11-9 戦う術(すべ)

「つらいだろうが、お前にしかできない」


 ジャウマさんが優しく語り掛ける。セリオンさんも、ヴィーさんもじっとアリアちゃんを見ている。

 アリアちゃんは、3人の顔を見まわしてから、つらそうな顔をして項垂うなだれた。


 ――その昔、何者かが魔王を倒したのだと、子供でも知っている話だ。

 その何者かはアリアちゃんで、魔王は倒されたのではなく封印されただけだった。


 過去のアリアちゃんは、魔王を……自分の父親を、倒すことはできなかったのだろう。


「……あの人は、私のお母様を殺した。私のことも殺そうとしている…… でも何より、この世界から平和を奪おうとしている。それは止めないといけない。私は王の娘だから。いくらお父様でも……」

 アリアちゃんがひざにのせた両手が、固く握られたまま震えている。


「で、でも、私にはそこまでの力が――」

「お前はもっと強くなれる。そのことをわかっているんだろう?」

 ジャウマさんの言葉に、アリアちゃんはハッと顔を上げた。


「し、知らない…… 私は何も、知らないっ」

 今にも泣きそうな顔になって、ふるふると首を横にふる。それを見たジャウマさんは、ふっと優しい顔で微笑む。


「私たちはお前を守る為の騎士だ。お前の未来の為にならなんでもしよう」

「俺らはお前のパパなんだろう? 俺らを最後までお前のパパで居させてくれ。俺らはお前を守りたいんだ」

 セリオンさんも、ヴィーさんも、口々にそんなことを言う。


「……いや!! 私は、そんなことは望んでいない。パパたちと、ずっとずっと一緒に居たいの……」


 3人は一体何の話をしているんだ? アリアちゃんが強くなる方法があるんだろう。でもそれ以上のことが、僕には全くわからない。アリアちゃんが泣いていることで、只事ただごとでないとだけはわかる。


「俺たち神魔族は他の仲間を食らうことで、その力を得ることができる」

 ジャウマさんの言葉で、彼らの会話の意味を悟った。


「本当はあの時に、こうしておくべきだったんだ。私たちの力はその為に女神様よりたまわったのだから」

 セリオンさんは眼鏡をくいと直しながら、やけに生真面目な物言いをする。少しキツい口調だけど、セリオンさん自身はそんなに冷たい人じゃない。


「ここであいつを止められなければ、お前も俺らもおしまいだ。それだけじゃねえってのも、わかってるだろう?」

 いつものように、ニヤニヤと笑いながらヴィーさんが言う。やっぱり笑い顔が悪人みたいだ。でも本当は面倒見のいい、情の深い人だ。


「もう俺たちは限界だ。この魔力が尽きる前にお前に渡したい」

 優しく言い聞かせるように、ジャウマさんが笑う。僕らのリーダーで、頼りがいのある兄貴みたいな人で、優しくて強くて……


「ジャウパパ、ヴィーパパ、セリパパ……」

 アリアちゃんが3人の名を呼ぶ。その後に、彼女の嗚咽おえつが聞こえた。


 それからアリアちゃんは泣き顔のまま、僕の方へ振り向いた。

「ラウル。後ろを向いていて。私を見ないでほしいの」

「ア、アリアちゃん……」

「お願い」

 アリアちゃんの姿は金毛の大きな獣に変わっていく。

 僕は歯を食いしばりながら、言われた通りに後ろを向いた。


「ラウル。お前がアリアを支えてやってくれ。お前の役目はアリアを護る事だ」

 僕に向けられたジャウマさんの言葉。それが、最後だった。


 * * *


「クゥ!!」

 クーの声で我に返り、振り向いた。

 クーが一生懸命、アリアちゃんの服をくわえて、立たせようとしている。元の姿に戻ったアリアちゃんは、座り込んでしまってうつむいたままだ。


 アリアちゃんを立たせるのを諦めたクーは、今度は広間の方をむいてグルグルと唸り声をあげた。

 その先にはセリオンさんの作った氷柱がある。氷柱はもう半分近く解けかかっていて、魔王の姿がはっきりと見える。


 そうだ。まだ戦いは終わっていない。ジャウマさんたち3人はもう居ないんだから、アリアちゃんは僕が守らないと。

 3人が居ないことを思い出し。何かが込み上げてくる。視界の先をにじませようとする涙を手の甲でぬぐった。


「アリアちゃん! 魔王が――」

 その時、まだ放心しているアリアちゃんを守るかのように、クーが結界を飛び出した。

「クー! ダメだ、戻れ!!」

 僕の叫びと、魔王を封じる氷の一部が割れたのは、ほぼ同時だった。


 魔王を見上げてうなり声をあげ、クーが飛び掛かる。上半身だけ自由になった魔王は、黒いもやまとった腕を大きく振り上げた。振り下ろされた腕が、クーを激しく叩く。


 そのまま強く地面に叩きつけられたクーは、僕らの目の前に転がった。

「クー!!」

 慌ててクーに駆け寄る。食らったのはたった一撃なのに、その傷は酷い。黒い靄が取り付く傷の部分に、回復ポーションを振りかけた。この黒い靄の所為せいだろうか、回復の効果が現れない。


「クー、ごめんなさい。私の所為で!」

 我に返ったアリアちゃんが、クーに向けて回復魔法を使うと、ようやく傷に取り付いていた黒い靄が消えた。でも傷は完全には塞がらない。


「クゥ」

 クーは小さく鳴くと、アリアちゃんの手の平をぺろりと舐め、そのままぐったりと頭を垂らした。



 ――僕は弱い。


 でも、僕にできることが全くないわけじゃあない。僕には僕の、できることがある。


「アリアちゃん、これを」

 バッグから出したポーションの瓶をアリアちゃんの手に握らせる。

「……これは?」

「ずっと、昔…… 城に居た頃の僕が作っていた薬だよ。ようやく完成した」

「……ラウル、記憶が戻ったの?」

「うん。遅くなってごめんね。これは今ここで使う為の薬、だよね」

 そう言って、残った氷柱から抜け出そうとしている魔王の方を見た。


 ようやくわかった。一体どうすればいいのか。このままではアリアちゃんは魔王とは戦えない。この結界を出るとアリアちゃんは魔王に操られてしまう。


 だからこの結界を広げるんだ。出来るだけ大きく。アリアちゃんが戦えるように。あの魔王をも飲み込むほどに。


 もっと力を振り絞るんだ!

 僕が…… 僕が……!!


 込み上げてきた何かを吐き出すように、空に向かって大きな声で叫んだ。

「ウオオーーーーーーン!!」

 僕の口から放たれた叫びは、狼の遠吠えとなって響き渡る。


 僕の結界がこの城を覆うほどに大きく広がると共に、僕の体が大きな黒狼になっていくのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る