・1-59 第74話 「キープ:2」
源九郎に脇差の切っ先を突きつけられても、野盗の頭領は顔色一つ変えなかった。
むしろ、それを喜んでいるように、不敵な笑みを浮かべている。
「よくぞ、1人でここまで乗り込んでこられたものだ。
異国人、認めてやろう。
貴様の存在は、我らにとって完全に計算外だった」
頭領は、感心している口調でそう言う。
余裕のある口ぶりだ。
2対1で源九郎と対峙している上に、人質までいるのだから当然の態度だろう。
「安心しろ。
お前らもすぐに、他の仲間たちと同じ、冥府に叩きこんでやる」
源九郎は、返り血と土で汚れたままの顔で、不敵な笑みを返す。
確かに2対1の状況ではあったが、この場にたどり着くまでに10人の野盗を倒して来ているのだ。
その中には、相当な手練れであるだけではなく、堅牢な鎧を身につけ、攻撃力の高い武器を装備した者もいた。
そういった者たちにも源九郎の殺陣は十分に通用したのだ。
今さら、怖気づくはずもない。
「さて、冥府とやらに落ちるのはどちらかな? 」
頭領はそう言うと、源九郎のことを嘲笑った。
そして彼があごをしゃくって合図をすると、手斧を持った野盗が、その得物の切っ先をフィーナの眼前へと突きつける。
斧は、農民たちにとっては身近な存在だ。
木を切り倒したり、薪を作ったり、日常的に使っている。
だから、まだ幼い村娘でも、その威力は知っている。
自分の頭蓋など簡単に叩き割ってしまうだろうその凶器を突きつけられて、フィーナは恐れから表情を青ざめさせ、そして、それ以上見ていたくないと、きつく目を閉じていた。
「こちらには人質がいるのだ。
手荒なことをされたくなかったら、大人しく武器を捨てるがいい」
フィーナを脅す野盗の姿を目にしてさすがに血相を変え、険しい表情を作った源九郎に、頭領は冷たい声でそう要求した。
人質を盾にされてしまう。
恐れていた事態だったが、こうなることは予想できてもいた。
「あんた、元騎士なんだってな? 」
源九郎はすぐに武器を捨てることはせずに、そう言って頭領を挑発する。
頭領たちにフィーナを傷つけさせないために、こちらを攻撃するように仕向けたかった。
「それが、そんなちっちゃな女の子を捕まえて人質にして。
村の人たちを散々苦しめた挙句に、焼き討ちまでして。
騎士道ってもんは、どうなっちまったんだ?
騎士っていうのは、名誉をすごく大切にしないといけないんだろう?
あんただって、かつては主君に忠義を誓い、騎士としての道を踏みさずに生きると決めたはずだ。
その決意は、いったいどこにやっちまったんだ!? 」
その源九郎の言葉にも、頭領の、かつて騎士と呼ばれていたことがあるはずの男の表情は変わらない。
「お
フィーナに斧を突きつけている野盗が、小さな声を
少女を人質とすることを不名誉だと
しかし、頭領のゆるぎない表情を確認すると、すぐに野盗も視線を源九郎へと戻す。
頭領の考えが変わらないのを見て、今さらのことだと思ったらしい。
(なんとか、注意をこっちに向けさせねぇと! )
フィーナを傷つけさせるわけにはいかない。
そして、このまま野盗たちを見逃すわけにもいかない。
源九郎はなんとか頭領たちの矛先を自分へと向けさせようと、挑発の言葉を続ける。
「どうやら、アンタらには名誉とか誇りとか、そういう気持ちは残っちゃいないようだな?
それも、そうだろうさ。
この俺たった1人に、他の仲間はみんなやられちまったっていうのに、少しも気にする素振りもねぇもんな?
おい、そこのアンタ。
手斧を持ってる野盗さんよ?
アンタ、このままその男について行っても、いいことは何もないぜ?
他の野盗どもと同じで、用済みになったら捨てられるか、必死に戦って怪我をしたり命を落としたりしても、眉一つ動かしちゃもらえねぇ。
名誉という言葉にちらりとでも反応を見せた野盗の方が、まだ説得できるかもしれない。
そう考えた源九郎は話の矛先を頭領から変える。
しかし、今度は野盗の方も表情を変えなかった。
頭領の冷酷さは間近で見ているはずなのに、このまま彼につき従って行くことに迷いはないらしい。
「チッ、どっちも、大の男がそろいもそろって、腰抜けかよ! 」
なかなか挑発に乗ってこない。
そのことに焦りを覚えながら、源九郎は
「2対1で、お前らは完全武装でいるのに、人質なんか取りやがって!
どうした? 俺はこの通り、なんの防具も身につけちゃいない。
武器と言えば脇差が一つだけ!
そんな相手にビビり散らして、女の子を盾にしないといられないなんてな!
名誉だの、誇りだのの以前に、自分で自分が情けないとは思わねぇのか!? 」
「たわごとは、それまでにしてもらおうか」
源九郎がなおも口汚く野盗たちを挑発しようとした時、続きの言葉を頭領が断ち切った。
彼は自身の剣を見せつけながらフィーナへと突きつけ、そして、その髪を数本、切って見せる。
「我が忠義を果たすために……、誇りなど、とうに捨てたのだ」
表情を強張らせる源九郎に、頭領は静かに言う。
「貴様がいかに挑発しようと、無意味だ。
武器を捨て、その場に
従わなければ、この娘を……、殺す」
それは断固とした、少しの迷いも揺らぎもない言葉だった。
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