05 真価発揮

「デガさん、起きてください。朝ですよ」

「んんー……。……。はっ!?」

 この世界にも時計があり、一日は二十四時間で、一ヶ月は三十日。更に、どこの月にも属さない特殊な日が五日間あって、一年は三百六十五日だそうだ。

 一時間の感覚も、多分同じくらいだと思う。

 日本と、いや日本にいた頃の僕との違いは、この世界では朝日が昇ったら朝で、もう起きる時間だということだ。

 つまり、現在朝四時頃。毎朝六時半に起きていた僕にはちと辛い。


 そして、僕を揺り起こしたのは目覚まし時計ではなく、淡い水色の髪に翠玉色の瞳をした美少女、ベルだ。

 ベルはもう既に身支度を整えてある。

 僕は慌てて身を起こした。


「お、おはよう。ごめん、寝過ごしちゃって」

「いいえ。昨夜はお疲れのご様子でしたから。勝手ながら、武具のみ外させていただきました」

 昨夜といえば、妙に疲れていてこの部屋に入った瞬間くらいからの記憶がない。ギリギリベッドには到達していたようだが、革鎧やダガーは付けっぱなしだったようだ。

「重ねてごめん、ありがとう」

「とんでもない。朝食を持ってきますね」

「あ、僕が」

「行ってきます」

 ベルの有無を言わさない様子に、僕は大人しく引き下がった。


「あれ、普通に美味しい」

 ベルが運んできてくれた朝食は、軽く炙ったロールパンに潰した卵やベーコン、レタス、トマト等が挟まったサンドイッチだ。

 僕が両手で持っても余るくらいのサイズのものがひとり二つずつ。

 更にコンソメスープに紅茶が付いている。

 同じものをベルも食べている。

「そうですね、なかなか美味しいです」

「城で出された食べ物がさ、硬いパンに水みたいなスープと、変な臭いのする肉だったから、正直この世界の料理に絶望してたんだよね」

 僕が半笑いで城の思い出を話すと、ベルがサンドイッチを持ったまま固まった。

「……そのお話、もう少し詳しく」

「え? 詳しくと言われても、今言ったことがほぼ全てで」

「二泊したのですよね。覚えている限りでいいですので、お城でのお食事の内容を教えてください」

 僕はベルに言われるまま、城の食事の内容を語った。


 硬い黒パンがほぼ毎食出され、朝はそれに具の殆ど入っていない水みたいなスープが一皿と、水。

 昼は野菜とベーコンみたいな肉の炒めもの。味付けは極微量の塩のみ。

 夜はステーキが出されたが、なんの肉か訊いても教えてくれないし、臭い上にナイフで切るのも苦労するほど固くて食べれたものじゃなかったので、黒パンをスープに浸して柔らかくして食べていた。


 一通り話すと、ベルは食べかけのサンドイッチを皿に置いて顔を伏せた。体がぷるぷると細かく震えている。

「あの、ベル?」

「……ればいいのに」

「何て?」

「ドルズブラなんて滅びればいいのに、と言いました」

「ベル!?」

「だって、自分たちが喚び出した救世主様たちに対して、囚人のような食事内容を……言語道断、許すまじです!」

 不味いとは思ってたけど、囚人対応だったのか。

「じゃあ出された肉が何だったか、予想できる?」

「おそらく魔物肉の一種でしょう。魔物肉も種類を選べば美味しいのですが、固くて不快な臭いがするとなると……ゴブリンあたりかと」

「うえっ!?」

 ゴブリンは子供くらいのサイズの人型の魔物だ。

 正直言って、魔物を食べるってだけでも文化の違いに衝撃を受けているのに、人に近い形をした魔物の肉なんて食べたくない。口にしなくてよかった。

「もしかして、他の皆様は、この世界で城の食事しか召し上がらずに?」

「そういうことになるね」

「……蘇生後は、おいしいものを召し上がっていただけるよう、わたくしが最善を尽くします」

「ありがとう」




 着替えや大げさなバックパックといった嵩張る荷物は置いて、宿を出た。ベルによると「三日分先払いしてあります」とのこと。

 僕が払うと言いたいところだが、ドルズブラから与えられた現金は一人たったの一万マグだった。宿は一人一泊二千マグと格安だが、二人分×三日分には足りない。

「仕事をこなせたら返すからね」

「お気になさらず」

 お金に関してベルは逐一こう言ってくれるが、僕の男としてのプライドが許さない。

 かといって、真正面から返そうとしてもきっと拒否されるだろうから、何か別の形で返そう。

 僕がひそかに心に決めた頃、冒険者ギルドの建物に到着した。


 これから僕は冒険者登録をして、ベルとパーティを組み、冒険者ギルドで仕事を請ける。

 結局「まずは町で冒険者登録をし、雑魚魔物を倒して経験を積んでください」と城から言われた通りの行動をしているのは癪だが、仕方ない。

 本来組むべき皆は町に到達することすらできなかった。

 あれから、城の方から何の音沙汰もないし、僕たちを監視している様子もない。



「ふぃ、フィンベル・ミヒャエルさん、ほ、本物……!?」

「はい。こちらのデガさんとパーティを組みたいので、デガさんの冒険者登録をお願いします」

 ベルが受付でカードのようなものを差し出すと、受付の人が大声でベルのフルネームを叫んだ。

 ギルドの建物に入ったときから数多く突き刺さっていた視線が、更に強まった気がする。

「ベル、そのカードは何?」

「これは冒険者カードです。ご覧になりますか?」

「いいの? 見たい」

「どうぞ」

 そこには、ベルの名前と直近に倒した魔物の名前、それに『冒険者ランクA』と書いてあった。

 冒険者ランクについて尋ねようとしたら、叫んだのとは別の受付さんに「新規登録者の方はこちらへどうぞ」と呼ばれてしまった。

 大人しくついていくと、バックヤードの更に奥の扉から外へ出た。中庭のような場所だ。


「まずは実力測定をします。あちらのゴーレムにお好きに攻撃してください。魔法も可です」

 手で示された方を見ると、岩でできたゴツい人形のようなものが五体ほど鎮座していた。

 岩をよくよく見ると、小さな岩が無数に組み合わさってできている。イメージとしてはレ○ブロックだ。


 攻撃と言われて腰のダガーを抜いたが、正直どうしていいかわからない。


 僕が動けずにいたのはほんの一瞬だった。


<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 与ダメージ99999>


 脳裏でダイスチートが発動し、僕は吸い寄せられるようにゴーレムへ向かって走った。


 そして気がついたら、五体あったゴーレムのうち一体が、粉々になっていた。


「え、あれ?」

「え、え?」

 僕と、僕をここへ連れてきてくれた受付さんが、似たような言葉を発した。

「これは……しょ、少々お待ち下さい!」

 受付さんがばたばたとどこかへ走り去り、大柄な男性を連れて戻ってきた。


 大柄な男性は僕をちらりと見てから粉々になったゴーレムの欠片を拾い上げてしげしげと見つめ、それを無造作に捨てると、僕に向き直った。

「すまないが、今度は俺と手合わせ願えるか」

「あの、貴方は?」

「俺はここのギルド長だ」

「何故、ギルド長と手合わせするんですか?」

 僕が当然の疑問を口にすると、ギルド長は真面目な顔で答えた。

「時折、まぐれでゴーレムを粉々にするやつがいるのでな。君の実力が本物かどうか、俺が試すことになっている」

 僕のは完全にまぐれです。だってダイスチートだもの。

 だけど、僕はこの「まぐれ」を意図的に出すことができる。

「わかりました」


 ギルド長に促されて中庭の真ん中に立った時、ベルが中庭に入ってきた。

「どういうことですか?」

 ベルの口調は非難に満ちていた。

「規則ですので」

 受付さんが粉々ゴーレムを指差すと、ベルは押し黙った。


「では、行くぞ」

 ギルド長が号令をかける少し前に、僕のダイスロールは終わっていた。


<回避:大成功 無傷で相手の背後を取る>

<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 与ダメージ99999>

<手加減:大成功 攻撃無効、寸止め>


 ギルド長の長剣を躱し、背後へ回った僕がダガーの刃をギルド長の首に添えると、ギルド長は剣を手放して両手を挙げた。

「参った。本物だな」


 僕は無事に、冒険者登録が完了した。

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