招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

第一章

1-1 兎耳の少女と出会う

 僕は弱い。


 強くなる為の努力をしなかった訳じゃあない。でもそうは強くはなれなかった。多分、武器を持って戦うなんて事が、僕には合わないんだろう。


 いや、これでも半年前の、あの時何もできなかった僕よりはずっとずっと強くなっている。

 でもダメだ。これじゃあとてもじゃないけれど足りない。きっとこれじゃあ、僕の手で目的を果たすことはできない。


 だから僕は、せめて僕にできる事をしよう。


 * * *


 森に少し入ったところにあるこの広場は多分、僕専用の採集場だ。

 草原にも薬草はたくさん生えている。でも他の冒険者たちにもよく知られ過ぎていて、ライバルが多い。

 ここには薬草も豊富に生えているけれど、同じくらいに毒草も多い。しかも厄介な魔獣に遭遇する可能性も、草原よりぐんと上がる。

 薬草採集に精を出すような駆け出し冒険者はこんなところにまで来ることはめったにない。反対に初心者ではなくなった冒険者たちは、薬草採集なんて低ランクの依頼には目もくれずに魔獣の討伐依頼の依頼書に手を伸ばす。


 でも僕には魔獣を倒すほどの強さはない。だからこうして毎日のように森に入って素材を採集している。

 森に深入りしない辺りの茂みをかき分け、薬草と毒草を丁寧ていねいり分けて摘み集める。採集した草は一つかみずつそろえて束ね、肩から下げたバッグに仕舞った。


 その時、ガサリとあっちの茂みから小さな物音が聞こえた。

 すぐさま手にした薬草を足元に置き、腰のナイフを抜く。物音のしていたはずの茂みに注意を向けた。音を鳴らさぬように、そっと唾を飲み込もうとしたその時、茂みからごそごそと何かが出て来た。


 幼い、女の子だ……


 見た感じだと、まだ5~6歳くらいだろうか。薄めの金色の長い髪を、二つにわけて緩く束ねていて、さらにその髪の束に沿うように黒い兎の耳が垂れている。まるで髪に付けたリボンか何かのようにも見える。

 人間じゃあない。兎の獣人だ。


 ぱっちりと大きい赤い瞳が、僕の顔をじーっと見ている。彼女が出てきた茂みを警戒していた僕は、彼女と見つめあう形になってしまった。

「あ…… えっと…… どうしたの?」

 戸惑とまどいながら声をかけると、少女の黒い兎の両耳が、ぴくりと跳ねた。


「うわああああああんんん!」

「えっ!?」

 せきを切ったように泣きながら、彼女がこちらに走ってくる。少女を傷つけぬよう咄嗟とっさにナイフを下ろすと、その僕のふところに全力で飛び込んできた。


 知らない人相手でも泣きつきたくなるほどに、心細かったのだろうか。

 16という年齢の割には背も低くて、しかも気弱そうな顔をしている僕は、幼い少女にとって警戒心を抱く相手とは思えないのだろう。

 それにしても、どうしてこんなところに小さな女の子が一人で居るんだ? もしかしたら親とはぐれた冒険者の子供だろうか? それとも町から一人で出て迷子にでもなってしまったんだろうか?

 少女の頭を撫でてやりながら辺りを見回してみるが、他に人の気配はない。


「キミ、こんなところでどうしたの? 親御さんは?」

 視線の高さを合わせて尋ねてみても、少女はふるふると首を横に振るばかりで。

 でも着ている服が汚れている様子もないし、いずれにしてもきっとただの迷子だろう。


「とりあえず、ここは危ないから僕と一緒に町へ帰ろうね」

 森は危険だ。特にこんな小さな子には。半年前にも幼い少女が行方不明になっている。町の近くとは違って、この辺りには魔獣も多い。


 彼女の手を引いて歩きだそうとした時に、森の奥から獣のうなり声が聞こえてきた。


 しまった……

 いつもならもっと周囲の物音に警戒しているのに、少女に気をとられて油断していた。

 彼女は驚いたように身をすくめ、僕を頼るようにさらに体を寄せた。無為に騒ぎ立てたり、泣きわめいたりする訳ではない。きっと驚いて声も出ないんだろう。

 

 木々の間から姿を現したのは森狼フォレストウルフだった。

 僕は弱い。全くといっていいほど、戦闘はできない。たかが森狼フォレストウルフだといっても、こいつにすらきっと敵わない。


「お嬢ちゃん、目を閉じていて!!」

 僕の叫び声を聞くと、彼女は目をぎゅっとつむって僕にしがみつく。こんな時の為に用意しておいた小さい布袋を懐から出し、森狼フォレストウルフに投げつけ、自分も顔を伏せた。


 ギャンッ!!


 中には薬草採集の途中でみつけた、からい草の実を粉にした物が入っている。その粉を吸い込んだ森狼フォレストウルフは、苦しそうに鼻を前足で擦っている。ダメージを与えることはできないだろうけど、かなり不快なはずだ。

 僕がさらにもう一つの袋を構えてみせると、森狼フォレストウルフは一目散に逃げだしていった。


「ふぅ~~……」

 安堵あんどして、その場にへたり込んだ。

「おにいちゃん、大丈夫?」

 少女が不安そうに僕の顔を見つめている。

「うん、大丈夫。でもここは危ないからひとまず森を出よう」

 採集途中の薬草と彼女の手を掴んで、草原の方に向かって歩き出した。


 森をぬけ草原に入って視界が開けたところで、後ろの方からまた低い獣の唸り声がした。

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