第3話 メイドは空気です①試されたようです
お茶会が始まって1時間ほど経っただろうか、5人の令息がサロンに入ってきた。
顔面偏差値が高かったので、危うく反応してしまうところだった。ミレーヌさんとメルさんが言ってたように本当にイケメンだった。いや、思った以上だ。
わたしは腰を折り頭を低くして令息たちが椅子にでも座り落ち着くのを待った。
「人数分、温かいお茶をくれ」
令息たちを引き連れて最初に入ってきた坊ちゃんがわたしに告げる。藍色の髪に意志の強そうな青い瞳。長身でがっしりしていて姿勢もいい。ホスト役の坊ちゃん、マテュー様だろう。
「かしこまりました。紅茶、菊花茶、宝煎茶、オデオ茶がございますが」
何のお茶にするか尋ねると、それぞれから答えが返ってきた。
「紅茶を」
「宝煎茶」
「菊花茶」
「菊花茶」
「俺にはオデオ茶で」
「かしこまりました」
驚いた。身分の高い順に答えたとは思ったけど、紅茶と言った人は金髪に紫の瞳。ということは、あれ、王子様だ。輝くような金髪で、理知的で優しそうな顔をしている。王子様だと認識したからなのか何なのか、彼の周りで光が乱舞しているような気さえした。眩しいと言っていたのがわかる気がした。
これはメイド仲間のメリッサに自慢しなければ。現代では噂話や貴族様のことは数少ない娯楽のひとつで、みんな目がない。かくいうわたしも、貴族様の噂話は大好きだ。もちろん、守秘義務があるからそこは気をつけるが、王子様を近くで見たなんてこれは自慢になる。飛びつかれる話題だ。
他では決して話さないがオーディーンのサロンで噂話は共有する。そういえば少し前にとんでもない話を聞いた。
王太子殿下が婚約者の公爵令嬢を公の場で婚約破棄したって噂。まさかそんなドラマチックなことが起こるわけないとは思うけれど、わたしたちは沸きたった。その理由が凄い。公爵令嬢が王太子殿下と仲のいい男爵令嬢に意地悪をしたそうだ。それが目に余るものであり、王太子妃に相応しくないと告げたとか。噂って凄いよね、よくまぁそんなこと思いつくものだ。だって身分の高い人の結婚は家と家の問題だ。王太子なんていったら王様が決定したことでしょ? それをなんで本人が覆せるのよねぇ勝手に。でもエンタメ性は凄いよね。かなりセンセーショナルだもん。そりゃみんな面白がるよ。
あと、その仲のいい男爵令嬢っていうのがとても可憐で心優しい娘で、次々と貴族の坊ちゃんたちを陥落していってるとのことだ。これも嘘くさいけど。熱に浮かされたような話で、あり得ないとは思うがお茶うけには持ってこいの話で、皆で盛り上がったっけ。絶対あり得ないと思ったから楽しんだんだけどさ。だって、男爵令嬢が王太子と仲良くなるってのが〝作り話〟でしょう。男爵クラスで王子様にお目通りがかなうわけがない。それも婚約者がいるなら尚更だ。それにどんな可憐で優しいと引く手数多になるんだよってね。でも身分の低い令嬢がさ、いろんな人から愛されるってそれは夢があるよね。たとえ現実ではなくても、もしそんな物語があるならちょっと読んでみたいと思った。
メイドのふたりが話してくれた、特にイケメンというのがこの5人だろうな。
紅茶を所望されたのが王子様。
宝煎茶と言ったのが茶色い髪の目つきの鋭い小柄な子だから、宰相の令息だろう。
その隣に座った白髪を長く伸ばしたのが魔術師長の令息で、向かいの赤髪が司祭長の息子。ふたりは菊花茶を御所望だ。
騎士団長の御子息様は、お疲れなのかオデオ茶をご所望だ。オデオ茶は苦味のある薬草茶で、疲労回復効果のある薬草がブレンドされている。
捨て湯でポットとカップを温めていると、声を掛けられた。
「君は何者だい?」
「殿下、この者が何か?」
落ち着いた声で坊ちゃんが尋ねる。
「初めてみる顔だね」
「ああ、すみません。今日は人が足りず紹介所から何人か派遣メイドに来てもらったと聞いています」
坊ちゃんが王子様に謝る。坊ちゃんに促され、わたしは丁寧に頭を下げた。
「オーディーンメイド紹介所から参りました、リリアン・オッソーと申します」
「オーディーンメイド紹介?」
令息たちが声を揃える。
「オッソー家というと……」
王子様は眉根を微かに寄せる。
まさか、オッソー家に反応されるとは! 若いのによく知っていること。王族だと100年も前のしがらみまで把握しているの? 恐ろしい。
「はい、100年前の風水の断罪で追われ、70年前に間違いだったと追放を解かれたオッソー家の者にございます」
雰囲気から王子様以外の令息たちもオッソー家のことをご存知みたいだ。
冤罪だったと証明され、子爵を名乗ることを許されたが爵位は返上したそうだ。
「ご家族はいかがしている?」
「小さい頃に父が、5年前に母が亡くなり、今はひとりにございます」
本物のリリアンお姉様は外国で名前を替えて暮らしている。この国を捨てるときに、必要なときはリリアン・オッソーの名前を使っていいと名前をくれたのだ。
両親が生きていたとき、お姉様のお母様のオッソー夫人がお屋敷で働いていた。両親が亡くなりお給金が払えなくなりみんなにやめてもらうことになった。わたしが心配だと、時折様子を見にきてくれたのはオッソー夫人と、夫人が亡くなったあとはリリアンお姉様。それから叔父の乳兄弟の一家だけだった。
わたしは外で働くときはお姉様の名前を借りている。
「それは大変だったな。それで今はどちらに?」
何でそんなチェックが入るわけ? 心の中でそう思っても外には出さないよう気をつけ
「お叱りがありましたら、紹介所までお願いいたします」
と頭を下げた。
「……これは女性に住んでいるところを尋ねて悪かったね」
とひとつも悪びれることなく言った。
わたしはただ頭を下げた。
これは調べられるなと思った。リリアン・オッソーの名で家を借りていて本当に良かったと思う。これもオーディーン夫人からそうするように言われたのだが、彼女が正しかったというわけだ。貴族なら簡単にわたしの住んでいるところなんて調べられるのだから。
わたしはまず紅茶を王子様に持っていった。蒸らす時間が一番早いのと、身分が高いからね。
蒸らすにはオデオ茶が一番時間がかかる。オデオ茶専用の銀のポットにお茶の葉を入れぬるい方のお湯を注ぐ。
その間に、宝煎茶と菊花茶のポットに茶葉と熱いお湯を入れた。それぞれ香りがふわっと匂ったら、蒸された証拠だ。30ほど数えてポットからお茶を注ぎ、それぞれの前にお茶を出す。
「いい香りだ」
白髪を長く伸ばした魔術師長の青年が匂いを楽しんでいる。彼が持っているのは菊花茶だ。セクシーと言われていたけれどわかる気がした。
オデオ茶が蒸らされた頃合いなので、こちらもカップに入れてこの家の坊ちゃんに持っていく。彼は少しだけ頭を下げた。
一度さがり、お菓子類を数個まとめてお皿に盛り付け、テーブルに置きにいく。
「オデオ茶のおかわりをもらえるだろうか?」
坊ちゃんが言った。え、もう飲んだの?
「かしこまりました」
カップを引きあげる。
茶葉を捨て、ポットとカップを温め、新たに茶葉を入れてポットにお湯を注ぐ。オデオ茶は少々ぬるめのお湯で時間をおいてあげると、茶の味がよりまろやかに出る。時間を置いてから、蒸れた頃合いでカップに注ぎ、坊ちゃんのところへと持っていく。
「この菓子もおいしいね。こちらはどんな味だろうか?」
宰相の息子のタデウス様に尋ねられる。
「ラズベリーシェルでございます。卵白のクッキーを薄く焼いたものに甘酸っぱいラズベリーの果実を混ぜたチョコレートを纏わせています。軽い食感で、普通のチョコレートより甘酸っぱさを感じられることと思います」
「それじゃあ、こっちは?」
いたずらっ子のような無邪気そうに見える笑顔で尋ねてきたのは司祭長の息子、赤髪のラモン様だ。
「そちらは少しどっしりした食感の甘い焼き菓子でございます。フロニフィールです」
ふーんとみんなで頷くのを見て、本当にお菓子のことが知りたかったんじゃなくて、メイドの査定をしていたんだなと気づいた。
顔はいいけど面倒くさそう。それがわたしが持った彼らの印象だった。
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