・1-20 第35話 「宴、貧しくとも」

 神が言っていた[シナリオ]とは、いったいなんなのか。

 源九郎にこの村の惨状を見せることで、神はどうしようと考えているのか。


 そう考え込み、しかめっ面をしていた源九郎の前に突然、トン、と木製の深皿が差し出される。


 深皿の中からは、盛んに湯気が立ち上っている。

 その下にあるのは、どうやらかゆのようだった。


「はい、おさむれーさま!

 おかゆができただよ! 」


 突然目の前にあらわれた料理に驚き、きょとんとしている源九郎に、フィーナが明るい声で言う。


 それで源九郎は、自分が今、フィーナを救ったお礼にと、長老たちから歓迎を受けていた最中であったことを思い出していた。


「あ、ああ、ありがとうな、フィーナ」


 源九郎はフィーナにぎこちない笑みを返す。


 自分は、1人の村娘を救った。

 まさに、思い描いていたサムライのように!


 そんな風に自分を誇らしく思い、いい気分だった源九郎だが、すでにそんな気分はとこかに消え去ってしまっている。


(俺は、ちっとも、この子を助けることなんかできてねぇ)


 村の惨状を知ってしまったあとでは、フィーナを村まで連れて帰って来たところでなにか意味があるのかと思ってしまうのだ。


 野盗はきっと、これからも村から略奪を続けるだろう。

 国家権力が介入して来ず、村人たちに抵抗する術がないと知っているのだから、彼らは躊躇ちゅうちょなどしないだろう。


 もし村人たちが懸命に生きている善人だからと言って憐れむような心根を持っているのなら、そもそも彼らは野盗などしていないはずだからだ。


 今回は、たまたま源九郎が通りかかったから、フィーナを救うことができた。

 しかし野盗たちが存在し続けている以上、また、彼女はさらわれるかもしれない。


 その時にまた、救うことができるのか。

 たとえ源九郎がこの村にい続けるのだとしても、難しいと言わざるを得ない。


 そう考えると、自分はなにも救ってなどいなかったのだと、思い知らされる。


「さ、おさむれーさま、そんな難しそうな顔してねーで、食べてくんろ!


 今日は、わらも、おがくずも混ぜねで、麦だけでかゆさ作ったんだ! 」


 ぎこちない作り笑いは一瞬で消え去り、険しい表情でフィーナのことを見つめてしまっていた源九郎に、彼女は屈託のない笑顔で言う。


 だが、その表情に、違和感があった。

 まだ幼いとはいえ、彼女はこの村の現状をよく理解しているはずだし、いつまた、自分が野盗たちにさらわれるかもしれないということも知っているはずだ。

 そして、また捕まってしまったらどうなるかということも、分かっているだろう。


 それなのに、こんな風に笑っている。


(俺のために、無理、してんだろうな……)


 源九郎はフィーナのことをまだよく知らなかったが、そうに違いないだろうと思った。

 なぜならフィーナは、暗くなったその場の雰囲気を吹き飛ばそうとでもするかのように、わざと明るく振る舞っている様子だったからだ。


「さ、長老さまも!

 食べてくんろ!


 今日はなんと、お代わりもできるんだべ! 」


「おお、そいつは、ほんにおごっそだぁ……!

 麦だけのかゆなんて、いつぶりだんべな! 」


 麦粥むぎがゆの入った深皿と一緒に木製のスプーンをテーブルの上に並べながら笑っているフィーナに、長老もあえて大げさに、はしゃいだような声をあげる。


 2人とも、源九郎に気を使っているのだ。

 フィーナを野盗たちから救ってくれたことに対して本当にささいなお礼しかできないのだから、せめて心おきなく食事を楽しめるように、明るい雰囲気を作ろうとしてくれている。


(なら、俺がしかめっ面をしているわけにはいかねぇな……)


 だから源九郎も、できる限りの笑顔を作ることにした。

 辛く苦しい現実を今だけは忘れて、源九郎に精一杯楽しんでもらおうとしている2人の気づかいを無駄にすることなどできないからだ。


 食卓の準備は、すでに整っている。

 メニューは、季節の野草やキノコなどが入っている麦粥むぎがゆ

 ただそれだけだ。


 だが、それは真実、長老とフィーナにとっては精一杯の[ごちそう]なのに違いなかった。


 ちらりとフィーナが言っていた。

 これは、わらも、おがくずも入っていない、麦だけのかゆなのだと。

 つまり、普段はわらやおがくずで水増ししたかゆで飢えをしのいでいるのだ。


 源九郎は、フィーナが食卓に着くのを待ってから、彼女が用意してくれた心づくしの料理に対し両手を合わせて、しばし沈黙する。

 それがどれほどの価値を持った[もてなし]なのかを、噛みしめる。


 その源九郎の姿を、長老もフィーナも、物珍しそうに眺めていた。

 だが、どうやらそれが食前の祈りであることに気づくと、2人も厳かに身体の前で両手を組んで、この地域の習慣に従って祈りをささげた。


「いただきます」


 やがて源九郎はそう言うと、スプーンを手に取り、かゆを口へと運ぶ。


 それは、素朴な、そして食べなれない味わいのかゆだった。

 味は塩だけで、野草やキノコから出た出汁と混ざり合ってはいても単調なものだ。

 燕麦を押し潰して乾燥させたものを水で煮込んだかゆは、米のかゆとはまた違った食感と味がする。


 だが、それは暖かく、源九郎の体の中に染みこんでくるようだった。

 思わず目頭が熱くなり、涙がにじむほどに。


 この人たちのために、自分にできることは本当にないのか。

 源九郎は考えまいとしても、その思いを忘れることができなかった。

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