2-8 湖に沈む
「ラウルおにいちゃん、おにいちゃん!」
腕の中から、僕を呼ぶアリアちゃんの声がして、そっと目を開けた。
あれ? 息が……できている?
「これはいったい……?」
「おにいちゃんの結界の中までは水が入ってこないみたい」
アリアちゃんの言う通り、結界が僕らを中心にして、水中に空気の玉を作っている。でもこの玉の中では泳ぐこともできなくて、水の中をただただ沈んでいく。
湖の底に着くとようやく足で立つことができた。頭上を見上げると、赤や青など様々な色が水面に反射してきらきらと輝いている。あれはヴィーさんの翼の色や、ジャウマさんのブレス、セリオンさんの魔法の光だろうか。
「アリアちゃん、どうしようか?」
「きっとパパたちが助けてくれるよ。だから、ここで待っていよう?」
……確かに。
今、湖上に戻っても、きっと3人の戦いの邪魔になるだけだ。幸いにも、この水中まではあの大蛇の攻撃も毒霧も届かない。それなら、ここに居る方がよっぽど安全だろう。
それにあの3人なら、あの大蛇たちを倒して、僕らを助けに来てくれる。
「そう……だね。それなら空気を持たせないと、あの時の兎さんみたいになっちゃうね。おしゃべりは控えて、静かに待っていよう」
そう言うと、アリアちゃんは可愛い眼を一度大きく見開くと、そのまま今度は目を細めて笑った。
「わかった。おにいちゃん、このまま私を抱っこしていてね」
アリアちゃんが僕の腕の中に飛び込んできて、
と、軽く震えたアリアちゃんの体が、するすると縮んでいく。
「え? アリアちゃん?」
腕の中に居たはずのアリアちゃんは、両の手で抱えるくらいの大きさの兎の姿になっていた。金の毛並みをした、耳だけが黒い小さな兎は、赤くて丸い瞳で僕を見上げて言った。
「じっとおとなしくして、パパたちを待っていよう。これなら空気も長く持つよ」
ああそうか。アリアちゃんはその為に小さい姿になってくれたんだ。
小さな兎の体をそっと抱きしめる。ふわふわの毛が柔らかく、とても温かい。その心地よさで、不安だった心が緩んでいく。
腕の中の兎がそっと目を閉じたのを見て、僕も真似をして目を閉じた。
自分の頭上で激しい戦いが繰り広げられているというのに、まるで魔法にでもかかったように、すぅと深い眠りに落ちていった。
* * *
ぐらりと体が大きく傾いて目が覚めた。ハッと目を開けると、結界越しに大きな白い狐が、氷を思わせる青い瞳で僕らを
ここは……? ああ、そうだ…… 僕らは湖に落ちたんだっけ。
「大丈夫か? 怪我はしていないか?」
白い狐――セリオンさんが僕たちに優しく語りかける。
「セリパパ!」
僕の腕の中の金毛の子兎――アリアちゃんも目を覚ましていたらしい。白狐の姿を認めると、黒い耳を跳ねさせながら彼を呼んだ。
「今引き上げよう、もう少しそのままでいてくれ」
白狐が鼻先で結界をつつくと、湖の水が僕の結界を囲うように優しい渦をつくる。僕たちを包んだまま、まるで大空を漂う風船のようにゆらゆらと水面にむけて浮かんでいった。
* * *
「すまねえな。1体相手ならなんてことはなかったんだが、まさか2体目がいるとはな」
今は人の姿に戻ったヴィーさんが申し訳なさそうに言う。戦いの激しさを裏付けるように、湖の周りには岩や倒木が散乱していた。
先ほど見た大蛇の
そのジャウマさんは、まだ竜の姿のままで湖の周りの倒木を片付けている。って、素手で大木を持ち上げるとか。あの竜の姿になったジャウマさんは、どんだけ力が強いんだ。
まだ子兎の姿のままのアリアちゃんが、ぴょんと僕の腕から飛び出した。そのままとてとてと、大蛇の骸のところに駆けていく。
「アリアちゃん!?」
慌てて追いかけると、兎は大蛇の少し手前で止まった。
子兎が軽く体を震わせると、その身は人……いや黒い兎の耳を持った獣人の、元のアリアちゃんの姿に戻った。
アリアちゃんは大蛇の骸に向けて、両の手を差し伸ばす。すると蛇の骸は崩れた端から黒い
その靄が消える頃には、大蛇の骸があった場所には、大きな魔結晶だけが二つ残されていた
* * *
赤竜の姿をしたジャウマさんが、倒木を片付けているのを、ぼんやりと眺める。
うーん、あれって
そういえば……
「あの…… ジャウマさん、その木って持ち帰れないですか?」
冒険者ギルドに
「ああ、そうだな。せっかくだから、これで薪を作ろうか」
僕らのやり取りを聞いたヴィーさんが、にやりと悪人の様な笑い顔を見せる。
「言っただろう? ジャウマが暴れれば一発だって」
いや、そこまでは言ってなかったと思うんだけど。
「ああ、そうだな、町のそばまで運んで、そこで皆で割ればいい」
セリオンさんが倒木の転がる湖岸を見回しながら言った。
「でも……」
それだと、結局彼らに頼りっぱなしだ……
口ごもったまま視線を落とした僕に、セリオンさんが言葉をかけてくれる。
「ラウルくんは遠慮しすぎだ。まあ確かに、人に頼るばかりでなく、ちゃんと自分の力で成し遂げたいという心意気もわかる」
……僕の思うようなことはお見通しらしい。
「でも、薪割りだったら君にも出来るだろう? おそらくそちらの方が重労働だ。このくらいは、私たちを頼ってもいいんじゃないか」
「そうだ。運んだだけで終わりじゃあないぞ。薪割りはお前もやるんだ。皆でできることは皆でやろうぜ」
ヴィーさんはそう言いながら、僕の背中をバンバンと叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます