姫野家に血は染まる

霜月ふたご

第一幕『積年の怨み編』

ソのイチ「引っ越しの新天地」

 この日、一人の少年がとある町に引っ越しをして来た。両親に連れられて、彼は偶然にもこの地に足を踏み入れたのである。

 それが彼の運命を変えることになるとは──奇異な物語に巻き込まれることになるなどと、誰が予想することが出来るであろうか。

 劉生銀河もまたそんなこととは露知らず、呆然と窓の外から流れ行く景色を呆然と見詰めていたものである。


 住宅街を走っていた乗用車が、一軒家の前に停車する。運転していた父がエンジンを切ると、劉生はすぐに車から降りた。

 そして、新たな我が家となる建物を見上げたものである。

 父親の安月給で、無理矢理にローンを組んで手に入れた家──期待はしていなかったが築年数も古く、見た目にも年期が入ってオンボロに見えた。

 とても豪邸とは程遠い建物が目に入ったが、まぁ──住む分には困らないだろう。


「おーい。そっち持ってくれ!」

 建物の外観に夢中になっていた劉生は、ふと父に呼び掛けられて我に返る。

 顔を向けると父がトランクの中を覗き込んで、小さい物を避けているところであった。

 トランクの中には段ボール箱や解体された家具などがギュウギュウに詰め込まれている。

 出来るだけ自分たちで荷運びをして、引越し代をケチろうという魂胆であるらしい。業者に頼んだのは冷蔵庫や洗濯機などの大型の家電製品ばかりで、後は両親が旧家と新居を往復して運んでいるということだ。

 果たして、それで節約になっているのか劉生には分からなかった。ガソリン代の方がかかりそうであるが──まぁ、両親がそれで良いというのなら良いのであろう。


「何やってんだ? 早くそっち、持ってくれよ」

 立ち尽くしている劉生をせっつくように父が声を掛けてくる。

 トランクから小棚を引っ張り出そうとしているようだが、積み荷がバランスを崩して一人で取り出すのは難しいらしい。

 力任せにやれば、絶妙なバランスを保って乗っている物たちが連鎖的に落ちてしまいそうだ。

──ならば、上に乗っている物から退かして順番に持っていけば良いという話なのだが──長時間の運転によってそこまで頭が回っていないらしい。

 どちらにせよ、劉生が手伝わなければ元に戻すことも難しいのだろう。

 劉生は大きく頷くと、急いで父のところへと向かったものである。

「あ、待ってよ。そっち持つから……」

 横から隙間に手を入れて積荷を支え、父が小棚を引き出すのを手伝った。

「おーし、いいぞ! そのまま押さえていてくれ」

 父と上手く呼吸を合わせることができ、お陰で小棚を取り出すことが出来たようだ。劉生は小棚が引き抜かれた後、慎重に積み荷を下ろしたものである。なんとかバランスを保ったまま崩すことなく、手を離すことができた。


 父がそのまま小棚を家の中に運び込んで行くのを見送り、劉生も手頃な段ボール箱を見付けてそれを抱えて玄関へと向かった。


 父と子──親子で協力しつつ、そんな調子で次々と車から荷物を運び出して行ったのであった。

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