第4話
端的に言えば、騙されていなかった。
こそこそと婚礼の間に向かおうとしたのだけれど、一日で花嫁を連れてきたディルークの噂は里に広がり、家をぐるりと囲まれていた。
竜人は、もっと神秘的な存在だと思っていたので、この賑やかさに少し驚いた。
フードを取れとはやし立てられ、ディルークが頑としてそれを断るものだから、一人の竜人が風の力を使った。
私を囲むように風が立ち、フードが一瞬で空に攫われる。
「あっ……」
私が声を発した瞬間、それまで喧々囂々としていたのに、一斉に声が止んだ。そして聞こえる「うっ」の声多数。
「見、見るな!」
ディルークが静寂を打ち破ると同時に、大きな声が飛び交う。
「美しい!!」
「女神だ!」
「何で、ディルークなんだ!?」
「俺が駐在になる!」
「ディルークてめぇ、ずりぃぞ!!」
等々。最後の喧嘩腰の声を皮切りに、ディルークへの罵声が物凄いことになった。
「決めなおしを要求する!」
どこからか上がったそんな声に、周りの男の人たちが賛同し、何故か『花嫁争奪、武道大会』が開催されることになった。
「なんで…こんなことに……」
私の隣で、ディルークが項垂れる。その言葉を言いたいのは私のほうだったりもするのだけど……
トーナメント形式かと思ったら、ディルークに勝った者が優勝という、ディルークが圧倒的に不利な形式らしい。
「あの…大丈夫ですか……?」
里の、未婚の竜人男性殆どが参加するとかで、ディルークはなんと二十人を越える相手と戦わなければならないらしい。
「心配するな、シーラ、そなたの夫となるは我一人。ほかの者へなどやりはしない」
爬虫類顔でも、そんなことを言われれば胸がキュンとする。恋愛経験ゼロのなせる業だとわかっていも、私はディルークを気に入り始めていた。
「その…、頑張ってください、ね?」
そっと手を握ると、ディルークが熱い瞳で私を見つめ、しっかりと頷いた。
武道大会が始まる。
拳銃の横行するこの現代で、剣を使った戦いを間近に見ることになるとは思って居なかった。
しかし、どうやら弱い子順に戦っているらしく、ディルークは順当に勝ち進んでいた。
「力だけは、この
私の傍にいた、竜人の女性がそう話しかけてくる。
「そうなのですか?」
「そうよ~」
と、応えたこの人、私に似てる。竜人さんたちを見て爬虫類顔だー!と最初は驚いていたけれど、よくよく考える…までも無く、私は爬虫類顔だった。だからこそ、美しいと言ってもらえたらしい。
「力の強いものが族長になる決まりでね、本当はあいつが次期族長だったのよ?」
「え?」
「それが、顔が顔だから嫁の貰い手が付かないままあの年まで行っちゃって、嫁の無い男じゃ族長になれない
「はぁ……」
(つまり、ディルークは不細工で、嫁が貰えないから人間を娶ろうとしたってことよね?それって、不細工で、嫁の貰い手が無かったから、竜人に嫁げないかと考えた私と、凄く似た状況じゃない……)
なんとなく、波長があうような気がしたのは、本当に同志だったかららしい。
「年と言うのは……?」
「あぁ、あいつあんた達の年齢で言えば六十行ってるわよ」
「え、えぇ!?」
私が大声を出すのと同時に、歓声が上がった。どうやらディルークが十三人目の挑戦者を倒したらしい。
「まぁ、あたし達で言う所の三十くらいだから問題無い無い」
「そ、そうですか……」
ディルークがこちらに向かって手を振るので、それに応える。
「あいつったら、わかりやすいわよねぇ」
「何がですか?」
「だって、いつまでも変身したままでさ」
「あぁ……」
確かに、竜人の里に戻ってきたと言うのに、ディルークは変身を解いていない。
「あいつ、マジぶっさいくよ?だから、あんたに本当の姿見せたくないんでしょうね」
笑えるー!なんて良いながら、本当にカラカラ笑う。
なんか、ちょっと悲しい。私も自分の町に帰ればそういう風に笑われていた立場だから。
「それが、こんなに美しい子をお嫁に貰うなんて……天変地異の前触れじゃないかしら?」
「何も、そこまで言わなくても……それに私、人間の中ではダント……えっと、あまり綺麗なほうじゃないんですよ」
ここで断トツのブスなんて言ったら、竜人との友好関係がダダッと崩壊しそうだったので、なんとか柔らかい言い方に変える。
「へぇ、人間って見る目がないのねぇ……」
竜人女性が、私をジロジロと見る。
「私、この里じゃ一番の美人って言われたし、私自身その通りだって思ってたんだけど、あんた見た瞬間に完敗したーって思ったわよ?」
「そ…そうなのですか……?」
「うん、この取り合いも頷ける美人だわ、あんた」
(あぁ、もう私、褒め殺されてしまいそう……)
俯いた私が恥ずかしがっていると気付いて、竜人女性がポンと肩を叩き、そっと離れて行った。
その後、里一番と言う言葉に違わず、ディルークは順調に勝ち星をあげ、ついにあと一人と言う所まで来た。
「かなりお疲れのようですが……」
汗が出ることはないようだけど、疲れが顔に滲んでいる。この里で一、二を争う相手を打ち負かしたのだから、それも納得だけど、こんな状態で次期族長に決まっていると言う人に勝てるのだろうか?
「大丈夫だ、お前は何も心配せず、私のことを見ていてくれ」
あぁ、やっぱりキュンてする。突然降って沸いたモテ期に困惑するけれど、他の人を選ぼうなどと思えない。きっと、自分と似た人だからなんだとわかってる。自己愛が強いのは良くないことなんだろうけど……この人がいい。そう思えた。
「はい、信じてますね」
私の声に応え、ディルークが剣を携えて最後の戦いへと向かった。
「どうやら、息も絶え絶えと言った所ではないか」
余裕を顔に浮かべ、次期族長さんが剣をディルークの顔に差し向ける。
「否定はしまい。さすがにこの数をほぼ休み無しだからな」
「ならば変化を解いてはどうだ?魔力の使用量は少ないといえ、それすら惜しいほどに消耗しているだろう」
緊迫した雰囲気の中、ジリジリと二人は間合いを取る。
「……生憎、この程度で使い切るほど我が魔力は低くない」
「強がりを……あの女神に己の醜い姿を見られたくないだけだろう、意地を張りおって」
「あぁ、その通りだ。しかしそれの何が悪い」
「ふん、竜人にあるまじき弱い心よ!お前の醜悪な姿、女神の眼前に曝してやろう!」
その声を皮切りに、二人が動いた。
ぶつかり合う刃の音、目で追うのもやっとの、攻防がそこにあった。
私は、両手を握り締めハラハラと行く末を見守る。
打ち合いを続けていた二人が、刃を拮抗させる。鍔迫り合いになり、ディルークがやや圧される。
「疲れが見えているな。お前ほどの男が、この俺に競り負けそうになるなど!」
ディルークの強さを認めての発言に、ディルークは浅く笑う。
「疲れなど……シーラを思えばっ!!」
その声と共に、炎が上がる。
「うおっ!」
炎の魔法を使ったのだろう、次期族長が慌てて引いた所、その首元にディルークの刃が当てられた。
「降伏するか?」
静かな声が響く。
「……詠唱も無しに術を行使するとは…さすがだな……。お前が族長にならぬとは、つくづく悔やまれるよ」
そう言って、握り締めていた剣を離した。
「負けだ」
次期族長の宣言に、観客が沸いた。
こうして、『花嫁争奪、武道大会』は閉幕したのでした……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます