27 つまらない世界

「黒髪……黒目……そなたが、『世界を破壊する救世主』か……」

 老人は僕をまっすぐ見つめながら、震える声で話した。

 救世主、の前に付いていい言葉じゃないものが付いている。

「僕はデガ……出涸数真と言います。禁術とやらで、別の世界から召喚されました。他にも……」

「おお、おお、余はそなたを喚ばねばならなかった。しかし、喚べば世界は破壊される……しかし、喚ばねばならぬ……」

 老人は両手で頭を抑えるように抱えて俯いたかと思いきや、今度は素早く身を起こした。

「曲者じゃ! 衛兵は何をしておるっ!」

 はっきりとした、威厳のある声で叫んだ。

 この部屋へ来る途中で見かけた兵は全て無力化してあるから、誰も来ない。

「ドルズブラ国王陛下とお見受けします。わたくしは、レトナーク国の聖女、フィンベル・ミヒャエルです。禁術使用とそれにより喚び出されたこちらのデガラシ・カズマ様、そしてカズマ様が魔王討伐をなし得た件について、お話を伺いたく参上しました」

 ベルが僕の前に出て、口上を述べる。

 そういえば、ベルにも僕の本名言ったことなかったな。

 この世界は一般的に、ファミリーネームより先にファーストネームだから、僕の名前を勘違いしているのだろう。

 それにしても、ベルから本名を様付けで呼ばれると、ものすごくムズムズするなぁ。


 老人の方はというと、ベルの声が聞こえているのかどうか怪しい。

「余は救世主を喚べと命ぜられた……そして禁術を使った……」

「誰に命じられたのですか」

 この老人が国王であったとして、一体誰が命令できるというのだろう。


 老人はあっさりと、答えを口にした。


「神」




 ぱん、と軽い破裂音のあと、僕は何もない空間に放り出されていた。

 視界は真っ白で、上下左右の感覚が無い。地面も無いから、宙に浮いている。

 自分の手足は見える。

「ベル?」

 呼んでみたが、返事はない。


「人間って難しいなぁ。しっかり口止めしたはずなのに」


 目の前にはいつの間にか、中学生くらいの少年がいた。

 髪は真っ白で瞳は金色。袖のない白いローブを着ている。


 見覚えはないが、心当たりはある。


「お前、GODゴッドか?」

「正解」


 GODの姿がゆらいだ。老人のようになったり、少年になったり、僕より少し年上くらいの青年になったり。

「ん? 姿が定まらないね。まぁいいや。それより、dega。君にはやってもらいたいことがあるんだよ」

「何だ」

 僕は嫌悪感を隠さずに返事した。

「そう警戒しないでよ。実はさ、今君たちがいる世界って、われが作ったんだ」

「は?」

「TRPGってものを我もやってみたくてシナリオ作ったら、世界ごと出来上がっちゃってさ。ほら、君もおかしいと思ってただろう? 用意された舞台しか存在しない、あの世界を」


 倒しても復活する魔王。

 倒しても死体が残らない魔物。

 冒険者ギルドの仕事で指定された場所以外はぼんやりとした景色。

 ダイスロールのときに聞こえる「声」や――


――<また、GKが指示した場合もダイスロールしなければなりません……



「この世界はTRPGの世界そのもので、GKゲームキーパーがお前ってことか」


 GKがメタ的にゲームに介入するなんて、TRPGをやっていて、一番つまらないやつだ。


「我だってやりたくてやったんじゃないさ。だから、君たちになんとかしてもらおうと思ってね」

 GODは少年の姿に定まり、肩を竦めた。

「なんとかして欲しいと思うなら、何故、最初にあんなことをした」

 城では囚人のような食事を出され、森へ追い出し、皆を……。

「あれは事故だよ。我が作った世界と雖も、儘ならないことはいくらでもある。だから、我の姿を一瞬でも目にした君にだけ、チートを与えることができた」

 こちらは色々と頭にきているのに、GODは飄々としている。

「城での処遇に関しては、申し訳ないと思ってるんだよ。だから大きな家を格安で提供して、食事も日本食が作れるよう設定してあげたんだ」

 ぺらぺらと、よく喋る。

「で、お願いなんだけど……」

「僕が聞き入れると思うのか?」


「聞き入れざるを得ないよ。でないと、君たちは元の世界へ帰れない」


 GODはやけに綺麗な顔に、醜悪な笑みを浮かべた。


「魔王と魔物を全部やっつけて。魔王は君たちが倒せば二度と復活しないから、残り三匹。魔物は残り七万八千匹かな」

 僕が黙っているのを承諾と見做したのか、GODは勝手に話を続ける。

「この世界は魔物から出る資源で成り立ってるから、魔物がいなくなれば人の文明は滅ぶ。文明が滅べば、この世界は崩壊する。世界が崩壊すれば、君たちは勝手に元の世界に戻れるって寸法さ。ああ、元の世界の時間の流れとかはちゃんと調整しとくから、安心して」

「この世界の人達は、どうなるんだ」

 僕の問いかけに、GODは間髪入れずに答えた。


「消えるよ。ていうか、消さないと君たちのいた『元の世界』にも影響が、歪みが生まれる。何せわれが『意図せず作ってしまった』世界だからね」


 あまりの言い草に、僕は胃の辺りからムカムカしてきた。

 しかし言い返す隙もなかった。

「じゃ、頼んだよ」




「――さん、デガさんっ!」

 気づけば、老人の部屋にいた。どうやら僕は仰向けに寝転がっていて、上からベルが僕の顔を覗き込み、体を揺すっている。

「ベル……」

「ああ、よかった。突然倒れてしまわれたので、どうしたのかと。治癒ヒーリングも効かなくて……」

「心配かけてごめん、大丈夫だよ」

 証明するために立ち上がり、部屋を見渡す。

 先ほどと変わらぬ部屋だが、老人は最初からそうしていたかのように、ベッドに横になっていた。

 老人は相変わらず痩せこけていたが、顔色は良く、健康そうだ。

「えっと、何の話してたんだっけ」

 僕はGODのところへ魂とか心だけ呼ばれていたのだろう。現実と齟齬があるかもしれないので、そのあたりをベルに尋ねた。

「陛下らしき方は寝ておられますので、叩き起こそうかどうしようかという話をしてました」

 老人との会話は全てなかったことにされた様子だ。

「ああ……うん。起こさなくていいや。もう帰ろう。皆に……ベルに、大事な話がある」

「? はい。デガさんがそう仰るなら」


 GODは僕に何も口止めしなかった。

 だから、家に帰った僕は、皆にGODとの会話を、この世界の人間が最終的に消えてしまうこと以外、詳しく話した。


「結局、魔王は倒さなくちゃいけないし、魔物まで全部ってか。デガとベルだけに頼ってる場合じゃないな。オレも冒険者やるよ」

「私もやる」

「でも危険だよ」

「デガのチート、オレたちにも効果出せるんだろ? 結局頼ることにはなるが、人数増えたほうがまだマシだろう。あ、それとも人数制限あったりするか?」

「いや、なさそう」

「よかった。じゃあ早速、冒険者登録してくるわ」

 ジョーとピヨラは素早く家を出てしまった。

「俺はこれまで通り、家事と料理でデガ達を支えるよ」

「あたしも。仕事辞めてこようかな」

 カイトはともかく、チャバさんがやたらと落ち込んでいる。

「だって、あたしの歌聴いて感動してくれたのも、GODの思惑だったのかなって……」

「GODという方がどのような思惑だとしても、わたくしたちはちゃんとここに生きています。チャバさんの歌に感動したのは、ちゃんと人間ですよ」

「……そっか、ありがと、ベル」

 ベルの励ましが、僕には空虚に聞こえた。




 夜、ベルを屋敷の外へ呼び出した。

「何でしょうか、デガさん」

「実は……」

 僕はベルに、真実を話した。


 ベルは黙って聞いてくれて……聞き終わってもしばらく、目を閉じて黙っていた。

「ベル、僕は」

「デガさん、教えてくださって、ありがとうございます。わたくしのことなら、心配いりませんよ」

 ベルは聖女らしい、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、僕を見つめた。

「デガさんが会ってきたGODという方はおそらく、わたくしが信仰している神と同一でしょう。その神の言葉ならば、わたくしは……わたくしたちは、従うべきなのです」

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