第4話

 が、特に何かされるわけではなかった。いや、まさぐられてはいるが。

 男の腕の中に収まったまま、冬樹は色々と話をした。

 男の名はクトーと言うらしく、この世界でたった一頭の劫火の竜なのだとか。劫火の竜とは火竜よりも強い火気を纏った存在であり、体温が異常に高いせいで触れたもの全てが発火してしまうそうだ。


 「シャラント?つったら国交断絶してる西の島国だったか」


 冬樹は異世界にでも来てしまったのかと思っていたが、同じ世界だった。特殊なのは今、冬樹がいるロクッツ大陸や、他の大陸ではなく冬樹の故郷であるシャラントのほうで、機械文明の発達に伴い妖精や竜などの存在が殆ど居なくなってしまっているうえに、国交断絶しているせいでそれらが神話や物語の存在にされてしまっていたのだ。


 「なんで私、あんなところにいたんだろう」


 クトーの腕の中、背中にじんわりとした熱を感じながら首を傾げる。


 「しらね」

 「そりゃそうだ」


 ちなみにクトーは冬樹の胸を揉み拉いている。抵抗する気が失せたので冬樹はクトーの好きにさせていた。クトーに触れる存在が皆無だったせいで、彼は人のぬくもりや柔らかさを知らないそうなのだ。


 (つまり童……)


 話を聞いた瞬間に思ったが、それは言わないでおいた。


 「お前の服作んねぇとな」


 冬樹が身につけていた服は、短パンを残し全て焼失していた。あの時は寒さで頭まで凍りかけていたので気付いていなかったが、Tシャツは最初に抱きついたとき、パンツはうとうとしている間にクトーがズボンを脱いだせいでクトーの地肌がパンツに触れ燃えてしまったらしい。

 クトーが石の家に住んでいるのは、この石だけが唯一クトーの熱に負けないかららしい。普通の石ではマグマのように熔けてしまうらしいのだが、クロッツ大陸にある石だけはクトーが本気を出さない限り大丈夫なのだ。つまり本気を出せば熔けてしまうと言うことだが。


 「ほっ」


 クトーが冬樹を抱きかかえベッドから降りる。器用に冬樹を抱きかかえたまま皮袋を手に取り、最初に冬樹が座っていた椅子の前に腰掛ける。

 皮袋から取り出されたのは石のみで出来たトンカチ。それを椅子に置くと、腕を冬樹の顔の前に伸ばす。


 「?」


 冬樹が何事かと思って見ていると、じわじわとクトーの腕が変化し人の肌とは違うモノになった。それは赤黒い鱗に覆われた腕だった。

 おもむろにその鱗の一枚を掴み引き抜く。

 ベリッと音がして剥がれたそれに、冬樹は「いたっ」と自分が感じたわけでもないのに呟いた。


 「痛くないの?」

 「あぁ?別にこのぐらいなんともねぇよ。ヒゲ抜くほうがイテェかなぁ……」


 冬樹の疑問に応えつつ、クトーは引き抜いた鱗をトンカチで叩き始めた。


 「何してんの?」

 「鱗伸ばして布地にすんだよ。そこにある袋も、俺が着てた服もそうやって作ってんだ」

 「ほへー」


 冬樹は感心して頷く。


 「俺の熱に耐えられるのは俺の鱗だけだからな。お前も服ねぇと困るだろ?」


 確かにその通りなので、冬樹はクトーが鱗をトンカチで叩いてなめす様をボーっと見ていた。

 鱗一枚でかなり広がるらしく、クトーの腕の中でうとうとしている間に服が二着は作れそうなほどの面積になっていた。


 「これでいいだろ」


 クトーが広げ終わった鱗をくしゃくしゃと丸めたり伸ばしたりを繰り返す。柔らかさを確かめたらしい。


 「後は、っと……」


 冬樹が何をするつもりなのだろう?と布になった鱗を見つめていたら、急に頭上でブチッと音が響いた。

 見上げてみるとクトーに立派なヒゲが生えている。猫のヒゲのようなそれをブチブチと数本抜いていた。


 「痛い…んだよね?」


 さっきそう言っていたはずだと思うが、クトーは平然とした表情で尚もヒゲを抜き続けている。


 「イテェっつっても、多分人間が髪の毛抜くのとそー変わんねぇんじゃねぇの?」


 納得の例えに、ふむと冬樹は頷く。

 ブチブチと抜いたヒゲを脇に置くと、今度は小さなナイフを取り出して適当と思える手捌きで布を裁ちだした。


 「鱗って硬いんだと思ってたけど、ここまでぺちゃんこにするとさすがに簡単に切れるんだね」


 「ちげぇちげぇ。このナイフが特別なだけだ。普通の刃物で切ろうとしても俺の鱗だぜ?切れねぇよ」

 「ふん?」

 「このナイフと、あそこにある剣は俺の牙で出来てんだよ。鱗も硬ぇが、牙のほうが鋭いからな」

 「ほー」


 牙と言うことはつまり歯な訳だが、抜いてもまた生えてくるのだろうか?と疑問を持つ。


 「生えてくっから」


 声に出したわけでもないのにそう言われて、驚く。


 「さっきから質問攻めだからな。次聞かれそうなことぐらいわかんだよ」


 驚いた態度にこの返答なので、冬樹は思ったより聡いんだなぁとクトーに対し少々失礼な感想を抱く。しかしさすがにそんなことを思われたとは思っていないクトーは、鼻歌でも歌いだしそうな機嫌で裁った布を縫い合わせ始めた。多分、針もクトーの牙で出来ているんだろうなぁと冬樹はぼんやりと思った。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 意外や意外、適当に見えてクトーのセンスは優れていた。

 首元までしっかりと覆われたハイネックに、タイトなパンツ。フード付きのコートに膝下までのロングブーツ。手袋もピッタリ手に合う。

 しかも、鱗の効果なのか断熱性に優れていて中々温かい。


 「クトーってすごいねぇ」


 難を言えば染色が出来ないせいで全身ワインレッドに統一されてしまっている。しかし、それを見越してのデザインらしく、違和感は無い。


 「俺はまわりのもん全部自分で用意しねぇといけねぇからな」


 得意げな様子のクトーは、何故かまた鱗をなめしている。腕に冬樹を抱えていないからだろう、先程より作業ペースは上がっていた。


 「今度は何作ってんの?」

 「あぁ?俺はかまわねぇけど、お前にあの石のベッドじゃイテェだろ?」


 あぁ、と頷きかけてハタと気付く。何故か泊まることを前提に話がされていることに。


 「いや、服も作ってもらったし、私帰ろうと思うんだけど」

 「あ?」

 「だから、シャラントに帰ろうかと」

 「あぁ?」

 「かえ……」

 「帰さねぇよ?」

 「え?」


 陸続きでは無いにせよ、異世界と言うわけじゃなかったのだから帰ることは可能なはず。だから冬樹は服を作って貰えたら帰るつもりでいた。もちろん、助けてもらったことと服を作ってもらったお礼はするつもりだ。


 「言ったろ?俺に触れる奴なんていねぇって。やっと触れられる奴に出会えたのに帰すわけねぇだろ?」


 さも当然であるかのように言われて、冬樹は軽く混乱してしまう。


 「え?」

 「だから、お前はずっと俺と一緒にいりゃいんだよ」

 「はひ?」

 「あー、あれだ」


 クトーがトンカチを置いて立ち上がると、冬樹の肩に手を置く。


 「お前は俺の伴侶な。俺が夫、お前が妻。つまり夫婦。結婚。わかったか?」

 「……はひ」


 つい、うっかり、思わず、不用意に、冬樹は頷いてしまった。


 「よし」


 クトーは満足そうに頷くと、冬樹が快適に睡眠を取れるよう、布団作りにせいを出した。

 その様子を硬い石のベッドに腰掛けながら冬樹は見るとも無しに見ている。


 (これ、ダメじゃね?)


 と思いながら。

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