2-5 はじめて魔獣を倒す

「あれーー、うさぎさん……?」

 アリアちゃんが言うように、こちらに角を向けているのは角兎ホーンラビットだ。

 でもなんだか様子がおかしい。角兎はとても臆病な魔獣で、いつもなら人間を見かけただけですぐに逃げ出してしまう。

 でもこの角兎は逃げ出す様子もなく、僕らに向かって突進して、結界に弾かれて転げた。そして角を振り上げて、またこちらをにらみつける。


 さすがに、角兎の突進程度ではこの結界は破れない。とはいえずっとこのままでいるわけにはいかないし。それに何故か、やたらと僕の方を睨んでいるように思える……?


「繁殖期で気が立っているのかな?」

「はんしょくき??」

「えーっとね、あの角兎は男の子みたいだから。お嫁さんを探してるんじゃないかな」

「お嫁さんーー??」


 角兎は相変わらず僕を睨みつけ、結界に向かって体当たりをしてくる。それも僕の方ばかりを目掛けて。

「……もしかしてあいつ、アリアちゃんを狙ってるんじゃないかな? それで僕をライバルだと思っているのかもしれない」

 それを聞いて、アリアちゃんはハッと気付いたように自分のウサギの垂れ耳を押さえる。

「えええええ!? 私、あなたの仲間のうさぎちゃんじゃないよおおお」

 可愛い困り顔が僕を見上げた。


 当然、角兎に僕らの言葉は通じない。ひたすらに僕の結界に体当たりを続け、一行に諦める様子はない。

「ダメだ。僕の結界じゃあ、あいつが諦めるほどに長くはもたないかも」

「ねえ、おにいちゃん、私たちでなくてあのうさぎちゃんを結界に閉じ込めて、その間に逃げられないかな?」


 この結界を僕以外に使うのはやったことがないけれど、果たしてできるだろうか。

「うーーん、やってみよう」


 僕らに張っていた結界を解くと、すぐに角兎に向けて魔法を発動させる。

「どうだ!?」

 でもその結界は、角兎の全体を覆うほどにはならずに、顔の周りだけを小さな光の球体が覆った。


「だ、ダメだ!!」

 やっぱりそんなに甘くは無かった。自分に結界を張るのとは勝手が違うのだろう。


 角兎は驚いて一瞬足を止めたが、特に害が無いと思ったようで、また僕らに角を向けた。


「ラウルおにいちゃんっ!!」

「アリアちゃん、に、逃げないと!!」


 アリアちゃんの手を取って駆け出そうとしたその時、顔に結界を付けたままの兎が僕らに向かって駆けて…… くるかと思ったら、来ない……??


 見ると、ハッハッと荒く息をしている。どうしたんだろう……?

「……なんだか、苦しそう……」

 アリアちゃんに言われてハッと気づいた。もしかして……

「もしかして、結界で息ができないのかな……?」


 僕らが見ている前でしばらく荒い息をしていた兎は、とうとうぱたりと倒れてしまった。


 そっとそばに近づいてみると、口から泡を吹いて目をむいている。

「やっつけた…… のかなあ?」

「……まだだろう。とどめを刺してやろう」


 顔を覆う結界は解かずに兎の体を押さえ、腰に差してあったショートソードを首元に当てた。


 * * *


 どうやら、あの辺りは角兎の繁殖地の近くだったらしい。あれからも、何匹かの角兎が、アリアちゃんにアプローチをかけにやってきた。


 最初の兎にしたように、相手の顔を目掛けて結界を張ろうとしたけれど、なかなか思うようにはいかない。

 でも何度もやっているうちに、たまには成功したり、失敗しても兎の動きを邪魔することができたりして、そのお陰で苦労しながらも角兎たちを倒すことができた。


 まともに戦えなかったはずの僕の背に、今日は角兎が5羽もくくられている。

 冒険者ギルドに戻り、薬草や兎を受付嬢に託すと、ランクを一つ上げてもらうことができた。これで僕のランクはDになった。しかも依頼の報酬ほうしゅう金として、思った以上のお金を貰うことができた。

 そのうち、角兎の討伐報酬は薬草採集の倍以上もある。これじゃあ確かに、薬草採集をやる人はいなくなるよなぁ。

 でも薬草採集の報酬を多くしてしまうと、ポーションの価格が上がってしまうので難しいらしい。


 しばらくすると、ジャウマさんたちも帰ってきた。今日はオルトロスだけでなく、鹿も狩ってきたんだそうだ。すごい……

 二日も続けて高ランクの依頼をこなしたことで、冒険者ギルドではすっかり話題の的になっている。

 それに比べて僕は兎程度で上機嫌になって…… さっきまであんなに喜んでいたのに、ちょっと情けない気持ちになった。



「じゃあ、俺たちはちょっと酒場の方に行ってくる」

「ああ、わかった。ラウルくん、私たちは先に宿に帰ろう」

 定食屋で夕飯を済ませた後、ジャウマさんとヴィーさんと店の前で別れる。二人は町の中央に向かって連れ立って歩いていった。


 きっと、よくあることなんだろう。セリオンさんもアリアちゃんも特に気にする様子もなく、二人と反対の方向――宿屋に向けて歩き出す。二人を追うように、僕も宿に向かって足を少し早めた。


 結局、僕が寝る時間になっても、二人は帰ってこなかった。

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