真が!

 なんと麗しい!

 私が嫁に貰いたかった!


「離れてても私の事を忘れないでいてくれるようにって思って……は、恥ずかしいから、あんまり見ないでね!」


 姉様が恥ずかしがっていらっしゃる。

 めっちゃ愛おしい。

 そして、めっちゃ嬉しい。

 一日に365回は拝ませて頂こうではないか!


「ありがとうございます姉様! 大切にします! 生涯の宝物にします!」

「う、うん。とりあえず気に入ってくれたみたいでよかった」


 最高のプレゼントですよ!

 他の誕生日プレゼントは私の城に保管してあるけど、これは肌身離さず私が死ぬまで付け続けよう!


「あ、私が付けてあげるね」

「ホントですか!?」


 しかも、姉様が付けてくださるとは!

 絶対死ぬまで外さない!

 いや、むしろ、死んでも外さないぞ!


「ど、どうですか?」

「うん。似合ってるよ。可愛い」

「~~~~~~~~!」


 私は悶えた。

 姉様!

 そのスマイルは反則です!


「ね、姉様! 実は私も姉様にプレゼントがあるんです!」

「え、そうなの? 嬉しい」

「~~~~~~~~!」


 私はまたも悶えた。

 だから、そのスマイルは反則です!

 そ、それはともかく。

 私は用意していた氷の箱から例のブツを取り出した。

 これが私から姉様に贈る餞別にして、超重要アイテムだ。

 それを姉様へと差し出す。


「わ~、ぬいぐるみ! これって、もしかしてセレナ?」

「はい! これを私だと思って側に置いてください! お守りでもあるので、できれば片時も離さずに!」


 私が渡したのは、私をデフォルメしたようなデザインの二頭身のぬいぐるみだ。

 十徹して作った。

 そして、勿論ただのぬいぐるみではない。

 このぬいぐるみの中には、私の人生で磨いてきた技術の粋を集めて作った、自律式アイスゴーレムが入っているのだ!


 土属性の上級に『人形創造クリエイトゴーレム』という魔術がある。

 ゴーレムという土で出来た人形を生み出し、操る魔術だ。

 ただ、ゴーレムを操るには結構な魔力操作技術が必要な上に、肝心のゴーレム自体がそんなに強くない。

 結局、ゴーレム作るくらいなら下級の魔術でも撃ってた方が強いんじゃね? という残念な理由で流行らなかった魔術だ。


 私はこれを改良した。 

 土人形ができるなら、氷人形ができない筈もなし。

 プログラミングの要領で自動で動くようにし、有り余る魔力に任せてゴーレム自体も超強化した。

 信じられるか?

 こいつ、ゴーレムのくせに魔術使えるんだぜ?

 もはや、残念魔術と呼ばれたゴーレムさんの面影は欠片もない。

 これは、もっと別のナニカだ。


 そして、このゴーレムには自動で周囲の状況を把握し、姉様の危機には強力な魔術をバンバン使って敵対者を滅するようにプログラムしておいた。

 更に、本気でヤバイ時は私本体に向けて救難信号と位置情報を送ってくれるという優れ物!

 材質は氷だけど冷気を完全に内部に閉じ込める事に成功したから触っても冷たくないし、魔力が切れるまでは溶ける事もない!

 その魔力も、私の全魔力10日分をぶち込んでおいたので、ガチバトルが連続でもしない限り数年は持つ筈だ。

 かなりの自信作である。

 ぶっちゃけ、帝国の最先端技術を余裕で超越してると思う。

 少なくとも、ゲームにこんなもんは出てこなかった。

 そんな代物を作り上げた私の才能と、原動力となった姉様へのラブパワーに刮目せよ!

 皇帝!

 姉様に乱暴したら、このセレナ人形が貴様を殺すからなぁ!


「ありがとう。大切にするね」

「はい!」


 頼んだぞセレナ人形!

 私が迎えに行くまで姉様をお守りするのだ!

 そして、姉様が私の人形をギュッと抱き締めてくれた。

 キュン! 



 ……そうしてイチャイチャしていたけど、もうそろそろタイムリミットだ。


「じゃあ、そろそろ行くね」

「はい……姉様、私が行くまで、どうか本当にお元気で」

「うん」

「暗殺とか謀殺とかにはくれぐれも気をつけてくださいね。姉様は聖人天使過ぎて目をつけられやすいんですから」

「う、うん」

「自分の命を第一に考えてください。理不尽に虐げられてる人がいても考えなしに動いちゃダメですよ。せめて、助けられる算段をつけてから動いてください。

 もし姉様が死んだら、私は早急に全ての仇を討って後を追いますからね」

「わ、わかった」

「それから、皇帝との情事は天井のシミでも数えて乗りきってください。後で必ず私が上書きしますから」

「うん、そうだね……って、ちょっと待って!? 今なんて言ったの!?」

「それから、それから……」


 私は考えられるだけの、思いつく限りの心配と懸念を口に出した。

 姉様はその一つ一つにちゃんと頷きを返してくれた。

 それでも心配事は尽きない。

 というか、ここまで来てなんだけど、やっぱり行かせたくない。

 でも、制限時間はもういっぱいだ。


 私は最後に、もう一度だけ姉様に抱き着いた。

 姉様はいつものように頭を撫でてくれる。

 優しい手だ。

 二度目の人生に絶望していた私を救ってくれた温もりだ。

 でも、この手も、この温もりも、この胸の感触も、もう手放さなくてはならない。

 そして、しばらく戻っては来ない。

 私が下手をすれば永遠に戻って来ない。

 嫌だ。

 そんなのは嫌だ。


 なのに、遂に制限時間が来てしまった。

 クソ親父が姉様を呼ぶ声がする。

 欲にまみれた汚い声だ。

 死ねばいいのに。

 でも、今の私達じゃ、この声に逆らえない。

 それが凄く悔しくて、悲しい。


「もう、時間だね」


 姉様がそっと私の体を離す。

 私は俯いて、顔を上げられなかった。

 自分が泣いているのがわかる。

 こんな顔を見せたら、姉様を不安にさせてしまう。


 そんな事を思っていた時、額に柔らかい感触がした。


 姉様だ。

 姉様が、私の額にキスしてくれた。

 私がしたような大人のキッスじゃない。

 親愛の情100%の、本物の家族のキスだった。


 その感触が離れていく。

 私は、それに釣られて顔を上げた。

 そうして目に入ったのは、涙を流しながら、それでも優しく微笑む姉様の顔。

 

またね・・・、セレナ」


 『またね』

 その言葉を、姉様から言ってくれた。


 私が姉様を追いかけると言う時、姉様はあんまりいい顔をしなかった。

 いつも困ったように笑っていた。

 きっと、私が姉様を心配するように、姉様も私を心配してくれたんだと思う。

 姉様を追うという事は、それ即ち後宮に出入りできるくらい出世するという事。

 それは茨の道だ。

 逆の立場なら、私は全力で止める。


 でも、今。

 姉様は『またね』と言ってくれた。

 後宮に閉じ込められる姉様とは、私が追いかけない限り二度と会えない。

 そうわかっているのに、姉様は『またね』と言ってくれた。

 それは、つまり、


「はい……! またお会いしましょう、姉様!」


 私の道を肯定してくれたという事。

 だったら、私は何がなんでもそれに応えなきゃ。

 涙が止まらなくても、笑って、前を向いて、私も姉様に『またね』と言わなければ。


 そうして、私達はお互いに泣きながら笑い、最後にもう一度だけ強く抱き締め合ってから、別れた。


 これから姉様は、クソ親父や他の家族どもと一緒に屋敷の地下にある転移陣を通って、帝国の中心である帝都の別邸へと向かう事になる。

 そこからはもう後宮に一直線だ。

 今の私は、後宮どころか帝都にすら行けない。

 家族扱いされてないから転移陣など使えず、お金もないから馬車を乗り継いで帝都に行く事もできない。

 でも、必ず追いかける。

 必ず、この距離を0にする。

 そして必ず、革命が始まる前に、二人で遠い国に愛の逃避行をする。


「待っていてください。姉様」


 私は姉様に貰ったペンダントを握り締めながら、決意を籠めてそう宣言した。

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