第50話
「なんでそんなハンドルに力入れるんですか」
「弥生とイチャつける時間が更に減った」
「なんでですか」
「紗奈が酩酊状態だから風呂入れてからくるらしい。それから家に帰ると時間的に少ない。明日休みだからいいけど」
「休みなのか、いいな」
「クリスマス翌日なんて起きれないからな」
そんなことを言いつつ、今まで決まった時間に起きていたためか毎年その時間に目が覚めている
今年は新婚であるがゆえにどうなるかわからないが
「ついでですしお風呂入れてくださいよ」
「やだよ」
「酩酊状態ですし気づいたら溺れてるかもしれません。そしたら死んでしまうかも…」
「そんだけ喋れてれば問題ない。霊斗は風呂入るのか?」
「シャワーだけな。流石に寝る」
「聖夜なのにか?」
「昨日6時間連戦してそのまま行ったから眠い」
「6時間…。まぁ、寝れるときに寝とけ」
「だからユキのことは任せた。せめて見張っててやってくれ、前酒飲んだときは風呂で寝てたし。俺が気づかず入ったら寝てて起こせたけど」
「じゃああがるまで起きてろよ」
「無理、寝落ちする自信がある」
「…めんどくせぇ…」
ようやく国道1号線から出ることができた車は右折し、駅前へと向かう
ここまでくれば到着したも同然だ。ここから15分とかからず到着する
「鍵あるよな?」
「あるよ流石に。どうせ合鍵あるだろ」
「持ってきてない。必要なければ、人の家の鍵は持ち歩かんよ。落としたら責任とれんし」
「真面目だねぇ…」
「今更ですね…」
「言ってろ」
とはいえ無くさないようにキーチェーンをつけてあるため、今まで落としたことすらないのだが
「よし着いた。動けるかバカ夫婦」
「バカとは何だ。かろうじて動けるっての」
「私は無理です。酔いが復活しました」
「霊斗運べ」
「かろうじて動ける程度の俺にそんな酷なこと言うのか」
「仕方ないな」
「ありがとうございます」
「雪菜は車で酔いが覚めるのを待て」
「運んでくださいお願いします」
「わーったよ…」
霊斗は歩いて玄関に向かい、鍵を開けて中に消えた
すぐに風呂へと向かうと言っていたため、こちらを気にする素振りもない
(あんなんが妻帯者か)
「どうしました?」
「いや…妻のこと気にかけねぇのかなぁと」
「気にしてるとは思いますよ。けど、先輩がいますから」
「そうかよ…」
雪菜を抱えて車のドアを器用に腰の動きで閉める
ドアロックをかけて、気合いで玄関のドアを開けて中へ入る
(まさかこんな短期間に2度も入ることになるとは…)
「先輩…?」
「…なんでもない。とりあえずベッドに横になっとけ。あいつがあがったら…仕方ない、風呂に入れてやる」
「ありがとうございます。すみません、お手数おかけして…」
「どうせ弥生がくるまで時間あるから構わん。いや構わんこともないが、後輩のためだ」
「妹のためとは言ってくれないんですね」
「妹じゃないからな。妹同然なだけで」
「自他ともに認める妹でよくないですか?それ」
「よくない。お前は…いやけど親戚ではあるのか。なら妹でもいいか」
紗奈の諫める声が聞こえたような気がしたが、気の所為だと首を横に振る
台所から水を持ってきて雪菜に渡し、一人分離れて座る
「遠いですね」
「そうか」
「心の距離は、こんなに離れてないはずですけど」
「今日の一連でちょっと離れたけどな」
「冷たいですね…」
「いやいやいや…。お前俺に言ったことわかってるか?胸を揉めってのもまぁまぁ酷いが風呂に入れろって…」
「私はかまいませんよ?兄とお風呂くらいよくあることだと紗奈さんに聞きました」
「確かに高校2年まで入ってたけども…あれは紗奈が一人は怖いって言うからであって」
「けど修学旅行の時とかどうしてたと思います?」
「さぁ…?」
「ふっつーに一人で入ってたらしいです」
「騙された!」
クスクスと笑う雪菜
ようやく風呂から出てきた霊斗がお休みと声をかけてきたのに同じ言葉を返す
「雪菜、歩けるくらいには回復したか?悪いが服を脱がせられるほど技術はないぞ」
「大丈夫です、歩けはします」
「ったく…」
体を支えてやりながら風呂場へ向かう
疲れ切っているのは運転やパーティーのものだけではないだろう
というか確実に寝不足が一番の理由だ
「服くらいは自分で脱げ」
「がんばるます」
「呂律が怪しい…」
衣擦れの音が夜斗の耳に入る
それしか音がないため集中してしまい、嫌でも解析が始まる
スカートのジッパーが下げられて重力に従い落下したところで音が止まった
「バランスが難しくて靴下が脱げません」
「…仕方ねぇな…」
本日何度目かの仕方ないを口から出したところで、雪菜の前に膝をつく
肩に手を置かせて、靴下を脱がせてやる
生まれたままの姿になった雪菜を浴室に入れ、目を閉じた
(見るわけにもいかん。解析を開始)
今度は意識的に音を解析する
指を鳴らして反響で物の位置を把握し、シャンプーらしきものを手に取る
触れた感触からしてシャンプーだと確信し、手の中で少し泡立てて雪菜の髪に乗せた
「先輩上手ですね」
「紗奈にやらされてたからな。やれないからやらないわけじゃない」
「弥生さんにはやらないんですか?」
「なんなら予定して一緒に風呂入ることもあんまねぇよ。結婚初日と1ヶ月目くらいで。そこんとこは自重してくれてる」
「ということは先輩が入ってると突入してくるパターンですね」
「そういうことだ。俺から突入することはない」
「なんでですか?」
「…風呂の中は服を着てないから、歯止めがかからない。だから、そのまま行為に及ぶ可能性がある。そうなるとそのままベッドで翌朝までしてしまう」
「なるほど。先輩も意外と欲が強いんですね」
「まぁな。今お前を見てないから問題ない。いや見たところで」
「見てなくてこんなに上手くやれるんですか!?」
「叫ぶな聴音が切れる」
「す、すみません」
「流すぞ、目と口と鼻を閉じとけ」
「鼻どうするんですか」
沸かされていた風呂から湯を掬い雪菜の足先にかける
頷く雪菜の動きを音で確認して頭にかけた
上から順に、全ての髪に余すことなくかけてやりシャンプーを流す
「リンスもうなくなるぞ。買っとけ」
「明日仕事帰りに買ってきます」
リンスを手に取り少しずつ髪に乗せていく
そして手櫛で梳いてやりながら全体を包み込むようにトリートメントをする
「ほんとに聴音だけでこんなにできるんですか?」
「ああ。その気になればカレーくらいなら目を塞いでも作れる」
「すごいですね…。もはや異能といっても過言ではありませんよ」
「そう考えたら俺の能力は弱すぎるな。色見、聴音は生活の上では有効活用できるが戦いには向かない」
「ですね」
少し時間をおくことで浸透させるが、実際このやり方が正しいのかは夜斗にはわからない
雪菜の体が冷えないよう、髪にかからないように湯をかけ流す
「そこまで…。元は介護職とかですか?」
「新卒で今の会社だわ。まあ老人ホームでバイトしたことはあるけど事務会計だし」
「いきなり会計ですか」
「まぁ、そういうのは昔から得意だし。どうせ自動化するからな」
「できるのがすごいですよね…」
5分ほど経って十分だと判断した夜斗は、また声をかけてからリンスを流し始めた
流す間に会話はない。というかすれば口に入るだろう
「体は自分で洗えねぇの?」
「あえていうと髪も洗えましたけど、体もお願いします」
「やれよ」
「貴重な体験ですよ。遠い親戚に体を洗ってもらうなんて」
「…まぁ、そうかもな」
調べた限りでは、雪菜の親が冬風や黒淵と会わせないようにしていたようだ
しかし運命の悪戯とやらはそれでも夜斗と雪菜を会わせ、霊斗と雪菜を引き合わせた
(運命、か)
「先輩?」
「…なんだ?」
「力弱いですね。男の人ってもっと勢いで洗うものだと思ってました」
「女の柔肌を蹂躙しろというのならやってやるが、基本的には泡で浮かせて流すのがいいと思ってな。よしじゃあ擦って落とすか」
「ごめんなさいそのままでお願いします」
ったく、とため息をつきながら手に持った洗うための網を雪菜の背に乗せる
泡を乗せるためにただ撫でるように肌上を滑らせ、腕も足も洗っていく
「前はまだですか?」
「さんざん揉んだしいいだろ」
「えー」
「注文の多い後輩様だこと…」
向きを変えさせて体の前を洗う
どうせ見えてはいない。肌が触れ合うわけではないため感触もわからない
音だけが聞こえてくる。それが一番厄介なのだが
「変わりませんね、先輩は」
「変わったと思うがな。少なくとも、敵を増やそうとはしていない」
「そうですね。かつては、壁を作りすぎて誰も話しかけませんでしたし。生徒会でも、先輩はほぼ雑用で、文句も言わずやってましたし」
「そうだな。顧問からの信頼は強かったぞ」
「その頃から自動化してましたからね。顧問の仕事を自動化して成績あげてもらってましたっけ」
「そうだな」
体の泡を流す。こればかりは音では流せたかどうかがわからない
髪は触れればわかるが、全身くまなく触れるわけにもいかないためここでようやく目を開いた
「あれ?見るんですね」
「今更お前の全裸見ても興奮せんしな。流しきったか確認するには見たほうが早い」
「まさかここまで丁寧に洗ってもらえるとは思いませんでしたよ」
「そうか。二度と俺の前で酒を飲まないでくれ、毎回こうなりそうだ」
「……」
「目を逸らすな」
雪菜に手を貸して湯船に入れてやり、要求を飲んで手を握っていてやることにした
会話していないと寝そうだったため、思い出話を続けることにする
「お前も人を寄せ付けないオーラすごかったけどな。なんだっけ、氷結魔女だっけ?」
「そうですね…。たしかに私から近づいたのは先輩だけです。近づいてくる人には侮蔑の目を向けてましたし。一部の人は何度も来てたのでMなんだなぁと思ってましたけど」
「そういう人種もいるわな。理解はするけど受け入れない」
「先輩は丸くなりましたよね。弥生さんのおかげですか?」
「それもある。が、一番はお前が俺に話しかけてきてたからだろうよ。邪険にしても、逃げても俺の近くに必ずいたしな。お前は知らないかもしれないが、契約結婚が決まったときに同級生には「彼女と同棲できなくて残念だね。でも希望はあるよ」って言われまくった」
「私も、「彼氏が隣校の人に取られちゃったね。でもチャンスはまだあるよ」って言われてました。そんな関係になったことはないのに」
「けどその頃にはお前は霊斗と付き合ってたし、結婚秒読みだったな」
「はい。もちろん、周囲の反対はありましたけど…先輩が声をかけるだけでなくなりましたし。入籍しただけで大学生活してましたしね」
「そうだったな。同棲自体は3年前からか?」
「それくらいですね。私も霊くんも、同棲してない事実に耐えきれず家を飛び出し、行き当たりばったりでマンションを借りて住みました。バイトをしながら大学に通って、二人で笑いながら泣きながら生きてきましたよ」
「それが今では家持ちか…。何がどうして家を買うになったんだ?」
「元々は1Kのマンションでしたが、卒業したときに…「子供の部屋ないね」って話をしたんです。直後に宝くじが当たって、家を買うことになりました」
「すごい運だな」
「そう思います。今までの借金…まぁ、生活費が足りなくて借りたお金を先輩に返して、できた家に引っ越して、車を買って…それでも少し余ってますよ」
「俺も親父の遺産で家建てたが、この年で建てるには早いかもな」
雪菜が握る手が強くなった
半ば無意識なのだろう
「どうした」
「…先輩。ご両親を亡くして、甘える先がなかったと思います。今まで甘えさせてもらっていた私が甘えさせるのが筋だと思ってました」
「今はその必要はない」
「そうですね…。けど、3年前…私と霊くんが同棲を始めた直後のことでバタバタしてて、先輩とはなす時間を取れず…結果的には無理をされてたかと思うと…少し、悔しくて…」
「構うもんか。お前らの幸せのほうが大切だ。親はなくしたが、全て失ったわけじゃない。今は弥生がいるし、当時は幸せそうなお前らを見て癒やされてた。だから問題ない。もっと幸せになれ」
雪菜が嗚咽する声が浴室に響き続けた
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