10 鉱山にて
*****
僕とベルはカイトを伴って冒険者ギルドを出た。
カイトは就職初日に現代知識チートで冒険者ギルドの受付待ち時間を大幅に減らしたから、ギルド長が「今日はもう十分だ。お疲れさん」と言ってくれたのだ。
カイトの就職祝いにと、僕たちは近くの酒場へ向かった。
改めて、僕とカイトはお互いに自己紹介した。カイトは三十二歳だそうだ。
「随分年上だっ……なんですね」
「今更敬語なんて使わなくていいって」
「う、うん」
この世界では飲酒に年齢制限はないらしいが、僕は両親を見る限りお酒に弱い性質っぽいので、お酒は断った。
僕はオレンジジュース、ベルとカイトはエールで乾杯する。
「……ぷはっ、辛っ、キツっ」
エールを呷ったカイトが目を白黒させる。
「お口に合いませんか」
「いや、大丈夫。思ったより濃かったけど、俺いくらでも飲めるクチだから」
しばらく飲み食いした後、話は今日の仕事のことになった。
「ハヌマーンに比べたら今日のオーガは実入りが悪かったですね。しかし、実入りの良い仕事ばかり選んでいると、冒険者ギルドから指導が入ってしまうので、ここは堪えてください」
実入りが悪いと言っても、今日だけで五百二十五万五千マグ稼いでいる。
僕たちに必要なお金は蘇生費用の一人一億、残り三億マグだが、ここで暮らす以上、生活費だって必要だ。
「凄いな冒険者。ここでも資産運用できたら俺も手伝えるんだが……そういうのは貴族階級がやるもんらしい」
僕とカイトが平民扱いになるのはまぁ解るが、聖女のベルも実質的には「貴族にちょっと顔が利く平民」という程度だとか。
貴族になる、または貴族に取り入って資産運用に手を出すためには、三億じゃきかない額の資金が必要になる。
……という情報を、ベルがすらすらと話してくれた。
「ギルドの受付ってどのくらいの給与もらえるの? そもそもどういう勤務体系?」
「勤務日は月に二十日、日給一万マグ、年に四度の賞与は六十万マグ、あとは何かしら貢献できた人は、臨時ボーナスだそうだ」
何かしら貢献、と言う時、カイトがニヤリと口を歪ませた。
臨時ボーナスが確定しているのだろうな。
「まぁそんでも年に五百万前後だ。冒険者の足元にも及ばねぇよ」
「冒険者でもデガさんほど稼げる人はそうそういませんよ」
ベルが我が事のように得意げに話す。ベルの周辺には空になったジョッキがいくつも置いてある。……いつの間にそんなに飲んだの?
「ハヌマーンの時の報酬の話は聞いたよ。ヴァジュラ約百個持ち込みが受付の間でも伝説になってたぞ」
「え」
驚いてしまったが、混乱した受付さんがギルド長にお伺いに行くくらいだもんなぁ。
「そういうクエストを今後、いや、最低でもあと三回、近いうちに受けられそうか?」
カイトの質問はベルに向かっていた。
ベルはエールがまだなみなみと入っているジョッキをテーブルにそっと置き、首を横に振った。
「わかりません。こればかりは時の運です。ハヌマーンは本当に運の良い仕事でした。今後は地道に稼ぐことも覚悟すべきかと」
「だよなぁ。じゃあさ、やっぱり家は持ったほうがいいんじゃないか?」
カイトの暮らす冒険者ギルド受付専用寮も、家賃が給料から天引きされていた。
といっても一ヶ月一万マグと、かなり格安だが。
僕とベルは今現在も、一日ひとり二千マグの宿を拠点にしている。二人で一ヶ月六万マグになる計算だ。
持ち家があれば、家賃だけでも月七万マグの節約になる。
しかし家を買うにもお金が必要だ。
思いつくメリットとしては、自炊がしやすくなることと、置き荷物盗難の心配が少なくなること、今後蘇生する三人が簡単に生活基盤を得られること、あたりだろうか。
「家かぁ。どう思う? ベル」
「ええと……ごめんなさい、正直よくわかりません」
「ベルの家は……そっか、教会か」
「はい。自分の家というものを持ったことがないので」
「じゃあそのへんも俺が調べておくよ」
「いいの? 仕事もあるのに」
「他の受付仲間から情報収集できるからな。仕事のついでだよ」
それなら、と家のことはカイトに任せることになった。
翌日。僕とベルは最初に受け取った仕事メモの三枚目をこなすことにした。
「今度は山岳地帯ですね。鉱山付近にリザードマンが出現しているそうです」
これまでに倒してきた魔物は、ハヌマーンが危険度B、オーガが危険度Cだった。
リザードマンはオーガより更に下の、危険度Dのものだ。
しかし、数が多い。少なくともメモが貼られていた時点で二百匹はいるだろうとされていた。
ハヌマーンは十匹程度だと聞いていたからベルも「これからいきましょう」と提案してくれたのに、結局十倍の数を討伐することになった。お陰でカイトを蘇生できたから結果オーライだったが。
「準備は良いですか? クウちゃんを呼びますね」
「いいよ」
町の外でベルが竜笛を吹くと、空からクウちゃんが舞い降りてきた。
「クウちゃんって普段はどこにいるの?」
僕は前々から疑問に思っていたことを尋ねた。
「異次元ですよ」
「異次元、って、ドコ?」
「ええと……」
ベルが説明に困る姿、初めて見た。両手を胸元でわきわきさせて、言葉を探している。
「こことは軸の違う世界、と聞いたことはありますが……すみません、上手く説明できません」
「そっか。変なこと聞いてごめん」
「いいえ、わたくしこそ説明できず申し訳ありません」
お互いに謝り合ってから、クウちゃんの背に乗った。
メモが指定する鉱山には、どこかで見たことのある紋章の付いた旗が翻っていた。
「あれ、なんだっけ」
「……ドルズブラの国章です。おかしいですね、そんな情報、メモにはありませんでしたよ」
鉱山入り口から少し離れたところでクウちゃんから降りると、ベルが僕に「ここにいてください」と指示した。
「少々話を聞いてまいります」
「僕も行くよ」
「いいえ、デガさんがドルズブラの連中の前にご尊顔を晒すようなこと、しなくていいのです。ここにいてください」
ベル、話を聞いてくるって言ってるのに、ギチギチと音が鳴るほど両拳握りしめてるんだよなぁ……心配だ。
「手近な物陰に潜んで、連中の前に顔は出さないようにするから」
「デガさんがそこまで仰るなら……」
妥協案がどうにか通り、僕はずんずんと腹に来る足音を立てて歩くベルの後ろを、そっとついていった。
<隠密:大成功 仲間以外に存在を気づかれない>
ドルズブラ国の旗は鉱山の入り口の上に一枚、旗立て二つにそれぞれ一枚ずつの計三枚が、山の下からくる風で揺れている。
旗の下には、城下町の門のところで見たのと同じような門番みたいな兵士が四人、槍を手に立っている。
ベルが兵士の一人に近づくと、兵士はベルを上から下まで不躾な視線で睨め回した。
「何用だ、女」
「わたくしは冒険者です。この鉱山にリザードマンが出ると聞いてやってまいりましたが、この状況についてご説明願います」
ベルは冒険者カードを見せながら兵士に話しかけたが、兵士はカードを見ないで、いきなりベルの顔に触れようとした。
ベルだってレベルが上がっている。兵士の手を難なく避けた。
「何をなさいますか」
「んあ? こんなところに来る女だから、俺たちへの慰問なんだろう?」
慰問。絶対、いい意味じゃないよなぁ。ベルに聞かせたくなかった。
「話を聞いていましたか? わたくしは」
「だから、その冒険者ってのは口実で」
「口実ではありません。リザードマンはどうしたのですか?」
「知らねぇよ。俺たちはこの鉱山の封鎖を任されたんだ。俺たちが来た頃には、魔物の気配なんてなかったぜ」
「貴方がたがここへ来たのは、いつで……」
「なぁ、もういいだろう? さっさとこっち来いよ」
兵士が伸ばした手を、ベルが持っていた杖でばしんと叩き落とした。
「痛っ! なにしやがる!」
遠巻きに様子を見ていた他の兵士たちがベルに殺到する。
こそこそ隠れて見ているだけなんて、できなかった。
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