・7-8 第166話:「証拠」

 ケストバレーの鉱山の内部構造は、複雑だ。

 古王国時代に掘り進められた坑道とメイファ王国時代になってから新たに掘削された坑道が絡み合い、合流したり、分岐したりしている。


(地図を作る道具でも持ってくればよかったかな)


 点々と灯されている松明の明かりを頼りに進みながら、ラウルは少しだけ紙と炭を持ってこなかったことを後悔していた。

 道しるべとなるモノは、臭いだけ。

 贋金を鋳造するためには金属を溶かさねばならず、そのためには大量の燃料を燃やさなければならない。そして、鉄製の芯に金メッキを施すために溶かされた金属は、それ自体が独特の臭気を放つ。


「小夜風。お前、自分がどの道を通って来たか、覚えているか? 」


 すでに何度も分岐を通り過ぎ、その度に、臭いを追って進んできている。

 自分ではなんとか道のりを覚えているつもりではあったがやはり不安はぬぐえず、試しに足元をつかず離れず進んでいるアカギツネに小声でたずねてみると、彼は任せておけとでも言うように小さく鳴いた。


「ふふん。頼りにしているからな? 」


 直接組むのは今回が初めてだったが、すでに何度も、この善狐と呼ばれる魔獣には助けられている。

 すがるような願いと頼もしく思う気持ちで微笑んだラウルは、何度目かになる分岐で立ち止まり、スンスン、と臭いを嗅いで、また鉱山の奥へと進んで行った。

 出入口はこれでもか、と厳重であったのに、内部はあまりにも警備がザルだった。

 やはり、必ず通過する場所をしっかりと押さえておけば安全だと、シュリュード男爵は考えているのだろう。

 それでも念のため、曲がり角の先に警備の兵が配置されていることを予想してなるべく気配を消しつつ、ラウルは慎重さを崩さない。

 潜入任務は、これが初めてのことではなかった。

 そのための訓練も、彼は受けている。

 習った中でいつも忘れてはならないのは、焦らないこと、だった。

 いつ敵に見つかるかもしれないというプレッシャー。生きては帰れないかもしれないという恐怖。

 そうした感情に飲まれ、焦れば必然的に行動が雑になり、その結果、取り返しのつかない失敗や見落としをしてしまったり、敵に発見されやすくなってしまったりする。

 自身の心の状態を客観的に観察して把握し、冷静さを保つ。

 そのために、ゆっくり、静かに、深く呼吸し、周囲の音に耳を澄ませるのと同時に、自身の鼓動にも気を配る。


「!」


 やがて自身の聴覚に異音を捉えたラウルはハッとして、慌てて松明の明かりが届く場所から離れ、暗がりの中へと身を隠した。

 ———どうやら、今まで姿を見かけなかった警備の兵士とようやく遭遇したらしい。


「しっかし、男爵はよく考えたもんだよなぁ」


 聞こえてきたのは、シュリュード男爵の傭兵たちの、退屈そうな会話だった。


「この鉄くず……、プリーム[鉄]貨、っていうんだっけ? コイツに細工して、ちょっとメッキしてやるだけで、み~んな金貨になっちまうんだからな」

「まったくだ。けどよ、コイツで給料を支払われたら、たまったもんじゃないぜ。見た目は金貨そのものでも、結局はただの鉄、なんだからな」

「バレなきゃそのまま使えるけど、自分で商人連中にコイツで支払いをするとなると、気分は良くないよなぁ。それにしたって、昔の人間はどうして、鉄なんかをカネに使ってたんだろうな? 」

「昔は、鉄は希少な金属だったらしいからな。溶かすのに高温が必要で精錬する技術も未発達だったから、手に入れるのが難しかったらしい」

「なるほど、昔はそれだけの価値があったってことか。それで昔はここで鉄が取れたからそれで硬貨を作っていて、その余りが大量に眠っていた、と」

「そして、今は俺たちがありがたく使わせてもらっている、っていうわけだ。おかげで今日も飯を食わせてもらえている」

「だな。……さて、退屈なシゴトだけど、真面目にやっておきますか」

「うっかり男爵に見つかって、報酬を減らされたらたまったもんじゃないしな」


(説明、ご苦労さん)


 頼みもしていないのにペラペラと事件のカラクリをしゃべってくれた傭兵たちに、ラウルは内心でだけ礼を言っていた。

 彼らが会話をしている間に、犬頭は周囲の状況を見極め、少しずつ前進を再開している。盗み聞きしたおかげで事件の全容がほぼ明らかとなり、これまでの推論が証明された形ではあったが、「こういう話を聞きました」だけでは証拠として弱い。

 ———なんとしても、[物証]が必要だった。


(メッキを施す前の、魔法陣が掘られたプリーム鉄貨。偽造する途中のモノが欲しいな)


 そう考えつつそっと物陰からうかがうと、そこは今までよりも急に開けた場所になっていた。おそらく坑道を掘っているうちにたどり着いた天然の洞窟か空洞のようで、鉱夫たちは工具などをその場で修繕するための工房に改造して使っていたらしい。木の支柱と木板の壁で周囲の岩盤を支え、炉や金床かなとこなどをそろえ、空気の入れ替えのための通気口を何本か掘削してある。

 どうやらここが、贋金作りの現場であるらしい。今までたどって来た臭いは、ここが発生源になっていて、一番濃かった。

 見張りの傭兵は、二人。

 互いに部屋の端と端に立って、双方の視界を組み合わせて死角を無くす配置にされている。

 そして二人の中間に、贋金作りに使われているのであろうプリーム鉄貨が詰め込まれた木箱があった。


(武器は、剣か……。さて、どうする? )


 あの木箱の中から何枚かでも拝借できれば、証拠としては十分なはずだった。

 ラウルはそっと、自身の得物である短剣に手をかけ、逡巡する。

 ———ここでいきなり、二人の傭兵に襲い掛かって倒すことは、不可能ではないだろう。あるいはどこかで物音を立てて敵をおびきよせている間に証拠品を奪って逃げだす、という手も考えられる。

 できれば、斬りたくはなかった。

 もちろん倫理的な問題などではない。ここでラウルが潜入工作を行い、シュリュード男爵の不正の証拠を持ち帰ったと分かるような行為をしてしまえば、報告のために王都・パテラスノープルに戻る間に証拠隠滅なり、逃亡をされてしまうからだ。


「ん? ……そうか、お前がいたな」


 その時足元に小夜風が触れ、彼の存在を思い出したラウルは、不敵な笑みを浮かべていた。

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