・1-18 第33話 「野盗たち:2」

「旅のお人。

 まさか、野盗どもを退治しようだなんて、考えてねぇべな? 」


 源九郎が口元に浮かべていた不敵な笑みに不穏なものを感じ取ったのか、長老は心配そうにそう問いかけて来る。


「いやぁ、まぁ……、少し」


わりいこたぁ言わねぇ、そんなことはおやめなさるべきだ! 」


 源九郎は、(あの程度の相手なら……)と、自信があった。

 相手が10人以上いるとしても、数人痛めつけてやれば逃げていくだろうと思うのだ。


 だが、長老は源九郎の考えを知ると、血相を変えた。


「そりゃ、野盗どもを退治してくれんなら、オラたちにとってこれ以上のことはねぇ。

 だけんど、あんまりにも、無茶な話だ! 」


「いやいや、俺の腕にかかれば、あんな奴ら……」


 しかし源九郎は、長老がなぜ慌てているのかが理解できない。

 あっさりと野盗どもを追い散らした後で、少し調子に乗っているのだ。


「旅のお人、確かに、あんた様はおつえーのかもしんねぇ。

 だけんど、フィーナをさらっていったんは、ありゃ、ただの下っ端なんだ。


 野盗どもの中には、兵隊崩れの連中がおるんだ。

 それも、カシラは、元は騎士様だっていうだ!


 下っ端どもよりずっと腕も立つし、戦い方だって知ってんだ。

 いくら旅のお人がお強くったって、1人で野盗退治なんて、死ぬだけだっぺ! 」


 長老は、フィーナの恩人である源九郎の身を本気で案じてくれている様子だった。

 そしてその言葉に、源九郎は反論できずに押し黙る。


 森の中の小屋で戦った野盗たち程度が相手なら、10人でも20人でも、相手にできると思っていた。

 しかし、実戦経験があり、本格的な訓練を経験している兵士くずれや、それこそ、戦うことが本職の騎士がいるとなれば、まったく話が変わってくる。


 彼らは戦い方を心得ており、互いに連携すうことも知っているだろう。

 ただ単純に猪突猛進して来た3人組の野盗たちとは、まるで違う。


 そしてその中にいるという、元騎士。

 たった1人ではあったが、それは、強敵となるはずだった。


 日本の武士と比較されることもある騎士だが、その在り方は大きく異なっていても、その根本が戦闘のプロフェッショナルであることは共通している。


 武士とは元々、貴族たちが所有していた荘園などの財産を警護したり、各地の治安を守ったりするために生まれた階級であり、その本質は戦うことだ。

 武士道のことを弓馬の道と言い換えることもあるが、これは、武士が戦うために生まれたという性質を物語っている。


 そして騎士もまた、戦闘に特化した階級の人々だ。

 貴族たちは騎士を任命し領地を与え、騎士はその領地を治める代わりに、主君たちから課せられた軍役を果たす。

 彼らもまた、有事の際に武力を持って奉仕することに存在意義があるのだ。


 実際に戦ってみなければ、野盗たちのカシラをしている元騎士がどの程度の実力なのかはわからない。

 案外、ただのハッタリで、野盗たちが村人たちを脅すためにそう自称しているだけかもしれない。


 だが、もしも本当に、騎士としての実力を備えていたとしたら。

 それは、源九郎が殺陣たてを身につけるために師事して来た、武道家たちと同様の実力を兼ね備えているかもしれないということになる。


 1対1の戦いであれば、源九郎は互角以上に戦う自信があった。

 しかし、配下がいるとなると、確実に勝てるという自信はない。


「なお悪いことに、野盗たちは、弓も持ってんだ」


 押し黙ってしまった源九郎に、長老は念押しするように言葉を続ける。


「数は多くはねぇ。

 けんど、野盗どもはご領主様の城に居座ってんだ。

 城壁の上から狙い撃ちにされたら、旅のお人でもかなわねぇべ」


(弓まであるのか……)


 源九郎は悔しそうに顔をしかめる。


 剣術での勝負なら、自信がある。

 だが、飛び道具が相手となると、正直に言って不安しかない。


 長老が言うように上から弓で狙われたら、反撃もできないし、一方的に攻撃され続けることとなる。

 地上で他の野盗たちと戦っている時に矢が飛んで来たら、たまったものではない。


 しかも源九郎は、鎧の類を一切、所有していない。

 弓の種類によっては鎧を貫通できるほどの威力はなく、鎧さえ身につけていれば無効化できることもあるのだが、その鎧がそもそもないのだから、どんな弓で矢を放っても源九郎は大きなダメージを負うことになってしまう。


 たとえ弓使いが1人だけしかいなかったとしても、それは十分すぎる脅威だった。


(長老さんの、言うとおりだ……

 俺1人だけじゃ、どうにもならねぇ)


 源九郎は、その事実を認めざるを得なかった。


「旅のお人。

 お気持ちは、えれぇ嬉しいだよ。


 けんど、アンタはフィーナの恩人なんだ。

 ただでさえ十分なお返しもできねぇのに、命までかけてもらおうなんざ、とってもできねぇこった。


 なぁに、オラたちはオラたちで、なんとかやっていくべさ。

 今までも、ずっとそうやって生きて来たんだ」


 村人たちを自力では救えなさそうだと知って落胆している源九郎に、長老はそう言って笑顔を見せる。


「けんど、ほんにありがとうな、旅のお人。

 オラたちのために、野盗たちと戦おうと思ってくださって。


 それだけでも、十分、嬉しかっただ」


「ええ……。

 お力になれそうもなくて、残念です」


 長老のその言葉に源九郎も微笑み返して見せたが、しかし、その心は苦しさで痛いほどだった。


 立花 源九郎。

 己の刀で運命を切り開く、サムライ。

 弱きを助け、悪をくじく、ヒーロー。


 そんな自分になりたかったのではないのか。


 なのに、自分には村人を救うことさえできない。


 その事実を知って、源九郎は悔しかった。

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