第九章
9-1 獣人の国
歩くたびに、足の後ろでもふもふとした何かが揺れる。正直、お尻の辺りがどうにも落ち着かない。
「最初は仕方ないが、すぐに慣れるだろう。だが、もう少しシャンとして歩かないと、逆に目立ってしまうぞ」
隣を歩くセリオンさんが、目線だけ僕の方に向けてそう言った。
うう…… わかってはいる。前回の時は必死で走っていたからか、こんな風に気になることはなかったんだけどなぁ。
「えへへ~~」
反対側の僕の隣を歩くアリアちゃんは、ずっとこんな感じでご機嫌だ。
もとよりアリアちゃんはよく笑う女の子だった。でも眠りから覚めて成長してからは、以前よりは控えめに笑うことの方が多かった。
今のアリアちゃんは、以前のように笑顔全開で、やけに嬉しそうだ。
「ラウル、私とお
アリアちゃんがそう言って見上げるのは、僕の頭の上についている獣の耳だ。
アリアちゃんの黒い兎の耳と同じ色の、黒い獣の耳。
もちろん耳だけでなく、お尻の辺りから尻尾も生えている。僕がさっきから気にして落ち着かないのは、この尻尾の方だ。
アリアちゃんの向こう側を歩くクーをちらりと見る。色こそ違えど、僕のこの尻尾はクーの尻尾とよく似ている。耳の方は、自分からは見えないからわからないけど。
さっき僕に声を掛けてくれたセリオンさんにも、今は白狐の耳と尾がついている。先頭を行くジャウマさんには竜の角と尾が、その横のヴィーさんの背中からは翼が生えている。
「そろそろ『獣人の国』に入るぞ」
ジャウマさんの声で行く先に目を向けると、さほど高くはない塀の切れ目に、旅人らしき人たちの列ができている。あそこが国境の門だろう。
「ちょっと先に行って様子を見てくるわ」
ヴィーさんが背中の翼を羽ばたかせ、飛び上がった。
* * *
『獣人の国』とは、その呼び名の通り獣人ばかりが住む国なのだそうだ。
じゃあ、人間は全くいないのかと思うと、そうでもないらしい。多くはないが、人間もいる。ただし奴隷として、だそうだ。
その言葉を裏付けるように、『獣人の国』の中では一番他の国に近いはずの、この国境の町でさえ、見回す限りは獣人しかいない。
虎の獣人、獅子の獣人、兎の獣人、猫の獣人。ヴィーさんの様に背から羽根を生やした鳥人もいる。
その獣人たちの視線が、なんだか僕たちに向いている気がする。
できるだけ自然に振る舞うようにしているつもりだけれど…… もしや人間だとバレたんだろうか。
「ラウルくん、周りの視線を気にするな。あれはジャウマを見ているんだ」
「え? ジャウマさん?」
何か理由があるんだろうか? 僕が思ったことが透けて見えたかのように、セリオンさんが答えた。
「獣人の中でも、竜人は自分たちの集落からあまり出てこないので町にいるのは珍しいらしい。それでも人間の姿よりは面倒事を呼ばないからな」
確かに、門からここまでの道中でも、ジャウマさんのような竜の尾を持った獣人は一度も見かけていない。
「少し時間が早いが、この町で宿をとろう。情報収集もしたいからな」
ジャウマさんが振り向くと、太い竜の尾がそれを追うように揺れる。彼が指差す先に、宿の看板が見えた。
* * *
宿の部屋で、鏡に自分を映して改めてじっくりと確認する。
頭の上で揺れる二つの獣の耳。やっぱりこれもクーの耳に似ている。ってことは狼? ……は、流石にないか。犬か何かだろうか?
「町を見て、ラウルをその姿にした理由がわかっただろう」
鏡を
「はい、本当に獣人ばかりでした」
「まあ、奴隷以外の人間もいないわけではないが。面倒事は避けるに越したことはない」
セリオンさんも僕の方を見て言う。
「人間の国に獣人への差別があったように、『獣人の国』にも人間への差別がある。しかも、それは人間の国より強い」
「まあ、この国の連中のは、差別というより恨みだからな。最初に獣人たちを迫害した人間たちを恨んでいるんだ。そうでなきゃ獣人だけで集まって国を作ったりはしないだろう」
二人が言うには、この『獣人の国』は、人間との共存を完全に切り捨てた獣人たちだけが集まって作った国なのだそうだ。
なるほど、だから皆も獣人のような半分獣の姿になっているんだな。
自分で獣の姿になれればよかったのだけれど、まだ僕にはその力がないらしい。今回もジャウマさんが手を貸してくれた。
「だから、今までこの国に来なかったんですか?」
「それもある。だがそれだけじゃない。この国には『黒い魔獣』の気配がありすぎるんだ。どうやら、何者かによって集められているらしい。以前のアリアには負担が大きすぎたが、今のアリアなら大丈夫だろう」
「うん」
ジャウマさんに名を呼ばれ、クーのブラッシングをしていたアリアちゃんが、何ともないように返事をした。
「負担、ですか?」
以前、『黒い魔獣』の魔力を取り込んだアリアちゃんが、正気を失ってしまったことを思い出す。さらに長い眠りについてしまったのも、その後のことだった。
「あの時、アリアが暴走しかけたのは、あの体で受け入れられる以上の魔力を急激に取り戻してしまったからだ。しかし今のアリアはあの時より成長している」
「うん、だから大丈夫。それにラウルが居てくれるから」
不意に名前を呼ばれた。少し驚いていると、アリアちゃんがにっこりと僕に向かって微笑んだ。
「う、うん」
なんとか返事をした僕の頭の中に、あの時の光景が浮かびあがる。
あの時…… 己を失っていたアリアちゃんを止める為に、僕は無我夢中で彼女を抱きしめた。
あの時のアリアちゃんは5歳くらいの幼い女の子だったけれど、今のアリアちゃんは10歳くらいの少女だ。
またアリアちゃんがああなってしまったら、僕はまた彼女を抱きしめて止めるんだろうか。そしてさらに成長したとしても、僕はアリアちゃんを抱き……
そんなことまでつい想像してしまい、今更ながら恥ずかしくなってくる。
その時、部屋の扉が少し乱暴に開いて、ヴィーさんが入って来た。
「よぉ、少し町の様子を見てきたぞ! って、ラウル。なんで赤くなってるんだ?」
ヴィーさんの声を聞いて、慌てて顔を伏せた。
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