・1-27 第42話 「要求:2」

 村で今年植えるために取っておいてある種を、差し出せ。


 その頭領からの要求に長老は双眸そうぼうを見開いて驚愕きょうがくし、次いで、険しい表情で唇を引き結んだ。


 種とは、今さら言うまでもないことだが、ありとあらゆる作物の元となるものだ。

 その種を耕した畑に植え、季節に応じて適した世話をしてやることで農民たちは多くの収穫を得て、自身のみならず農民以外の仕事をしている人々の食を支えている。


 その、種がなくなってしまえば、どうなるのか。


「じょ、冗談でねーですだよ、アンタっ! 」


 野盗たちの要求がなにを意味しているのかを理解した長老は、その表情を青ざめさせながら叫んだ。


「種まで取られちまったら、オラたちいってぇ、畑になにを植えりゃいいんだべさっ!?

 そんなことしたら、とってもこの先、食っていけねぇぞっ!! 」


「作物がないのなら、狩猟や採集で生きて行けばよいではないか」


 血相を変え、必死に訴えかける長老を前にしても、頭領は動じない。


「これから本格的に春が訪れ、ついで夏、そして秋となるが……、幸い、食べられる動植物は豊富に得られる季節だ。


 それを食べて行けば、お前たちが飢える心配はない。

 種などなくとも、生きていくことはできよう」


「バカ言っちゃいけねぇ!


 そしたら、オレら村のもんは、どやって冬さ越せばええんだ!? 」


 そんな理屈が通じるものか。

 長老は、自分が丸腰で、相手は武器を持っている上に手練てだれなのだということも忘れ、興奮した様子で叫ぶ。


「そりゃ確かに、こっから秋ぐれぇまでは、麦がなくってもなんとか生きていけるだよ!

 けんど、その後はどうなんだ!?


 冬になれば、食えるもんは少なくなる!

 獲物だって、好きなだけとれるわけじゃねぇ!


 麦がなかったら、オラたち村のもんはみんな、飢え死にしちまうだよ! 」


 種を失ってしまえば、村人たちに待っているのは、死だった。

 暖かな季節ならば狩猟と採集で食いつないでいくことは不可能ではないはずだったが、しかし、冬になれば植物は枯れ、食料として得られる量は大きく目減りするし、獲物もとればとるほどその数を減らしていく上に1か所にじっとしているわけでもないため、必要なだけ得られるという確証はない。


 麦を植えて、それなりの量が収穫できなければ村は来年の春まで存続できない可能性が高いのだ。


「知ったことか、そんなことは」


 村の全滅という未来を避けるために必死にうったえかけてくる長老を、野盗たちの頭領は嘲笑した。


村長むらおさよ、なにを勘違いしているのかわからぬが、我々が命に背いた者を処断したのは、貴様ら村人のためなどではない。

 命令違反を犯した、その罪のためだ。


 貴様ら村人は、殺されたくなければ、我らに食料を提供し続けるしかないのだ」


 その頭領の言葉に、長老は押し黙る。


 命が惜しければ、大人しく種を差し出せ。

 しかし、それを差し出してしまえばいずれにしろ、この村は来年の春を迎えることができない。


 頭領の要求を飲もうが飲むまいが、この村の運命は決まってしまうのだ。


「アンタ、オラたちに死ねって、そう言ってるんだぞ!? 」


 野盗たちとできるだけ話し合いで解決する。

 そう長老は考えていたのだが、さすがに我慢がまんならなかったのか、その声には怒りの感情がこもっていた。


「第一、オラたちが種を植えて作物さこさえなかったら、アンタらにやる食いもんも作れねーんだぞっ!?

 そうなったら、アンタらも飢え死にするしかねーんだ! 」


「フン、そうなったとしても、我々は別の地域に移動すれば良い」


 だが、頭領はまったく取り合わない。


「なんなら、村長むらおさ

 お前たちが種を差し出すというのなら、我々は今すぐにでも移動してやってもいい。


 どうせ、お前たちをしぼり取ったところで、ロクなものは得られない。

 この半年で、それがよくわかった。


 我々はここらで、もっと実入りのいい土地を探させてもらうとするさ」


 種さえ差し出せば、野盗たちはこの村を去るかもしれない。

 それは魅力的な部分もある提案だったが、しかし、野盗たちが去ったところで、種を失った村はやはり、冬を越すことはできない。


 この村がこれから先も生き残っていくためには、種を差し出すという要求は飲めるものではなかった。


「おカシラさんっ、おねげぇだっ! 」


 長老は手に持っていた杖を投げ出すと、その場にひざまずいて野盗の頭領を見上げ、懇願こんがんしていた。


「せめて、せめて種の半分は村に残してくんろっ!

 そうすりゃ、冬だけでもなんとか越せるだっ!


 今まで、オラたちはアンタたちの言うとおり、なんでも差し出して来たでねぇか!

 そんな無体むたいなこと、言わねーでくれろっ! 」


「くどいぞ、村長むらおさ


 涙ながらに哀願する長老に返答する頭領の言葉は、冷たい。

 少しの同情心も感じさせない、有無を言わせぬものだった。


「明日の朝、また食料を取りに戻ってくる。

 それまでに、どうするかを選ぶのだな。


 我々に食料を差し出し、せめて冬まで生き延びるか。

 それとも、拒んで、我々に明日、皆殺しにされるか……」


 すると、頭領の配下たちはみな、それぞれの武器に手を添え、その存在を誇示するようにカチャカチャと音を鳴らした。


「せいぜい、よく悩むことだ」


 そして頭領は一方的にそう言い捨てると、馬首を返し、村を去っていった。


 その後ろ姿に、長老はなおも慈悲を請うて何度も何度も声をかけたが、しかし、野盗たちは1人も振り返らない。

 後には、自身の無力さに打ちひしがれて地べたに這いつくばった長老と、村の過酷な運命に戦々恐々として震えることしかできない村人たちだけが残された。

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