第2話
「いやはや、ワシがもう五十若ければなぁ」
ロマンスグレーな駐在さんが、そんなことを言ってくれる。駐在さんは強く賢く優しいので、いつも私のことを気に掛けてくれていた。
「別に五十歳若返らなくても、お嫁にしてくれるなら嫁ぎますよ?」
今までは、奥さんが居たので言わなかったけど、こんなカッコイイご老人なら別に年の差なんていいかな?と思っている。そもそも、人間の老化速度に合わせて変化を施しているから、竜人年齢で言えば四十代と言った所なのだ、駐在さんは。だったら、生涯添い遂げられそうだし、いいかな?とも思う。
「え?マジで?」
「マジマジ。マジです」
「ほほぉ~…マジでとはのぉ……」
駐在さんが、伸ばしたヒゲを擦り擦り、何かを考えるように宙を仰ぐ。
「いや、しかしワシは妻一人を生涯愛しぬくと決めておったからな。スマン」
「ヒドイ!駐在さんが言い出したのにぃ!」
わざとらしく言えば、駐在さんは「ホッホッホ」と笑った。
この町でおしどり夫婦と名高かった駐在さん夫婦だから、こっちが真面目にいいかなと思っても、受け入れてもらえないことはわかっていた。
だからの、笑いながらのやり取りだった。
「いや、ほんにあいつと出会う前ならのぉ……」
「もう、惚気はいいですよ」
「いやいや、お前はほんに美しいぞ?」
「はいはい」
これはいつものやり取り。駐在さんだけは、いつも私を綺麗と言ってくれる。
「それじゃ、私行って来ますね」
出してもらっていたお茶を飲み干して、席を立つ。
「おうおう、幸せになるんじゃぞ~」
駐在さんの、のんびりとした声に頷いて、私は『新!駐在さんとお見合いしよう!』開場に向かった。
あはは……
思っていた通りに、誰も新しい駐在さんの花嫁になりたがらなかった。
最悪だ。今回の駐在さんは美形じゃない。
竜人さんは、私たちよりも強い。だから変身する力を持っている。
初代駐在さんが、人間に馴染む為にと人の姿をとって過ごしたことから、駐在さんは代々、人に変身した状態でこの町にやってくる。
その顔が、酷い。まるで爬虫類。変身したのソレ?って言いたくなるほどに酷く爬虫類。自在に姿を変えられるらしいのに、何故、あえて、ソレ?
心の中で、そう思わずには居られなかった。
集まった娘は最年少十五歳から、最年長三十歳な私までの十三人。さっきまで一緒にいた、この度引退が決まった駐在さんがロマンスグレーなカッコイイ竜人さんだからか、年若い十六歳の子が「私が結婚するわ!」と豪語していたのに、彼が現れた瞬間にサササッと他の子の後ろに隠れた。乙女は正直だ。
私は元々傍観気味に後ろにいたのだけれど、なんと言えばいいのか、ちょっと可哀相だなと思いつつ、同志よ、頑張れ!と言う気持ちになっていた。
あの、遠目にされる感じ、会話の噛み合わなさ、腫れ物扱いっぷりが、なんとも言えず私の状況に似ているのだ。
「我の……、妻となっても良いと言う者はおらぬのか……?」
駐在さんの花嫁は強制ではない。初代と二代目が恋愛結婚だからか、花嫁側が強制されることはないのだ。ロマンスグレー駐在さんの話に寄れば、代々このお見合いの場で、確実に「私が!」と勇んで手を上げる子が一人だけはいるらしいのだが、今回の駐在さんは可哀相過ぎる。だったら、さっさと私が手を上げればいいだろうと思うだろうが、こちらに断る権利があるように、あちらにも断る権利がある。罷り間違わない限り、断られるのは確実だから、それが怖くて手を上げられないのだ。いつまで経っても、拒否されるのには慣れない。それに、もうちょっと打ちひしがれた駐在さんを見ていたいような気がする。だって、あんなに強い竜人さんが、こんなに弱々しく項垂れる様さまなんて、そうそう見れるものじゃないから。
「何故だ……こんなにも、完璧な姿を取っていると言うのに……」
思わず、噴出しそうになった。打ちひしがれた姿が、可哀相で可愛い。
「何が悪いか、言ってはくれぬか?我は一族の中でも力は強く、呪術も得意だ。妻となる者を生涯大切にする。見てくれは問わぬ。折り合わぬことがあれば直す」
なんで、ここまで必死なんだろう?と思うぐらい、眉を力なく下げ、懇願するかのように、娘達を見渡す。娘達は、その視線にかち合わないように、目を逸らした。
「我は……」
ぼそりと呟く声に、悲壮感が漂う。ダメだ、ちょっと可愛いとか思ってたけど、これ以上は可哀相通り越している。この悲しみは良くわかっている。良くわかっているのに、同じ悲しみを味あわせてしまうなんて、やっぱり私は性格が悪いらしい。
私は、勇気を奮い立たせて、爬虫類丸出しの駐在さんの元へ歩み出た。
「……わたくしでは、どうでしょう?」
小さく右手を挙げる。
申し出た瞬間、後ろから「いき遅れの魔女の人形姫だったらお似合いだわ」と、明らかな中傷の声が聞こえたが、無視をした。
駐在さんが、目を丸くして私を見る。
「う……」
その言葉を発したまま、止まる。
「……う?…吐き気を催すほど、醜いですか?」
「ちがっ!違う!お前、本当に我でいいのか!?我でいいのか!?」
二度も同じ事を言わなくてもいいだろうに、食い入るかのような、必死な瞳で見つめられ、私は少し引きながらもコクコクと頷いた。
「まことか!」
「…は、はい」
今度は、肩をがっしりと掴まれる。近くで見ると益々爬虫類だ。
「ならば、決まりだ!我はこの町を守護する!お前が嫁だ!」
「きゃあ!」
高く抱きかかえられ、思わず頭にしがみ付く。さすが竜人…背が高い分、体重もまぁまぁある私をいとも容易く抱き上げ、その上クルクル回りだした。
「ちょっと…酔う!酔っちゃう!!」
世界がぐるんぐるんと回転して、頭がグラグラした。
「す、すまぬ!」
慌てて私を降ろした駐在さんが、私の頬を両手で包む。
「お付き合いの期間は、必要か?お前が良いと言うのなら、直ぐにでも婚礼を挙げたいのだが!!」
勢いに気圧される。そんなに、お嫁さんが欲しかったのだろうか?人間が竜人を嫌がるように、竜人も人間を嫌がっているって聞いたんだけど……
「え、えぇ…私なんかを妻にして下さると仰るのですもの……」
通例として、お相手を決めた後、お付き合いの期間が設けられる。殆どそのまま結婚してしまうのだけれど、一回だけ婚約破棄の事例があるらしく、その時は再お見合いが大変だったとか。
「ならば、直ぐに我が里へ行こう!さぁ!」
目まぐるしい程の展開に、頭が付いていかない。
腕を引かれ、焦っていると、のんびりとした声が、開場の入り口から聞こえた。
「これこれ、若造。まだ名も伝え合っておらんだろうに」
「駐在さん!」
ロマンスグレーの駐在さんが苦笑を顔に滲ませていた。
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