第2話

 「ささ、さう、ぅい……」


 冬樹が着ていたのはTシャツに短パン。薄着でぬくぬくと寝るのが何よりの至福だったのだが、そのせいで今は死ぬほど寒い思いをしている。

 男に通された石作りの家っぽいものはとても簡素だった。

 石を積み重ねたのではない。大きな岩の中身を取り出した、と表現するのがぴったりだった。接合部が無く、作りとしてはかまくらを真四角に作ったと言えばわかりやすいだろうか。

 男が腰掛けている地面から一段高い広めの場所は寝台と思われる。この家を切り出すときにそのまま造詣したのだろう。家と繋がっているただの石だ。布団も毛布もありはしない。

 冬樹が座らされた椅子も石を切り出しただけのもの。一つしかないその椅子の前にはかまどでもあればいいのに何も無い。


 「し、しぅ……」


 体をちぢ込ませてなんとか熱を逃さぬよう努めるがそれこそ無駄な努力だった。



 『死にたくないなら付いて来い』



 そんなニュアンスの言葉を発しておいて、暖房も無く体にかけるものも貰えない。

 助けようと思ってくれたんじゃないのか?ふざけんな、死んじまう!

 理不尽な怒りが込み上げるが、どうすることも出来ない。

 この場所には本当に何も無いのだ。あるのは石のベッドと石の椅子。床には皮袋が一つ落ちているだけ。まさか、この寒さの中で一張羅と思われる男が着ている服を寄越せと言う訳にもいかない。


 (結局死ぬんじゃないの、私?)


 そう思うとじわりじわりと恐怖が湧いてきた。


 (絶対死にたくない)


 だから、この場合はどうすればいいんだろうとガタガタ震えながら考える。何も無い部屋、男が一人いるだけ。


 (………………?)


 そうか、男が一人いるじゃないか。

 冬樹はそう思った。

 雪山で遭難したときは、裸で温めあるのがセオリーのはずだ。そう思いついた。


 「ふ……」


 男を改めて見ると、どうやら男は冬樹を凝視していたようでふっと目を逸らされる。


 「…ふく……」

 「あ?」


 獰猛な獣を思わせる声で睨まれる。


 「ふ、ふく……」

 「……あぁ…」


 男が上着を脱ぐと、それを持って何故か外に行ってしまう。さび付いたかのような首を何とか動かして男を見ると、何故か脱いだ上着を雪の上に置いていた。


 「もういいか?」


 なんて呟き、腰に差していたらしい剣の柄部分で服を持ち上げると冬樹の前に差し出した。

 なぜ、わざわざ人肌に暖められていただろう服を雪で冷ましてしまうのか。しかし冬樹はそこに怒りは感じない。冬樹が求めているのは人肌に暖められた服ではなく、人肌そのものだからだ。


 「……いらねぇのかよ?」


 服を冬樹の眼前に突き出したまま男が呟く。


 「…ふ、ふ……」

 「だから、貸してやるって」


 ずずいと目の前どころか、顔に押し付けられる。


 「ちが……」


 ギギギと関節を強張らせながらゆっくり顔の前の服を払う。


 「あぁ?」

 「ふく……」

 「だぁから!」


 男の苛立った声に、冬樹も負けじと声を荒げた。


 「全部脱げ!!!」


 面食らった顔の男が、思い出したかのように口を開き……


 「あぁ!?」


 濁点をふんだんに盛り込んだ声で吼えた。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 「わっけわかんねぇ……」


 そう言いながらも、男は着ていたシャツを脱ぐ。

 現れた肢体は筋肉質で、余す所無く鍛え上げているのが良くわかった。

 男の色香を漂わせる体付きなのだが、今の冬樹にはそんなことは関係無い。生肌、人肌。抱きついてとにかく暖を取りたい。

 全部脱げと言われたが、ズボンを降ろすべきなのかどうか迷っているのだろう、ベルトに手をかけて固まっている男に、辛抱堪らず渾身の力を振り絞って抱きついた。


 「へっ……?」


 間抜けな声が響くが、冬樹には関係無い。

 ぬくい。とにかく温い。しかし、雪に濡れたTシャツを着たままだったので、べったりとして気持ち悪い。既に理性と言うものが欠落していた冬樹は一度手を離すとTシャツと短パンを脱いでしまう。辛うじてパンツは残しておいたのは一欠片ひとかけら残っていた理性によるものだろうか。

 寒さで脳の動きが鈍っていなければ、Tシャツが乾くどころか焼けていたことに気付いたはずだが、冬樹は気付けなかった。

 緩慢な動作で服を脱ぐ冬樹を、男はただ呆気に取られた表情で見つめていた。

 ボロボロと崩れたTシャツと、特に問題なく残った短パンを脱いだ冬樹は改めて男に抱きついた。いや、飛びついた。


 「うえっ!?」


 またも、男が間抜けな声を上げ、二人して倒れこむ。


 「ぬく…い……」


 ぎゅうと抱きついて、男の胸元に顔をなすり付けた。

 ほぅと安堵のため息をついた瞬間、ベリッと体が引き剥がされる。


 「お前!やけっ…やけどっ……!?」


 混乱した様子の男に冬樹は首を傾げる。


 「…やけ……ど、してねぇ……?」


 なにを馬鹿なことを言っているのだろうか。人肌でやけど等、魚じゃないんだからする訳が無いと思いつつ冬樹は男の胸に縋りつく。


 「ぬくい……」


 それしか言えない、というより言うことの無い冬樹だが、やはり空いた背中が寒くてブルリと震えが走る。

 すると、察したのか男の腕が背中に回りしっかりと抱き寄せられた。

 抱き寄せられただけなら問題は無かったのだが、徐々に力が込められ少々痛い、痛い、凄く痛いへとグレードアップしていく。それと同時に、ぬくい、あったかい、ぽかぽかと表現出来るほど男の体温が上がっていっていた。


 「痛っ…痛いっ……」

 「あっ、すまねぇ……」


 男が慌てて体を離す。離されると寒いので冬樹は縋りつく。


 「おまっ……!」

 「ぽかぽか」

 「はぁ……」


 戸惑いをため息に滲ませて、それでも今度は力を調節して男は冬樹を抱きしめた。

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