・1-38 第53話 「ある村の運命:1」
自分のことは、どうなってもいい。
だから、村を、大切な家族を、救って欲しい。
長老とフィーナは、その、まったく同じ思いを抱いていた。
そしてそれ故に、悲痛な決断を下した。
「……フン、面白い」
野盗たちの頭領は、フィーナの願いを聞くと、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべていた。
フィーナは、村を、長老を助けてくれるのなら、自分が奴隷として売り飛ばされてもかまわないと言った。
そして奴隷とは、なかなかいい値段で売れる[商品]だ。
若く健康な奴隷ならば肉体労働や家事の手伝いなど、様々なことをさせることができる。
フィーナのようなまだ幼い子供であっても、奴隷としての需要は高い。
大人よりも食い扶持が少なくて済むし、力のない子供ならば、抵抗されても簡単に取り押さえることができるのだ。
(どうせ、この村は見限るつもりだった。
……この娘が自ら奴隷となるというのなら、決して悪くはない)
頭領は頭の中で、フィーナの価値と、村に残すこととなる種の価値とを
手下の野盗たちは、なにも言わなかった。
ただ、期待するような視線で頭領のことを見つめている。
その視線を感じながら、頭領は口元のせせら笑いを深くする。
奴隷として売り払うのに当たって[傷モノ]だと価値が下がることもあるのだが、しかし、ここでうっ憤の溜まっている手下たちにガス抜きをさせるのも、決して悪い選択ではなかった。
「……いいだろう。
娘、こちらに来い。
代わりに、貴様らに作物の種を半分、残しておいてやる」
やがて頭領は上から見下すような口調でそう言った。
「……っ」
フィーナはその頭領の言葉に、ピクリ、と肩を震わせる。
覚悟はしていたが、実際に[そうなる]とわかると、やはり恐ろしいのだ。
だが、フィーナは頭領に言われた通り、野盗たちに向かって進み出る。
「ふぃっ、フィーナっ!
たっ、頼むっ、待ってくんろっ! 」
そのフィーナに、長老は取りすがった。
「そんなっ、奴隷になるだなんて、早まったことは言わねぇでくんろっ!
お
オラは、お
村のもんらも、誰も、そんなことは望んじゃいねぇっ! 」
地べたに這いつくばるようになってフィーナにすがりながら、長老は必死にそううったえかける。
だがフィーナは、静かに首を左右に振って見せるだけだった。
「長老さま。
みんなが、本当にそう思ってくれてたってこと、おらはよくわかっとるだ。
だけんど、おらは、
誰の子供でもねぇ。
この村の……、みんなの、子供なんだべ」
フィーナは、長老に向かって笑って見せる。
それは自身の恐れを覆い隠し、長老を安心させるような、強がった気丈な笑顔だった。
「だから、長老さま。
おら、行くだよ」
そしてフィーナは、長老の手を振り払った。
「ふぃっ、フィーナっ! 」
取り残された長老は、悲痛な声で彼女の名を呼ぶ。
こんなことは、あってはならないことなのだ。
いったいなんのために、自分自身の命を投げ捨ててでも、と、そう決意したのか。
すべては、村のために。
そして、これまで家族として過ごしてきた、フィーナのためだった。
貧しい村だったが、この村には1着だけ、美しいドレスがある。
村の若い男女が結ばれ、結婚する際に使われる、花嫁衣装だ。
なにもない村にとって、結婚式は村全体でお祝いする、盛大なイベントだった。
若い男女がこれから幸福に家庭を築いていけることを願い、祝福し、そして日頃の貧しさを忘れて、その日だけは好きなだけ酒を飲み、ご馳走を食べ、歌って踊るのだ。
そしていつかは、フィーナもその花嫁衣裳を着るはずだった。
今は亡き長老の妻も着て、戦争に連れていかれたまま帰らない息子たちの花嫁も身に着けた、その、美しい衣装を。
褐色の肌を持つフィーナには、その白い花嫁衣装はさぞや似合うのに違いない。
そしてその空想の中で、美しく成長したフィーナは幸せそうに微笑んでいるのだ。
その幸せのためになら、この命をかけることなどどうということもない。
だからこそ長老は、自分の命と引き換えにしてでもこの村を守るという決断をすることを迷わなかったのだ。
それなのに。
目の前でフィーナは、自らを犠牲にしようとしている。
「おっ、おカシラ様っ!
たっ、頼むっ、お
オラのことは、どうしてくれたってかまわねぇっ!
煮るなり焼くなり、好きにしてくんろっ!
けんど、フィーナだけはっ!
フィーナだけは……っ!! 」
フィーナを引き留めるために。
村のために犠牲になろうという彼女の決意を変えるために。
長老はなりふりかまわず、必死に、涙をこぼし、土にまみれながら額を地面にこすりつけるようにして
しかし、野盗たちの誰も、その長老の様子に心を動かさなかった。
同情することもなく、むしろニヤニヤと、嘲笑っている。
「長老さま……」
あまりにも必死な長老に、フィーナは一瞬だけ立ち止まって振り返った。
自分とは血のつながりもないのに、これだけ真剣になってもらえることが嬉しかったし、両親を失って天涯孤独の身となった自分にも家族がいたのだと知ることができて、心の中が暖かくなるのを感じる。
しかし、だからこそフィーナは、長老に背中を向けた。
誰にも受け入れられることなく、村にとっての厄介者として死にゆくはずだった自分。
飢えか、病か、それとも野犬に食われるか。
人知れず消えて行く運命であったはずの自分を、長老とこの村の人々は暖かく迎え入れ、
その、幸せな日々。
たとえどんなに貧しくとも、いつまでも忘れたくない、これからもずっと続いて欲しいと思える日々。
その日々を、守るために。
フィーナは迷わなかった。
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