第5飯 春巻

第5飯 春巻


「おう、またきたぞ」

ヒゲ面のロワリエ伯が店にやってきた。

そして、店の中にいたホンメイと目が合う。


「む…」

「あ…」

2人は互いに顔を見合わせて、しかめっ面をする。


ロワリエは朝から馬車に乗って自分の館からガロまでやってきてる。

1週間に2、3回くらいの頻度で来てるようだった。

ホンメイはガロの宿に泊っていて、毎日店に食べに来る。

当然、鉢合わせる訳だ。


「なんじゃ、居たのか、エクレア・ルージュ」

「お久しぶりです、ロワリエ伯爵殿」

ロワリエが言うと、ホンメイが会釈した。


「ぷっ……エクレアって中二病かよ」

それを聞いたイサムが噴き出す。

「うるさいな!」

ホンメイは赤面しながらイサムの後頭部を叩いた。


余談だが、ホンメイは戦士として知られる有名人である。

特に剣捌きの早さを評して「エクレア・ルージュ(赤い稲妻)」と言われている。

これは、ホンメイの鎧装束が赤色を基調としていることから来ている。

戦いで返り血を浴びて赤くなっているという意味もあるらしい。


「痛ってぇー」

イサムは呻いている。

「とにかく、今日も春巻を頼む」

ホンメイは言って、ドカッと席に座る。

「ならば、ワシも同じのを」

ロワリエもその向かい側の席に座った。


(一緒に食べるのかよ)

イサムは思ったが、口には出さない。

別のものを頼まれるよりは楽だからだった。

「はい、ただいま」

アレットは営業スマイルで承って、

「イサム、作って来て!」

イサムに命令した。

「へいへい」

イサムは渋々といった感じで厨房へ行く。


春巻はこの前、初めてホンメイが店を訪れた時にも作ったが、ホンメイが気に入っていて度々作らされるのだった。


春巻の皮は小麦粉を溶いたものを鍋で焼いて作る。

これは作り置きしている。


中の具は、いくつか用意している。

マッシュルームと豚肉を細切りにしたもの、

根セロリと豚肉を細切りにしたもの、

アスパラガスと豚肉を細切りにしたもの、

具はすべて事前に炒めてある。

塩と酒で味付け。


皮に具を乗せて折りたたみ、

水で溶いた小麦粉を塗ってのり付けする。

鍋にラードを投入して溶かし、表裏片方ずつを揚げる。


「ほいよ、アレット」

イサムが皿に盛った春巻を差し出す。

「あいよ」

アレットは、お盆に皿を乗せてホールへ行く。


「おまちどう」

アレットはテーブルに春巻きが乗った皿を置く。

「お、きたッ、これこれ!」

春巻が出されると、ホンメイはテンションMAXで食べ始める。

マイ箸を持参してきていた。

木の枝から作ったもので、職人に特注したものである。

「ほう、旨そうだな」

ロワリエもフォークを取って食べ始めた。

サクサクと皮が音を立てている。


「うむ、美味である!」

ロワリエは絶賛した。

「でしょー、私の故郷の料理なんだ」

ホンメイが得意げに言って、ふんぞり返った。

「お主とイサムは同郷だったか」

ロワリエは納得と言った顔でうなずく。

どちらも平たい顔をしているからだろう。


「隣国だよ。同郷じゃない」

ホンメイは春巻に被りつきながら言った。

「文化的にもだいぶ隔たりがあるんだ」

「ワシらとゲルマン人みたいなもんか……?」

ロワリエは自嘲気味に笑う。


ガロは地域的にはガリアに属している。

ガリアもゲルマンもロマーノ帝国からは属州として扱われてきた歴史がある。

今はロマーノの権勢が衰えてきたのもあり、独立国として認められている。


「まあ、そんなもんです」

ホンメイは曖昧にうなずいた。


「しかし、これは酒が欲しくなるな」

ロワリエは片手でカップを表現する。


この辺では酒と言えばワインが一番に上がるが、

ワインは貴族や金持ち用である。

金のない庶民には手が届かないのだ。


「ビールならあるぜ」

ドニが店に入ってくる。

酒樽を抱えていた。

「お、気が利いとる」

ロワリエは喜んだ。


「最近、酒を要求するお客が多かったから、ドニに仕入れてもらった」

アレットがマグカップを持ってくる。


「ソンテ!」

ロワリエがカップを掲げて言った。



「ところで、ロワリエ伯爵」

ホンメイは言った。

「ん? なんじゃ?」

ロワリエは春巻を頬張ろうとしていたのを止めて、聞いた。

「アレットに聞きましたが、この店は伯爵より借りてるそうですね」

ホンメイは続けて言った。

「ああ」

ロワリエはうなずき、説明した。

「だが、毎月売り上げから少しずつ返してもらっておるから、じきにアレットたちのものになる」

「それ、私もアレットたちに助力したいんですが」

ホンメイは言って、チラリとヒゲの領主を見た。


金を出すことで、ホンメイもアレットの店に参画することになる。

ホンメイはいつでも好きなように店の料理を食べれるようになる、という魂胆らしい。


「それは構わぬが……」

言って、ロワリエは少し考え込む。

「しかし、そうなると、ワシが気軽に食べにこれなくなるな」

「え、そんなことは……」

ホンメイは言ったが、

「いや、普段はいいだろうが、権利が他の者に渡ったりしたら?」

ロワリエは言った。

少し気にしすぎな気もするが、為政者の端くれであるロワリエにしてみれば、物事は様々な事態も想定せねばならないと思ってるようだ。

「ふーむ」

ホンメイは考え込んだ。

「契約書にいかなる事態でも、ロワリエ伯がいつでも食べに来て良いという条項を加えましょう」

「ふむ、それならいいかな」

ロワリエがうなずく。

「お主らもそれでいいか?」

「構いませんよ」

「はい」

イサムとアレットも、うなずいている。


「よぉ、そろそろ店の名前を決めないとな」

酒樽を運び終えて、ドニが席についた。

テーブルにはホンメイとロワリエが向かい合って座ってるので、2人の脇に陣取る形になる。

そのせいで、話が逸れた。


「アレットとイサムの店」

イサムが言った。

が、皆に黙殺される。


「アレットとお花のお店」

アレットが言ったが、

「花?」

イサムが疑問を露わにし、お流れ。


「紅梅亭」

ホンメイが言ったが、

「まだホンメイさんの店じゃないよ」

アレットがそっぽを向く。

「うー」

ホンメイは悲しそうに唸る。


「いやいやいや、お前ら一番大事なこと忘れてんぞ」

ドニがオーバーに頭を振って見せた。

「ロワリエ様の名前を冠してゆくのが筋ってもんだろう」

「ああ、そうね」

ホンメイは興味なさそうに相づちを打つ。

「ま、そうだな」

イサムは同意した。

「店の名前にロワリエさんの名前を冠してれば、ロワリエさんが看板なんだし、いつでも来てもらっていいってことにもなるな」

「えー」

アレットは露骨に嫌そうな顔。

「ワシの名前、そんなにイヤか……」

ロワリエはジト目で見ている。


アレット「料理屋ロワリエ」

イサム「ヒゲの店」

ホンメイ「ヒゲ伯爵亭」


ドニ「お前ら真面目に考えろし」


といった感じで喧々諤々、話をして結果、


「ヒゲ領主の店」


に落ち着いたのだった。



ドニが手配をして、看板が作られた。

町の工房に頼んで看板を彫ってもらったのだった。


ヒゲの領主がカップを掲げている姿が彫られている。


この辺の者なら、誰の目にもロワリエが関わっている店だと分かるのだった。


「ヒゲ領主に乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」

ドニの音頭で、皆、カップを掲げた。

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